ふわふわ、と。 心地の良かった眠りから意識が浮上していくのを、はっきり自覚した。 途端、鼻に付いたのは薬らしき匂い。 思わず目を見開いて、飛び上ろうと、して。 「・・・・・・っっ・・・・・・!!」 だけど身体は思考について行けずに。 俺様は、綺麗な布団の中で息を詰めた。 ――――――って、ゆーか。 ドコ。ココ。 意識を飛ばす前の記憶は・・・・・・あ。覚えてる。 うんもぉ一言一句覚えてるよ。 あの、見目に反してすこぶる可笑しかったあの鬼の言動を。 怪我人、てゆーの・・・・・・俺様?・・・・・・だよねーしかいなかったもんねー。 げっと、て何さ。 お城に向かって、えーとれっつ、れっつらごー? うん解んない。 ・・・・・・え。でも。って事は。 じゃあココもしかしなくても小田原城? え?やばくない?俺様すっごいやばくない? いくら戦嫌いで有名な北条氏でもさ、俺様敵国の忍だよね? ――――――・・・・・・・・・・・・て、ゆーか。 『他国の忍』って解ってたのに、何だってあの鬼は俺様お持ち帰りしたの。 目を開く。 映った天井には何の気配も、無い。 ・・・・・・うん不用心じゃない?普通、見張りの1人や2人、つけとかない? ちらん、と右に。 壁には何の仕掛けも無くて、机の上には、俺様の持ってた暗器や手裏剣が無造作に置かれてる。 ・・・・・・・・・・・・ちょっと何で。普通は手の届かないトコロとか、もしくは没収とかするでしょ? なんだか頭痛くなってきそうになりながら、今度は左に視線を流して。 「――――――っっ」 固まった。 の、一瞬後には。力が抜けた。 だって、あの白い狼が。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・でっかい鼻ちょうちんを作ってすぴー、と寝てたから。 うん。なんでだろう。 なんでこんな、脱力感がするんだろう。 思わず意識が遠のきそうになったトコで、ぱたぱたと障子の向こうから足音がした。 近付いてくる・・・・・・この、部屋に。 間違いない。誰か、ココにこようとしてる。 緊張が走る。 どうしよう。迎え撃つか、ソレとも逃げるか。 でも、俺様の傷、手当てされてるし。 向こうには、含みはあっても害意はなさそう。 でも。その含み、が。気に掛かる。 考えたのは一瞬で。 俺様は結局、タヌキ寝入りで相手の出方を見ようと思った。 他意がないならソレで良し。もしあっても、タダでなんか起き上がらないのがこの俺様だ。 ・・・・・・ぶっちゃけ、行動を起こすには気配が近過ぎるし。 目を閉じて、眠ってるフリをして。 近付いてくる気配の動きを追う。 案の定、気配は部屋の外でぴたりと止まった。 次いで、そぉっと。静かに静かに障子を開ける、音。 「・・・・・・ー・・・・・・」 ――――――この、声。 あの、男だ。間違いない。あの、鬼の。 どくり、と心の臓が音を立てた。身体が徐々に徐々に緊張してく。 ・・・・・・っ、だめだ、平常心平常心。悟られるな。気取られるな。俺様は今、寝てるんだから。 男の気配はしばらくそのまま。室内を窺う様に動かなかったけど。 やがて、小さな嘆息と共に、部屋の中に移動して。 障子が閉められる音。そして。 べしっっ。 「――――――きゃいん!?」(いぎゃあ!?) 狼の、情けない鳴き声。 ・・・・・・その前の音ってもしかし・・・・・・いやいや、気にしないでおこう。 「なに、ねてる。。」 「わふっ!?」(げっ!?) 「ちゃんと看病してて、って。は言ったよな?」 「・・・・・・きゅ、きゅ〜ん・・・・・・」(・・・・・・や、コレはその・・・・・・) 「い・っ・た・よ・な?」 「・・・・・・・・・・・・くぅん。」(・・・・・・・・・・・・ごめんなさいでした。) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、会話が成立してる感じがするって思うの俺様だけかな? しかもすっごい狼しょげてる光景が脳裡に浮かぶんだけど。 って、ゆーかね。 狼に看病ってナニ考えてんのこの人。 なんだか脱力感がどっと増したんだけど。 「ま、いーや。・・・・・・で、おきた?」 「わう、あうん。」(いんや、一度も。) 「そっか。」 気配が動いて、更に近付く。 俺様の枕元――――――とても、近い。座り込んだ、感じ。 ・・・・・・・・・・・・あ。やばい。また緊張してきた。 「はやくおきないかなー。おきてほしーなー。おこそーかなー。」 「わうー。わふ、あうん?」(だなー。って、何で?) 「んー。だって拾ってもーすぐ3日目。」 「わん。」(うん。) 「もーそろそろ、拾ってきたこと、ばれそ・・・・・・あ。」 鬼の声が、不意に途切れた。 俺様の身体も、硬直した。 何故か。 「・・・・・・・・・・・・なんっかコソコソしてるからまぁた手負いの犬猫でも隠れて拾ってきたのかと思えば・・・・・・・・・・・・」 寝たフリしてる俺様と、枕元の鬼と狼と。 ソレだけしかいなかった筈の室内に、突如出現した険呑な気配。 「――――――なんつーモン拾ってきてんですか、長」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・げ。へーたろー。」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わーふー。」(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うーわー。) 鬼と狼が、しまった、って感じの声を漏らした。 険呑な気配が、俺様に向く。 布団の下、軽く作ってただけの拳に力が入る。 「捨ててきなさい」 ・・・・・・って。ちょっとちょっとナニその言い方。 「元あった場所に、今すぐ。捨ててきなさい」 だからナニその言い方!?俺様、犬猫と同等!?ねえ同等なの!? 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・け、ど。けが、して・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「怪我してても他国の忍でしょうが。そんなん拾ってあまつさえ自室に隠して。