逃げようとしたぎんいろは、あの時と変わらず細いままだった。

その細さにびっくりして、欲情を、掻き立てられて。

だけど動揺を。知られたら今度こそ本当に逃げられる、と思って押し殺して。





逃げるのを諦めたぎんいろは。今、おれの向いで赤子を抱いている。





「凛、は。知ってるよね――――――どーして九尾が里を襲ったか」





眠そうにぐずる子供をゆらゆらとあやし。ぽんぽん、と優しく叩いて。





だけどその科白に、ぎしり、と身体が固まった。気がした。

さっきとは違う動揺が、心を思考を揺るがす。

――――――まさか。まさか彼は。このぎんいろは。





「如何しても何も。九尾は妖怪、人を襲い喰らう生き物でしょう。意味なんて――――――」

「知らないハズはないよねぇ・・・・・・森の民、雨眷馭の末裔なら、さ」

「――――――っっ!?」





思わず。音も無く飛びずさった。

隠し持っていた苦無を構え、見据える。

その、ぎんいろの。唯一覗く右目はあの時と同じ静かに澄んだ湖の、色。





「悪いとは思ったけど。調べさせて貰ったよ――――――まさか木の葉に、いるなんて思ってもみなかった」

「他言、は」

「してない。何なら命掛けたっていーよ」





その応えに、すとん、と力が抜ける。

そんなおれに、ぎんいろは僅かに苦笑の気配を見せ。

「ごめーんね。驚かせちゃって。――――――で、話戻すけど」

ふ、と落とした視線の先は、赤子の、腹。





「狐は階梯を昇る生き物だ。野孤から気孤へ。ソレから天孤、最後には空孤――――――神、と成れる生き物だ」

息を、呑む。

「そして木の葉の西の外れの森は。土地神と成った空狐の住処だった」

唇が、戦慄く。

「――――――なのに何で。その西の外れの森は、焼かれてんの?」

なんで、彼は。

「空狐はなんで、九尾に堕ちたの」





――――――如何して、知っているんだ。





「・・・・・・・・・・・・ま。3代目の反応見る限り、大体の予想は付くけどね」

獣が神に成り得るなど。夢物語でも何でも無く、然りとした知識を。

「アレでしょ。大方上層部のクソ爺共が不老か何かに目ぇ眩んだんでしょ」

西の外れの森がその獣神の住処だと。

「で、空狐かその眷属に手ぇ出して報復を受けた――――――そう、なんでしょ?」





ぎんいろの予想は、大当たりだ。

権力を手にした愚かな人間は次に永遠の命を求める。

その愚か者の中に。木の葉の里の上層部の人間もいて。

九尾襲撃の真相を。里が襲われた理由を3代目が里人に告げられないのは。

この赤子を、隠さなければならないのは。一重にその愚か者達の所為だ。





木の葉の里。森に囲まれた、豊かな土地。

なのにその、木の葉の守り神たる空狐を害し、九尾に堕としたなんて。





「――――――ツライ、だろうね。3代目も」





ぽつり、と零された声。

「里を、里に住む全ての人を。守らなきゃならないから」

落としていた目を上げて。ぎんいろを見る。

「忍で成り立ってる木の葉だからね。信用、守らなきゃいけないもんね」

それは、自身に言い聞かせている様でも、あって。





「・・・・・・・・・・・・ソレから、俺、もね。『はたけカカシ』だから、ねぇ」





そう言って見せた、笑みの気配は。

あの、雨の日の。猫に向けた笑みと、同じ。





「ミナト兄ぃと、クシナ姉ぇの。一番近くにいた人間だから、ねぇ」

この子の傍に、大っぴらにはいられないのだ、と。

「この子が誰の子か。バレちゃうかもしれないし」

そしたら芋蔓式に、九尾の真相も公になってしまうかもしれないから、と。





「隠さなきゃ、いけないって・・・・・・・・・・・・ホント、ツライねぇ」





とろりとろりと溶け出す様な、哀しい悲しい微笑みの声に。





おれは、ぎゅ、と拳を握った。










 





 













狐は力を増す毎に尻尾が増える。

そして九尾を境に減っていく。

減っていくたんびに野狐、気狐、天狐と呼び名が変わって。

一尾の空狐で神に成る。



・・・信じちゃダメですよ所詮かっぱのあやふやな記憶ですから。
 





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