とても。とても哀しい人なのよ。

私の知っている、彼は。





母親は遊女。

生まれて直ぐに死に別れて。

父親は戦忍。

伝説とまで謳われたのに、最後には里に追い詰められ自害して。

師は里の人身御供。

若くして頂点にまで昇り詰め、故に里を守る義務を背負い命を落として。





とても。とても酷薄な、男だった。

私の知っていた、彼は。





物心着いた時には、戦場で人を殺していた。

ソレしか知らず只殺して殺して殺し続けて、殺す事に飽いて生きる事にも飽いてしまっていたの。

親から与えられる、無償の愛なんて知らない。

なのに父の背を追い掛けて、仲間の所為で彼を失ったのに、彼の矜持だったからと仲間を守るの。

ただの子供、として見てくれていた唯一の人すら、失った。

だから人として育つ機会すら失って、そのまま今まで道具として、壊れてないからまだ動いているだけなの。





なのにとても、やさしい子。





命の重さを、知っているの。

失う痛みを、解っているの。

ある日突然人として育ててくれようとしてくれた手を失ってから、彼の成長は止まったまま・・・・・・いいえ、止まっているから、こそ。

ほんの少ししか持っていない優しくされた頃を、ずっと憶えているの。





哀れな、人。

酷薄な、男。

――――――やさしい、こ。





だからそんな彼が、件の子供達の上忍師になったと聞いた時には、酷く驚いたけれど納得もしたわ。





私やアスマでは、荷が勝ち過ぎる子供達。

あの子達の傷は深くて深くて、私が触れたらもっと深くなってしまうんじゃないかと思ってしまうくらい、深くて。

深い深い傷を、自覚せず開きっ放しにしている彼。

己の痛みに気付かない彼は、けれど他者の傷は無自覚の内に真綿で包んで隠して、癒そうとするから。





「・・・・・・・・・・・・どうしたよ、紅」





横に立つ、煙草を吹かせた大男の声に、僅かに俯く。

そして。





「いえ――――――ちゃんと、育ってくれれば良い、と。思って」

「・・・・・・育つ、か」

「ええ・・・・・・うちの子達もあんたんとこの子達も。ソレにあの子達も、ソレから――――――カカシ、も」





健やかに。伸びやかに。

愛し愛されふくふくと幸福に真っ直ぐに。

みんな、みんな。





「・・・・・・そりゃまた、随分と難しい事を言うなお前は」

音にしなかった私の想いに、気付いたアスマからの応えは唸る様な困惑。

「そうね、難しいわね」

落ちた横髪をかき上げ、さらりと返す。





私達は忍だから。

あの子達も、もう、忍だから。

コレから先、世の不条理も残酷さも目の当たりにする。

刃で断たれる肉の感触も、断末魔の叫びも、憎悪と憤怒に彩られた濁った目の色も、覚える。

――――――ああ、けれど。ソレでも。願うのよ。





上げた視線の先にはきらきらと光る銀色。

私やアスマと同じ上忍師でありながら。あの子等を指導し導く立場でありながら。

自分の視点を子供達と同じところまで落として、子供達に混ざっている男。





うちの内気な紅一点が、薬草片手に小さく何かを聞いて行って、彼は笑って彼女の頭を撫でる。

金色が、彼の背中に飛び付いた。そんな子供の背中を黒色がべしりと叩いて、落ちた金色に桃色がくどくどとお説教を開始する。

ソレを見て、アスマのとこの子達が笑って金色をからかって。ムキになった金色を、宥める様に彼が撫でる。

笑って。心底楽しそうに、笑って。





「・・・・・・そう。願って、止まないの。あの子達の、幸せを」





難しい、だなんて。言われなくても解っているの。

けれど、嘘も貫き通せば誠と成るわ。

だから今だけ。今だけでも、ねえ。





この穏やかな景色が、誠で在り続けます様に。










 





 













紅にとって、『カカシ』は子供。

育つ事を止めてしまった、優しくて残酷な子供。
 





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