うみの、というのは、隠し名だ。

正確には、雨眷馭、と書く。

雨を眷(恵)み、雨を馭(御)する。そういう意味が、込められているんだそうだ。





雨眷馭の一族は雨を水を操り、使役する力を持っていた。

森と共に、生きていた。

――――――そして、力を恐れた人間に殺された。





生き残った雨眷馭は、慣れ親しんだ森から離れ。

力を、名前を隠して人の中で、偽る様に点々と住処を移動して。





おれのじいちゃんは、木の葉に落ち着いた。雨眷馭の事を知っていた3代目に、匿われた。

細工師になったじいちゃんと、砥師の娘だったばあちゃんが一緒になって、母ちゃんが生まれた。

母ちゃんは木の葉でくのいちになった。そして、忍だった父ちゃんと結婚した。

ソレからおれが、木の葉で生まれた。





おれは、物心着いた時から水を自在に操れた。時には雨を、嵐も呼んだ。

じいちゃん母ちゃんも、ソレからばあちゃんや父ちゃんも、絶対に誰にも言っちゃいけないって言った。

水を操れるなんて。雨を呼べるなんて誰にも言っちゃいけない、って。

小さい時から雨眷馭の事を聞いて育ったおれは、その言い付けをしっかり守った。





――――――だけど。一回だけ。

たった一回だけ。ソレを破った事が、ある。





昼なのに、分厚い雲に空が覆われた、薄暗い日だった。

森でこっそり水や獣と遊んでた俺は、行き成りの雨に降られた。

ざあざあと。痛いくらいの雨だった。





おれが呼んだワケじゃない、自然に降る雨。

向こう行け、って言うのは容易かったけど、母ちゃんにソレはしちゃいけませんって言われてた。

自分の都合で、恵みを持ってくる雨をないがしろにしちゃいけません、って。

濡れて帰ったら母ちゃんに怒られる、って思って、おれは慌てて駆けた。





――――――その、駆け出した獣道の先に。

静かに静かに佇んでいた、ぎんいろがあった。

黒いTシャツとズボン。白い肌。細い、身体。

キレイな、顔をしてた。左の目の上を走る傷跡が、勿体無い、と思った。





ぎんいろは猫を抱いていた。羽織ってたんだろう、茶色いパーカーにくるまれた、小さな小さな、猫だった。

おれはおっかなびっくり、その人形みたいにキレイなぎんいろに近付いた。

何やってんだアンタ、て。こんなトコいたら風邪引くぞ、って言った。

猫を見ていたぎんいろは、ゆたりと首を動かしおれを見て。





澄んだ湖みたいな右目に、燃える炎みたいな左目が。

――――――空洞みたいだ、と思った。





ぎんいろは、小さく笑って視線をまた猫に戻した。

この仔、連れて帰れないから。小さな声で、そう言った。

せめて、雨が上がるまで、と。溶けて消えてしまいそうなくらい、キレイな微笑みを浮かべて。





どくん、と。心臓が鳴った。

濡れて身体に張り付く服が、その細さを強調して。

咽喉を伝う水が、やけになまめかしく見えて。





キミは、早く帰りなよ、と声を掛けられてハッとした。

俺はもう少しココにいるから、キミは帰りなよ、と。薄く薄く、おれに笑い掛けながら。

その、頬に当たる雨水が。何だか涙の跡の様にも、見えて。





ひとりにしちゃいけない、そう思った。

こんな寂しい雨の降る森の中で。

こんな冷たい雨の降る下で、ひとりにしちゃいけないって、思った。





雨が上がったらアンタも帰るのか、と聞いた。

上がったらね、とぎんいろが返した。

だったら。だったらおれが、雨を降り止ませてやる、と言った。





おれは、目をまぁるくしたぎんいろの横で、雨雲を見上げた。

悪い、今は散ってくれないか、と言った。

そしたら、雨雲は本当に薄くなって。雨を止めて、何処かへ消えた。





おれは、得意げな顔で帰ろうぜ、と手を出した。

驚いていたぎんいろは、驚いたまま。でも、猫が、と小さく返した。

おれはその言葉にぎんいろから猫を取り上げ。あ、と小さく声を上げたぎんいろの手を、掴んで。

里親、おれが捜してやるから。そう、言った。





それを聞いた、ぎんいろは。

一瞬、きょとん、とした後。きゅ、と。繋いだ手を握り返して。

綻ぶ華みたいな笑顔を、見せた。





――――――それが。

おれがぎんいろに。完全に恋に落ちた瞬間。










 





 













うふふふ。

捏造バンザイ!!
 





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