其れは。とても最悪な、タイミングだった。

――――――いや。

きっと、最高のタイミング、だったのだ。





上層部より一族惨殺の命を受け、抜け忍になった俺だが、木の葉の全てと縁が切れた訳ではない。

不定期ではあるが、各国の情勢に著しく変化が見られた場合には、必ず火影様へ鳥を飛ばしているし。

木の葉の近くに用があった場合には、事前にイルカに報せを出して、短い時間ではあるが里の外で何度か落ち合った事もある。





俺の可愛い弟達は。ちゃんと、年相応に元気に育っている、らしい。

イルカを、そして銀色を、更にはあの『影』すらを。兄の様に親の様に慕いながら。





今日は、常に共に行動する様に示唆されていた、鬼鮫と珍しく別行動を取っていた。

潜伏先は、木の葉の里に程近い小さな村の小さな宿だった。

急を要する、仕事がなかった。





監視めいた連れはいない。落ち合うまでには時間があって、自由に使える暇もある。





鳥を飛ばした。

宿を出て、途中で団子を買い込んだ。

村を出て、入らずの森へと、駆けた。





弟達は笑って迎えてくれるだろうか。親友とも、半年近く会っていない。

護衛任務で、中忍師や下忍に扮していると、言っていた。今日が休日であれば良いが。

火影様にも、一度顔を見せに来いと言われている。今日、時間は取れるだろうか。

あの銀色の、月めいた空気を持つあの男は相変わらずだろうか。

月に照らされ色を明るく薄めた、夜の様なあの『影』は。





ふ、と口元が緩む。

愛しい弟達。大切な親友。厚意を持つに値する、人。

彼等に会いに行こうとする、この自分の足取りが軽い。





――――――だが。その脚は、止まった。

口元の緩みは、再び一文字に噤まれた。

視界の端を掠めた、紫の衣の残像に。





「――――――・・・・・・・・・・・・『影』?」





まさか、こんな日の高い時分から。

『影』の姿が見られるのは常に夜。

夜、しか。見られない筈だ。





見間違いか、と思いはしたが。残像でしかなかったのにあの紫は鮮やか過ぎた。

入らずの森へ向かおうとしていた脚は、自然と色を追う様に。

・・・・・・・・・・・・そして。暫くもしないうちに俺は目を眇めた。





血、の。香だ。しかも大量。





速度を、上げる。

徐々に濃くなる、香。

聞こえてきたのは、鉄と鉄が弾き合う、音。





紫が、見えた。

見間違いでは、無かった。

太い木の枝に留まって、下を――――――恐らく、血と音の元を見ている。

俺は音を殺して彼の近くの木の枝で足を止めた。

そして彼と同じ様に見下ろした――――――その光景に、息を呑んだ。





誰だ、彼は。

何だ、アレは。





「お久しぶりです、閃」





静かな声に、ハッと顔を上げる。

見上げた彼は、視線を1人に留めたまま。

「早速で申し訳ないのですが、子供達を頼めますか」

その言葉に、眉を顰めて再び視線を下に戻した――――――その、先に。





声も無く腰を抜かしている2人の上忍と、へたり込んで泣いている5人の下忍と。

がくがく震えて、銀に手を伸ばそうとする、金と黒。

――――――そして。泣きじゃくる檸檬色に、抱えられる血に塗れた桃色。





己の息が止まった。そう思った瞬間には、身体は動いていた。





瞬き程の間で、子供達の傍に降り立つ。

上忍や下忍は、新たに姿を現した俺にぎょっと目を向いたが、今の俺には気に置く余裕も無かった。





「っ、にい、さ」

俺に気付いたサスケが、震える手を伸ばす。

「いた、ち、にーちゃ、ん」

同じ様に、ナルトもまた俺に縋って。





「にー、ちゃ、にーちゃんが、カカシにーちゃん、がっ」

「にいさ、ねが、おねが、い、カカシにいさん、とめて」





2人が怯えた目を向けるのは、銀と淡い緑を残して敵の中を掛ける残像。

怒りも憎しみも何も表に見えず――――――見えないが故に、裡に渦巻く其れ等がどれ程のものか測り知れぬ。

ただ正確無比に絶対的に。屍を生むだけの人形と化した。





冷たいモノが、俺の背を伝った。

・・・・・・無理だ。アレは俺には止められない。

彼の燃えたぎる怒りを加速する憎しみを。止める術など俺は持たない。

止められるとすれば、其れは恐らく、唯一。





「・・・・・・大丈夫だ。『影』が止める」

2人を抱き締め彼を見上げる。

俺の視線に頷いた、白い面なら銀色を。





声に視線に気付いた2人が、怖々其方を見て彼の姿を認め、安堵の息を吐く。

そして次に見たのは。

穏やかに眠る様な顔で、檸檬色に抱えられている桃色。





「さくら、は」

「にいさん、さくら」

「たすけて、にーちゃん」





泣く寸前の目に見上げられ。

あやす様に撫でながら、サクラを抱えて離さない檸檬色に近付く。

・・・・・・仙掌術は。苦手な類なんだが。

こんな時、医療忍術もしっかり身に着けておけば、と思う。





けれど俺の伸ばした手は。

拒む様にサクラを抱き締めた、檸檬色の腕に遮られた。

瞬間頭に血が昇り掛けて。

其れでも相手は子供だと、苛立ちを押え付け再び手を伸ばした。





「――――――サクラを渡しなさい。傷を治すから」

だが、サクラを抱える檸檬色は。俯いたまま大きく首を横に振る。

「・・・・・・っ、り・・・・・・よ・・・・・・」

返された声は、息絶える寸前の、虫の羽音にも似た音。

「・・・・・・何?」





「無理よ!!だってサクラ!!もう心臓止まっちゃってる・・・・・・!!」





目の前が真っ暗に染まる、というのは。

こういう時の事を、言うのだろう。










 





 













まさかの死亡ふらぐ!?
 





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