戦場にいれば心は荒む。長引く戦況に気分は病んでいく。

人殺しを正当化されて、時間を忘れて。大切な何かが、殺されてしまう。





けれどあの人は荒まなかった。病まなかった。殺されなど、しなかった。





足手纏いは切り捨てて当たり前。敵は殲滅して当たり前。

ソレを、あの人は一度としてしなかった。

負傷した仲間は里に送り返すのが当たり前。戦意を喪失した敵は深追いしないのが当たり前。

そういう、甘い事ばかりを当然とばかりに。





――――――・・・・・・・・・・・・だから、こういう事になるのだ。





此処暫く。ずっと雨が続いていた。けれど砦の近くの川は。全く水嵩を増さなかった。

其れに気付いた先輩は。独りひそりと川の上流へ偵察に赴き。確かに見たのだ。水が堰き止められている、様を。

だから砦を捨てろと。先輩は進言した。

けれど砦を任された、火の国の武将は。敵に背中は見せられぬ、と。其の進言を聞かなかった。





人の命より武の誇りを重きとする、男だ。所詮乱波と、忍を蔑む男だ。

見捨ててしまえば良いのだそんな奴。俺も他の皆も、そう言ったのに。





「だぁめだよー?火の国は木の葉の元締めさんなのにそんな事言っちゃあー」





相も変わらずのほほんと。此方が脱力してしまいそうな程軽い口調で。先輩は、其の武将に当て身を喰らわせ昏倒させた。

其れを目の当たりにしたおれ達は、其の行動に驚いた。

武将の部下達も驚愕し、中には刀を抜こうとする者さえいた。





けれど。先輩は相も変わらず飄々と。

「・・・・・・今晩の夜だーよ。やっこさんがココを水攻めすんの・・・・・・オタク等、死にたーいの?」

死にたくない、人だって。中には必ずいるでしょう、と。

「確かに誇りは大切だーよ。でもね・・・・・・人の上に立つのなら。死なせる事じゃなく生かす事を考えなさいよ」

声は軽いのに其の言葉は。ずしりと身体に圧し掛かる程に重く。

「国の為に命掛けて、って。そんな決意する前に、国に残してきた大切な人達の為に、必ず生き残るって決意なさいよ」





刀を抜き掛けた副将は、無言で先輩から己の上司を預かった。

偽装は俺達に任せてねん、と。軽く言った先輩に、ご武運を、と短く零し小さく頭を下げた。





「――――――さーて。ソレじゃあ藤矢。子班はサクッと撤退準備。纏雜の寅班はあの人達の護衛よろしくー」





次に。何でも無い事の様にヒラヒラと。手を振りながら踵を返すその背は細く頼り無く。

まさか、と思った。

俺だけで無く。其の場にいた全員、嫌な予感を覚えた。





「・・・・・・護衛、って隊長・・・・・・隊長は何処に行くんです?」

「んー?ちょっとその辺見回りにー、ね。あ、帯智の酉班と永久の午班はちゃんと、兵士さん達先導してE-8地点まで連れてってーね?」

「は?俺達が?」

「いやいやいやいや。偽装はどーすんですか偽装は」

「んー?そんなの、俺1人で充分だーよ」





――――――先程の武将の様に。

この人を殴り付けて昏倒させて、実力行使で此処から引き離してやりたい、衝動に駆られた。





この人は、また。また独りで、其の細い体躯で。全部を、守ろうとしている。俺達に頼るなんてせず。甘えようとも、せずに。

「・・・・・・・・・・・・寅班も、残ります」

きつくきつく拳を握り締め。怒声とならぬ様に気を抑えて。言えば他からも、声が上がった。

先輩独り、残して引くなど出来ないと――――――なのに彼には届かない。俺達の気持は、届かない。





「だーめだよ、みんな。コレは上司命令ー。ほら、散って散ってー」

「せんぱっ」

「上司の命令は絶対なんだーよ・・・・・・皆、散れ」





ほんの僅かに。先輩の声が青い目がひやりと冷えた。

其の冷たさに恐れを抱いて。ぐ、と拳を握り。唇を噛む。





「だーいじょーぶ。俺は死ななーいよ・・・・・・木の葉にね。大切なヒトが、いるから」





其の人と。もう一度会う為に。其の人と。笑って過ごせる時間を手に入れる為に。死にはしないのだと。

其の、人を。思い出しているのだろう、先輩の気配は甘く柔く、優しくなる。

其の、様に。俺は心の何処かが痛くなるのを感じながら。





「――――――解り、ました。必ず生きて、追い付いて下さいね、先輩」





そう、言うのが精一杯で。俺達は先輩の命令通りに其の場から散る。

・・・・・・・・・・・・けれどそう、上手く事は進まないのが、世の常だ。

あの時。先輩が進言する前に先輩の口を塞いで。俺達だけ逃げれば良かった、と思う。

見捨てれば良かったのだあんな奴等。





火の国の兵士達は、静かに静かに撤退した。

だが敵の水攻めは、其の撤退が終わった直後。予想よりも随分早く、決行されてしまった。

――――――先輩の。逃げる隙さえ、無かったのだ。










 





 













少しは俺等を頼れよ何の為の部下だよ、とか。

おねにーさまの下に就く人達はいつもそんなヤキモキでいっぱい。
 





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