この世界の湿原では、珍しい花が咲く。





ユリをふたまわりほど小さくした様な形の花だ。

花弁の色は白に淡く青みがかかってて、花粉すらが人工で作り出したみたいな水色で。

アロエの様に肉付きの良い葉や花に似合わず太い茎まで、緑というよりも青緑の。そんな稀にしか見つけられない花だ。





「森蒼花、と呼ばれている。薬剤師でも、滅多に手に入れられない薬草です」

花弁は熱冷ましの薬に。葉は痛み止めになる。といっても、世間一般で売ってる従来の薬と比べたら、その効能は微々たるモノですが。





あたしの説明を、水主が埃の中から引っ張り出してきた椅子に腰掛けながら導師はめんどくさそーな顔して聞いてる。

「流石ヴァン総長の養い子。剣の腕だけでなく、薬学にも明るいとは――――――ソレでその花と僕と、一体何の関係があるというのですか」

うーわーしかもさり気に今『養い子』ってトコ強調しましたよ。しましたね。





つか明るくもなりますよ。

四次元ポーチも中の念具やら何やらも、何の問題もなく使えますが。

今のあたしの威力の落ちてる念と、あんまし高くもない騎士団の給料で、ドレだけまともな念具が作れるか。

そう考えると、むやみやたらと使えないのですよ。

で、使えなかったら他に使えるモノ探すよね?オベンキョウだって当たり前にしますよね?・・・・・・って。やばい。話がずれた。





「――――――実は、森蒼花は根も薬になるんです」





てゆーか、ぶっちゃけ熱冷ましの花弁や痛み止めの葉より、需要が高い。

キレーに土を落として洗って乾燥させて。粉末にした後蒸留水と一緒にぐつぐつ煮る。

んで、一度冷やしてたしか何かと混ぜるんだったよーな。ソレからまた煮込んで水気飛ばして乾燥させて。





「青みがかった、白い粉末。水や食事に混ぜても、色も味も匂いもない・・・・・・服用した人間は、まず軽い身体のだるさを感じます」

ぴくり。導師の指が少し跳ねたけど、あたしは構わず、先を続けた。





「最初は只の風邪の様に。微熱や咽喉の痛みが続き、嘔吐や下痢を催す様になります」

「――――――・・・・・・・・・・・・ソレで?」

「服用を続ければ、症状は重くなります。関節の痛み、急な発熱、内臓機能の低下――――――そして最悪は、死に至る」





しかも、体内から毒物反応が出ない毒薬だ。

気長に盛り続けるのは骨も折れるだろうけど、病気に見せかけて人を殺したい時、コレ程都合のイイものはない。





「・・・・・・ソレが、ブルー・フォレストとかいうんですか。僕がその毒を盛られている、と。そんな証拠が何処にあるんです」

燃える様に爛々と。お前の言など信じられるものか、と語る緑色。

「ソレには味も色も匂いもなく、体内から薬物反応が出る事もないのでしょう。なのに何故、僕がその毒に侵されていると解るのです」

強い目だ。あたしどころか誰の言葉も信じないだろう、世界を見限った、排他的な。





「ブルー・フォレストには、服用を続ける人間の体臭に花の香が雑じるという面白い特徴があります」

「・・・・・・体臭」

「雨に濡れた森の香。犬でもなければ嗅ぎ分けられない程弱いものですが・・・・・・目を悪くしてから、匂いには敏感になりまして」





あ。ビミョーに眉根が歪んだ。

そーいやこの人、『アッシュ』の事てんてーから何処まで聞いてんだろう。

・・・・・・まあ、記憶喪失の事も暴行レイプの事も顔の傷の事も、娯楽の少ない騎士団の中じゃ周知の事実だけど。





あたしは法衣の下、腰のところに隠す様に下げてたポーチに手を突っ込む。

取り出したのは、手の平くらいの大きさの、透明なケース。中には6本、液体の入った細い瓶が入ってる。





「ワルター、赤色ってドレだ?」

「赤?ならその一番右端の・・・・・・」

みぎはし。コレですね。

ぱちん、と蓋を開けてソレを1本、取り出し。ソレをにゅっ、と導師の目の前に突き出した。





「とある闇医者から、死にたくなければ使う様にと貰ったものですが。今は私より導師に必要でしょう――――――差し上げます」

「・・・・・・何ですか、ソレは?」

「『エリキシル』。傷も病も毒も関係無く。あらゆる害を取り除き、肉体を最良で正常の状態にする薬だと」





いや実際あたしが『あたし』だった時に作った念具ですが。

しかもコレ、お金に余裕があればいっぱい作ってた他の念具と違って、年に1個しか作れないって制約まで掛けて効力を上げたシロモノだ。

あたしの言葉にグラッと来たんだろう。導師の視線がソレに固定して、手が伸びる。





だけど、導師が受け取る前に、水主が慌てて口を開いた。

「ちょ、待て。待て待て待てアッシュ。お前、原色の区別は未だ付くって、この間」

んあ?そーいや言ってませんでしたっけ?





「いや、ここ数ヶ月で色は完全に見えなくなった。けど、人の顔の区別は未だ出来るから」





びしり、と水主が固まった。

導師までちょっと驚いた顔であたしを見上げてくる。

「・・・・・・その薬が、肉体を最良にするというのなら。貴方こそ、その目を治すのに必要なのではないですか」

うんいやまあそーなんだども。





「色盲になったくらいで死にはしませんよ」





引っ込めようとした導師の手。ソレをあたしはきゅっ、と握って。

その手の上に、ころん、と細い瓶を乗せてやった。




















オリジナルイオンは不治の病だったそーですが、その病が何なのかも解からなかったそーで。

解らないのに病?病なのに無菌室とか入らなかったの?もしうつるよーな病気ならどーすんの?

とか思ってウチでは毒殺論。アリがちネタですが。いいさ捏造だし。

ちなみにおねにーさまこの後水主に怒られます。完全色盲なんて何でそんな大切な事黙ってたんだー!!って。









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