雨が、降ってた。

光に弱くなって色が解らなくなったあたしの目でなくても、灰色に見えるんだろう。

そんな。重い、重い雨だった。





日課、ってホドでもないけど、あたしは良く本部の裏の庭の隅っこに行った。

ソコには一本の木があって、その根元を、一匹の猫が住処にしていた。





生まれてから、まだ1年も経ってない様な小さな黒い子猫。

母親の姿はなくて、たった一匹で。

登った木から降りられなくてにーにー鳴いてるのをあたしが見つけたのは、ホントに偶然だった。





その子猫は、あたしの顔を覚えてくれた。

あたしに、懐いてくれた。





ソレが嬉しくて嬉しくて、あたしは時間が出来ると子猫の元に顔を出した。

食堂で出たおかずをちょろまかして持ってったり。

仕事で疲れた水主を引き摺ってったり。





最初は、痩せ細ってみすぼらしくてよたよたしてた子猫だった。

片手で持ち上げられるくらい、軽い仔だった。

持って行った小さな魚の切り身すら、食べる事が出来ない様な弱い猫だった。





だんだんと重くなっていくのが、嬉しかった。

綺麗な毛並みになっていくのが、喜ばしかった。

一緒に遊ぶのが、楽しかった。





――――――なのに、何で。





木の枝に吊るされたソレに、手を伸ばす。





綺麗だった毛並み。とても、とても手に心地よかったのに。

1日が過ぎるたびに重く大きくしなやかに。健やかに、健やかに育っていたのに。

名前を。そろそろお前の名前決めよっか、て聞いた時、金色の目をあたしに向けて、にゃあ、と可愛く鳴いたのに。





なのに。なんで。





「――――――・・・・・・・・・・・・マスター」

直ぐ後ろにいるハズの、水主の声が遠く感じる。

「・・・・・・降ろしてやろう、マスター。ずっとそのままでは、可哀想だ」

なのに、大して強くもない雨の音が、しとしとしとしと、耳に付いて。





あたしはそっと、括り付けられてた紐をナイフで切って、ソレを胸元に抱いた。





綺麗だった毛並みは、もう無い。

ザンバラに毟られて、焼かれて、斑になってる。

重たかった身体は、軽く冷たく、そして硬い。

引き裂かれた腹から内臓が引き摺り出されていて、だらん、と垂れ下がってる。

きらきらと、生命に溢れていた金色の目は、もう瞬かない。

片眼は眼球が飛び出して、もう片方は抉られているから。





――――――イヤな、予感はコレだった。





さっき、団内の訓練場で。あたしの事を気に入らない、て目で見るヤツ等が。

あたしと擦れ違いざま、これ見よがしに言った『不吉な黒猫』の単語に感じた。





――――――外れてくれれば、良いと思ったのに。





あたしは、かつて綺麗な黒い子猫だったものを、丁寧に丁寧に抱え直し。

この仔が住処にしていた木の根元。しゃがみ込み、手にしたナイフで穴を掘る。





「・・・・・・・・・・・・ねえ、水主」

「・・・・・・・・・・・・何だ」

「あんた、あたしから離れて」





倣う様に、あたしの横に膝を着いた水主に、目を向ける事無くあたしは言う。

水主は顔を上げてあたしの顔を見た。

仮面に隠れて、ずっと地面を見てる、あたしの横顔を。





「あんたがその姿を維持できる限界まで離れて。あたしを見ても声を掛けないで。近付かないで」

「マスター、だが、」

「あんたはあたしの守護精霊。あたしが万全でない今、あんたも万全じゃない。そして今のあたしは自分の事で手一杯だ」





ざくざくざく。穴を掘り続ける。

あたしが可愛がった猫。あたしが、面倒を見てた猫。

――――――明日には。こうして吊るされるのは、水主かも知れない。

だから。





「だから水主。あたしから、離れて」




















・・・・・・また暗いネタを・・・・・・

でもこーゆー陰険な事だって、『アッシュ』はされてたんじゃないかな、と。

しかもコレがてんてーの指示だったりしたら・・・・・・なんて深読みしちゃう。

『アッシュ』を孤独にして傾倒させる為に、てんてーはコレくらいさくっとやっちゃうと思います。









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