「お願いを。聞いて頂けますか――――――3代目」

静かな音で、そう、言って。

2度目に目にした、その白い能面は。その紫の着物に、桃色の子供を、包んでいた。





その子供は、森にいたらしい。夜の深い森の奥に。

年の頃はふたつ、みっつ。俺の弟と。凛が世話をする子供と、同じくらい。

良く見れば。愛らしい、顔立ちをしていた。

なのに、その愛らしさに気付けぬ程。腕が脚が、酷く痩せ細っていた。





家が無かったのか。其れとも親が無かったのか。

其れとも先だって、何処かの国と国との間で行われた戦の、被害者か。

どのみち、孤児に違いはないだろう、と俺は検討を付けた。





だが。違う、と能面は言った。

木の葉から其れ程離れていない村で、暮らしていた子供だと。

親に、捨てられた子供だと。そう言った。





「この子は鏡櫻の、先祖返り」





告げた能面に、3代目は僅かに瞠目した。

俺も、また。驚愕して桃色の子を、見た。





鏡櫻は、失われた力。数百も前に、滅びた、血だ。

他者の運気を吸い取り。己に振り掛かる禍事災いを、鏡の様に他者に跳ね返す。

色濃く血を引いた、華の様に美しい女人のみが、其の力を発現させた。

故に、多くの大名勢が、其の力を欲した。

運気を吸わせた鏡櫻を傍に置く事で己の運を上げ。己に降りかかってきた災いを、鏡櫻に被らせ跳ね返す為に。

故に、滅んだ。一族だった。





「この子は血に目覚め。けれど其の力を未だ制御し切れていない」

能面は告げる。静かな声で。

「故に、3代目――――――忌わしいあの狐の子を、其れでも愛せる貴方に」

其の腕の中で声も無く。見動きすらせぬ。虚ろな翠の目の子供の桃色の髪を、撫でながら。

「あの子の幸せを望んでくれる。貴方にこそ、この子をお願いしたい」





仕草も声も気配すら。

能面は何処までも静かなままで――――――やさしい、だけで。





沈黙を。破ったのは3代目。

良かろう、と。深く深く頷き、其の両の手を能面に差し出した。

能面は、只々静かに頭を下げた。





能面から3代目へと渡った子供は、其の際びくりと大きく震え。

虚ろだった目に怯えを見せて。けれど能面が頭を撫でれば、大人しく3代目の腕の中に収まった。





「軽い、のぅ――――――おぬし、名は何と言う?爺に、教えてはくれんかの」

「・・・・・・・・・・・・さくら」

「サクラ、か。良い名じゃ――――――うむ、丁度女子の孫が欲しかったところじゃ。ほんにかわゆらしいのぅ」

「・・・・・・・・・・・・まご?さくら、おじいちゃんのまご?」

「そうじゃ。サクラは今日から、爺の孫じゃ・・・・・・嫌かの?」

「・・・・・・・・・・・・っっ、いや、じゃ、ない・・・・・・・・・・・・っっ」





顔を覗き込んだ3代目に、翠の目に涙が盛り上がる。

細い細い腕を伸ばして、其の首筋に齧り付いて。

漏れる嗚咽に、3代目が小さな小さな背中を叩く。





能面は、既に姿を消していた。

開け放たれた窓。揺れるカーテンだけが、彼が確かに此処にいた、痕跡だった。





そして桃色の子供は、金色の子供と共に育つ事になった。

3代目と。凛と。

そして俺と、4代目やその奥方の事を知るほんの僅かの人間で、育てる事になった。





「おにいちゃん」

時が経って。桃色の子は、舌足らずに俺をそう呼ぶ様に、なった。

出会ってから一年経って。漸く、呼んでくれる様になった。





その子が、言う。

「おにいちゃんに、あいたい」

――――――わたしを助けてくれた、ぎんいろの髪のおにいちゃんに会いたい、と。





言うたびに、金色の子もぎんいろ、に反応し。一緒になって、騒ぎ出す。

そのたびに俺は。そして凛は。困って、悩んで、口を噤むしかなくて。





本当は、俺だって会わせてやりたい。桃色の言う、ぎんいろのおにいちゃん、があの男の事なら。

俺や凛の、この子達の世話をする人間の。本来なら遣らねばならぬ仕事を、『影』と共に肩代わりしている、あの男。

――――――あの、哀しいまでに金色の子を愛しながらも。己の心を置き去りにしていた、あの男の事だと云うのなら。





けれど、捕まらない。

捕まえ、られないまま。時は過ぎ行くばかりで。





何時しか。あの男の事など忘れた様に。

元からそんな男は、存在すらしていなかったのだという様に。

ぎんいろの、を言わなくなった子供達に。





俺は只々。あの男の心を、憂うしか、無かった。










 





 













ぎんいろ、っていったら。アノ人しかいない。
 





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