犬猫とは訳が違うんです捨ててきなさい」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おきない、し・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「起きないなら好都合ですそのまま捨ててきなさい」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・や。」 「やじゃありません捨ててきなさい」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。 ナニそのなんかホントに、こっそり拾ってきた猫を隠れて飼ってた子と、ソレを見つけた親、みたいな会話。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・長、アンタ一体ナニ考えてんですか」 険呑を、脱力に変えた気配が、疲れた様に零した。 「アンタ殿の養子でしょうが。自分の立場、きっちり理解してるんですか」 ・・・・・・・・・・・・あー。ソレ俺様も言いたかった。 事情を知らない傍から見れば、この鬼と俺様、繋がってる様に見えるよねー。 で、俺様と繋がってる、って事は。他国とも繋がってる、って見られるよねー。 しかも、甲斐と相模って、同盟すら結んでないもんねー。 ――――――謀反の疑い有り、って。疑われても仕方ないよねー。 その辺、この鬼は・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・思いもしてなかったんだろーなー。 「ソレだけでも大問題なのに。アンタ俺等の頭領でしょうが。俺等まで共倒れにさす気ですか」 ――――――・・・・・・・・・・・・え? 「5代目風魔小太郎が、他国の忍と通じて国の転覆目論んでたなんて。そんな噂が立ったら俺等おまんまの食い上げじゃないですか」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えええ? 「ぅえええぇぇぇええええっっっ!?!?!?」 え、うそ、ねえちょっとソレホント!?!? 確かに北条は風魔忍の生き残りを雇用してるって聞いた事あるけど!! その頭があの伝説の忍、風の悪魔の異名を持つ『風魔小太郎』だって聞いた事あるけど!! 「こんな脳内お花畑が風魔小太郎!?!?」 あり得ない!! 全然、全く!!心の奥底からあり得ない!! 俺様すっごい憧れてたのに!!なのになのに!! 「俺様の憧れを返せーーーーっっ!!」 ぜー、はー、ぜー、はー。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。 「・・・・・・・・・・・・あうん。わふー・・・・・・」(の、脳内お花畑って・・・・・・) 「あ。おきたー。」 「・・・・・・わうわう・・・・・・わうん。」(・・・・・・だーからお前そーゆートコが・・・・・・いや、やっぱ何でもない。) 「っ、一体何時からっっ!!」 はた、と気が付いた時には。 鬼は自分の周りにぱあっと花を咲かせてて。 狼は狼で、狼らしくない嘆息を吐き。 険呑な気配の発生源・・・・・・年の若い忍は、一足飛びで俺様から距離を取って警戒を見せる。 「・・・・・・・・・・・・あはー。思わず起きちゃったー。」 けど声を大にして叫んだ俺様は悪くない。 だって俺様じゃなくても絶対叫ぶこんなん。 うん。だからないったらない。 「長!!離れて下さい!!」 「わうん。わう?」(つっても、なあ?) 「けが、いたくない?だいじょぶ?」 「って言ってる傍から何近付いてんですかっっ!?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やー。 なんかあの忍の子、かわいそーになってきた。 ウチの旦那も警戒心薄いってゆーかなんてゆーか。あんなんだけど。 この鬼も大概、危機感無さ過ぎ。 コレがホントにあの風魔小太・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・や、ソレは忘れよ。俺様の精神的安定の為に。 襟首掴まれて無理やり俺様から距離取らされて。 鬼はぐえっと言いながらじとー、と忍の子を見る。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へーたろー、はなす。」 「却下。離したらまたふらふら近付くでしょうが」 「はーなーすー!!」 「ダメっつってんでしょうがこのおバカ」 あ。今べしって。叩いたよあの子仮にも頭領を。頭領の頭をべしって。 しかもおバカ呼ばわり。うん俺様の中でもあの鬼おバカ確定だけど。どんなに綺麗でもおバカ確定だけど。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぅ、え・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っっ」 ――――――・・・・・・・・・・・・うーわーぁ。 「・・・・・・ぇっ、ぅ、うぇぇええええっっっ」 しかも泣き出した。泣き出しちゃったよ。 「え、ちょ、おおおお長!?!?」 「わんわんわん!!がるるるるるうっっ!!!!」(をいこら平太郎!!ナニ俺の泣かしてやがんだごるあぁぁああっっ!!!!) 「待て!!早まるな!!話せば解る話せば!!長もっ!!俺が悪かったです謝ります飴だってあげますからホラ泣きやんで!!」 うっわ早っ!!謝んの早っっ!! しかも飴って!!一体いくつのお子様相手!? ――――――あれ。もしかして俺様、忘れられてる? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかもなんか。どっかからドタドタ走ってくる音、聞こえるんですケド。 すぱぁん!! 「誰だ俺の可愛い泣かしたヤツはぁぁぁあああっっっ!?!?」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・誰、この人。 なんかすっごい溜息吐きたくなりながら。 俺様は、障子をブチ壊す勢いで開けて怒鳴り込んできた男を白けた目で見上げた。 |
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ユメが壊れた瞬間。 | ||
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