声は、何処までも高く、遠く響いた。





「・・・・・・コレは・・・・・・ティア、コレは譜歌なのですか・・・・・・?」

「・・・・・・いいえ・・・・・・いいえ導師イオン、違います・・・・・・こんな歌、私は知らない・・・・・・!」





知らなくて当然。コレは、想いを込めた詩が力と成る世界の。長い間封印されていた詩だ。

もうひとつの詩が無ければ、謡い手の御子の心が詩に呑まれ喰われ、独善的な大地を生み出してしまう、詩の魔法。

大地創造――――――焔の、メタファリカ。





「・・・・・・っんだ、コレ・・・・・・紅い、光・・・・・・!?」

「・・・・・・凄い・・・・・・地震が・・・・・・崩落が、緩やかになってきています・・・・・・!!」





意識を直接繋げた制御盤から、古代イスパニア語が使われた譜陣とは全く違った陣が展開されていく。

謡に合わせて。ひとつひとつ。輪を広げていく様に。ヒュムノスの、詩陣が。

ソレは淡く紅い光を放ちながら、割れた大地の亀裂を走り。縫い合わせる様に、崩壊を鎮めていく。





「・・・・・・見た事の無い譜陣ですわ・・・・・・何ですの、あの文字・・・・・・?」

「・・・・・・はぅわ〜、すっごい・・・・・・こんなおっきな譜術見たの初めてだよ〜・・・・・・」





身体は、既に軋みを上げていた。

内側から膨れ上がる力の奔流。破裂しそうな感覚。

だけど、命を身体に圧し留めようとする音素の鎖は千切れる気配すら無く。逆に強固になっていくばかりで。

流され呑み込まれそうになって、でも雁字搦めに締め付けられて。締め潰されそうになって。

ソレでもあたしは歌って唄って――――――謡い、続ける。





「――――――アリエッタ!!アッシュを止めな!!今直ぐ!!」





圧迫感に、意識が朦朧とする中で。そんなシンクの声が聞こえた。

ソレは、さっきまでの驚きとも感嘆とも違う、ただただ、緊迫。





「お姫様、アンタもぼうっとしてないで!!今すぐアッシュを止めて!!」

「え?え、シンク?」

「君だって覚えてるだろアリエッタ!!ライガクイーンの森をソイツが元通りにした時!!」

「・・・・・・ママの、森?――――――あ!!」

「あの時は、こんな大きな譜陣浮かばなかった!!なのにアッシュは術の途中で倒れて、1週間以上も目を覚まさなかったんだ!!」





振動の治まった大地の上で、その声は良く響く。

背中に、視線が熱が。集中した。様な気がした。

近くで。あたしの後ろで、へたり込んでたアリエッタがオヒメサマが、動く気配。





「――――――邪魔を。しないで貰えるか。王国の姫、獣の娘」





だけど、気配は止まった。止められた。

あたしの背後、あたしの背中を守り、近付く何もかもを阻む様に。地面に座り、水で作り上げたリュートを抱え奏でながら。

切り捨てんばかりに低く冷たく言った、水主の声によって。





「っ、何で!!あんたアッシュが大事なんだろ!?なのに何で、アッシュを止めない!!」

使用人さんが怒鳴る。その声は、ぐわん、と熱さに浮かされるあたしの脳に、良く響く。

「前の譜術も度を越してたけど、コレはもっと最悪じゃないか!!アンタ、アッシュが死んでもイイって言うの!?」

シンクの硬い声に、ふわふわと浮遊感だらけの身体が、押しやられそうで。





「――――――そうだな。大切だ、誰よりも何よりも。故に、止めぬ。止める訳にはいかぬ」

だけど水主の声が引き留める。リュートの弦を爪弾き、淡々と零れ落ちる水の様な、冷たい心地良い水主の声が。

「主が、我が主で在り続ける、その為に・・・・・・在りし日の姿のままの、主を求める我には、止められぬのだ!!」





ブッツリと途切れそうな意識。でも今、気を失うワケにはいかない。アリエッタの母親の住処を、あの森を再生させた時の様に。

あたしの謡で辛うじて繋ぎ止められた大地。この淡い紅い光を失えば、待っているのは崩壊だけ。だから。





「・・・・・・・・・・・・ああ。すまぬ、主よ。我はどうやら、此処までの様だ。此れ以上は・・・・・・保っていられぬ」

ぱしゃり、と。水の零れて落ちて撥ねる、様な音。

「ぐだぐだワケ解んねぇ事言ってんじゃぬぇー!!ナタリア!!良いから止めろ!!強硬手段だ!!」

「アリエッタ!!お願いします!!止めて下さい!!」

お坊ちゃまの導師の、声が。ドコか遠い。

「我が主の邪魔をするな、人間!!」





水主の一喝を最後に。雑音が、消えた。

薄く薄く、目を開ける。仮面越しに、見えたのは。

あたしと制御盤を、長い長い胴で包んで、鎌首を持ち上げる、水蛇。





・・・・・・・・・・・・ああ。やっぱり。人型、保ちきれなかったのか。

でも、うん。綺麗。やっぱり水主は、コッチの姿の方が、水主らしい。





「我が守るは主の心。成し遂げるは主の望み。貫き通すは主の、我が主足らしめる其の想い」

ばたばたと。水の落ちて地面を叩く音が鳴る。

ゆらりとたゆたう、輪郭を失いつつある水主の胴。

身体の内側で膨張を続ける力。皮膚の上を這う様に、縛り付ける視えない呪縛。

「折る事も絶つ事も、枉げる事も歪める事すらさせぬ――――――人よ、妨げるな」





遠退く音。擦れる視界。重い、重い身体。

――――――まだ、だ。まだ、ココで意識を 失う ワケ に は ――――――






























水主はおねにーさま至上主義です。が、おねにーさまがおねにーさまらしくある事が一番の望みです。

だから、おねにーさまがおねにーさまらしくなくなるくらいなら、例え命の危機だろーが何だろーが、渋りはするけど止めません。

んで、ホントは『世界』として『芽吹く』ハズだった宝玉は、己が成れなかったが故に『世界』に憧憬を持っていたので、

おねにーさまの中にもその憧憬は残っています。

だから、朽ちて逝く大地を見捨てる事は出来ないのですよ。

死んだ命を、文字通り黄泉返らせる事は、いくらおねにーさまでもできませんから。






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