「・・・・・・・・・・・・弱って、いた・・・・・・・・・・・・?」

お坊ちゃんの小さな声は、広い空間に良く響いた。

「・・・・・・・・・・・・消した・・・・・・?・・・・・・死ん、で・・・・・・ローレライが、殺していた・・・・・・?」

ぽつり、ぽつり、と。反芻する様に。





あたしは、ぎゅ、と目を瞑った。

渦巻く感情は、多分もう抑えられない。





「――――――・・・・・・・・・・・・『アッシュ』は、悲劇の子供じゃなかったか」

あたしの記憶ではそうだった。

「見向きもしない父親。憐れむだけの母親。周囲は王族としての在り方のみを押し付け。研究者達は人の皮を被った化け物と裏で罵る」

そう。原作では確かに、そうだったのに。

「唯一信じていた大人にさえ裏切られ、帰る場所も逃げる場所すら無くなった、哀しい子供じゃなかったか」





世界中で一番とは、言わない。世の中、下には下がいる。だから、世界で一番不幸な子供だなんて、言うつもりはない。

だけど、ソレでも。可哀想な子供。





この際あたしの身体の事は二の次だ。そんなモノ、世界にお願いして精霊達に声掛けてすれば。あたしなら如何にでもなる。

ソレよりも、今。遺憾し難いのは。





「――――――その。哀しい子供の。末路が、コレか」





可能性のひとつ、として。考えてた事ではあった。『アッシュ』の魂が、もう。ドコにもいないって事は。

だけど、コレは。集合体自らが、手を下していたなんて・・・・・・そんな、最低最悪の事。あって欲しく、なかった。





「・・・・・・・・・・・・俺、この件が片付いたら、アッシュを屋敷に連れて帰ろうと、思ってた」

つ、と。頬に触れた感触に、視線を落とす。

「兄弟になれるって、思ってたんだ。時間掛かっけど、でも・・・・・・お前と、兄弟に。俺、ぜってぇ、なる、って」

顔色を悪くしたまま、お坊ちゃんは口元を和らげて。

「ファブレの名前使ってイオンに頼んで。無理矢理にでも、連れて帰ろう、って。でも」





くしゃりとお坊ちゃんの顔が歪んだ。

あたしの頬に触れていた、指、が。仮面を引っ掛けて。

取れたソレは、かろんと乾いた音を立てて落ちる。





「・・・・・・・・・・・・夢で見た『アッシュ』は、俺に逆恨みしてたけど。お前は――――――お前には、ちゃんと俺を憎む理由、あったんだな」





ころしていいよ、と子供の口は動いた。

声にならない声で。ソレでお前の気が済むなら。

殺していいよ、と。目の前の子供が。





――――――其れは成らぬ、愛し子――――――

不愉快極まり無い『声』が、お坊ちゃんの言葉遮った。

――――――汝を生かす為に、其の者を『燃滓』にした。汝が死ねば、其の労力も無に帰そうぞ――――――





その、言葉に。いよいよお坊ちゃんの表情がやばくなる。

『アッシュ』が殺された理由。『あたし』が、死んだ理由。ソレをこの子は全部、自分の所為だと。自分を責めて。

――――――ソレをこの音素体は、解りもせずにっっ!!





あたしは、馬乗りになってたお坊ちゃんの上からどいた。

「・・・・・・・・・・・・もう一度だけ問う、ローレライ。俺を、解放する気には、なれないか」

突き付けてた剣を引き、宙に佇む人型を見据えて。





――――――汝の還る器はもう無い。そして其の器には、瘴気が中和されるまで生きて貰わねば成らぬ――――――





ココまで唯我独尊に言い切られれば。もう、溜息すら、出ない。

「・・・・・・なら、仕方無いな」

「っ、アッシュ!?良いのかよお前!?」

上体を起こしながら非難するお坊ちゃんに、肩を竦め。





「良いも悪いも、当の本人が嫌だと言ってるんだから、なぁ?」

「だけどっ、だからって、んな簡単に・・・っっ!!」

「仕方無い。気は進まないけど・・・・・・実力行使、させてもらう」





言い残すや否や、あたしは一足飛びでお坊ちゃんから距離を取った。

「アッシュ!?何を・・・・・・!?」

「本当は、本人に解かすのが一番良いんだけどな。自分で破ろうとしたら凄い労力いるし反動きついし」

慌てて追い縋ろうとするお坊ちゃんに、牽制の為に剣を向けて。

――――――莫迦な・・・・・・異界とはいえ、只の人の子に我が呪が破れる筈など――――――





「ソレがあんたのミスだローレライ」





見据えた先、人型に獰猛な笑みを向ける。

「何で俺を焔の代わりに据える事が出来た。何で俺だった。考えた事は無かったのか」

――――――・・・・・・何故・・・・・・まさか――――――

「今更解ったところでもう遅い。精々、後悔する事だ――――――宝玉を呪縛した事を」

人型が、大きく揺れた。誰かの息を呑む音が聞こえ、お坊ちゃんが片膝を立てて駆け付けようとするのを視界の端に捉える。





だけどあたしは笑ったまま。

手にしていたローレライの鍵の切っ先を、自分の胸に、突き立てた。






























音素集合体は純粋に、お坊ちゃんが大事。

だけど人の心を知らない。

お坊ちゃんが何に傷付くのかも、解らない。






<<バック59                   ネクスト61>>
<<バック>>