夜も深まる丑三つ時。俺は森の中を、直走る。

夜の森は危険が多い。獰猛な獣。危ない虫。深い、闇。

それでも俺は危な気も無く。淡い星の光だけを頼りに、木々の上を、跳ぶ。





「閃。少し飛ばし過ぎじゃないか?」





後ろから付いて来る気配が、そう言葉を掛けてきた。

確かに今俺は全速力で走っている。早く早くと、気が急いている・・・・・・けれど。





「――――――そんな、事は無い」

胸の裡の逸りを抑えて。ただ淡々と、返す声も。

「そんな事無い事は無いだろう――――――何を、焦ってる?」

長らくパートナーとしてやってきた彼には、通じぬ様で。





「――――――・・・・・・・・・・・・今日は」

ふ、と。嘆息じみた息を零す。

「今日は、一族の集まりが、あるんだ」

思い出すのは、広い広い部屋の中で独りぽつんと取り残された、赤子。

「早く帰って、傍にいてやりたい・・・・・・弟の、傍に」

告げれば、後ろの彼は沈黙を返した。





俺の弟は、本当は俺と血が繋がっていない。

いや。繋がってはいるが、同じ親から生まれた本当の兄弟じゃあ、ない。

俺の父の姉、つまり伯母の子供。俺の従兄弟だ。

なのに何故俺の弟になったのか――――――伯母が、亡くなった、からだ。

そしてあの子の父親は。木の葉ではない忍の里の、忍だった。





だから周囲は。一族はあの子に冷たい。何よりも血を尊ぶ一族だから。

父があの子を引き取ったのも、体裁を繕う為だ。外聞を、気にしたからだ。

家の中では一族の面汚し血を澱ませた忌々しい餓鬼と、嫌悪も露わに見下す。





あの子が、悪い訳ではないのに。子供は、親を。生まれる処を選べないのに。

そんな大人達しかいないあの家に。俺は、あの子独り、いさせたくなくて。





「――――――そう、か。なら、急がないと、な」

暫くして。沈黙はそんな優しい声で破られた。

彼がそう言ってくれるのは、あの子の事情を知るからこそ。

「・・・・・・・・・・・・ああ。有難う、凛」

俺は良い友を、手に入れた。

手に入れられる事が出来たのは幸運だ、と。つくづくそう、思う。





此処から標的まで、今暫くの距離があった。

路頭を組んだ賊のアジト。規模はそんなに大きくなかった筈が、此処最近になって被害を多く出す様になった。

本来ならば、国の警邏隊が討伐すべきものだ。

だが、賊の中に抜け忍がいる事が判明し、其れも出来なくなった。





忍の討伐は、同じ忍に。

だからこそ、木の葉に舞い込んできた、依頼。





もう直ぐ、森を抜ける。

ほんの少し開けた、土地がある。山と森に挟まれて、ひっそり、小さな、砦が。

もう直ぐ、見える。





「「――――――っっ!?」」





気付いたのは、同時だった。

暗い暗い夜空に、昇る煙。噎せ返りそうな程の、血の、香り。





「凛」

「ああ」





視線を合わせ、息を。気配を、殺す。

そして。そう、と開けた木々の先を窺い見れば。





「――――――まさ、か」

声が、擦れた。

「――――――嘘、だろ」

小さく零した凛の声を、耳が拾った。





地に斃れ伏す屍累々。

独り悠然と佇む、影。

白い能面――――――紫の、衣。





其れは、噂だった。

そして、伝説でもあった。





「――――――4代目の、『影』――――――」





呟きは、俺のものだったか其れとも凛のものだったか。

星の光を反射する。淡い緑の鉄扇はまるで、儚い朧の様だった。










 





 













面と向かってのご対面はこの後で。
 





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