「――――――ちっ。」 ずきん、と走った痛みに、小さく舌を打つ。 やられたのは右の脇腹、左の二の腕そして太腿。 しかも太腿に至っては動脈までいった。 目立たない分傷の深さに気付かなくて、血を流し過ぎてポックリ、なんて間抜けな死に方はしたくなかったから、ササッと止血はしてるけど。 油断、したつもりはなかった。 俺様くらいになれば、相手の力量なんて、見ただけで大体解るし。 実際、敵さんは三下がただ集まっただけの烏合の衆だった。 ソレでも今の状態は。 真田忍隊の頭を張る身の上としては、間抜けではあるけどとんでもなくキツくもある、状況で。 ――――――もしかしたら。 知らないウチに、俺様も大概侵されてたんじゃないか、って思う。 あの、毒の様な薄暗い雰囲気に。 梅雨の季節に入って大将が病で倒れて。城の中の誰も彼もが、何もかもに、やる気を起こさなくなった。 あのうっとうしーホド暑苦しかった旦那まで。毎日毎日アホの子みたく、部屋の中で何もせずにただぼけーっとしてるだけだった。 俺様も、その例に漏れる事はなかった。 充分に休息は取ってるハズなのに。寝たりなくて。 元気も出なくて。食欲もなくて――――――身体の、だるさが取れなくて。 俺様達忍は夜が主な行動時間帯だけど、体内の時間を狂わせない為に1日に1回はちゃんと、日に当たってるのに。 ソレでも。身体は重いまま、で。 忍の任務も旦那の世話も、無理矢理身体を動かしてやっていた。 聞けば才蔵や鎌之助、他の皆も似た様な症状で。でも皆揃って風邪ひいたって感じでもなかったし。 毒物が城の井戸にでも混入されてた、ってんなら、まだ納得もできたんだけどさ。そんな痕跡も毒物だって、なぁんにも出てこなかった。 きっと、大将が病に倒れたからだ。 きっと、旦那が大人しいからだ。 そう、思って。 大将の病が治ったら。 旦那が、また騒がしく落ち着きなく動き始めたら。 梅雨が、明けたら。 また、甲斐は。 以前の賑やかさを、取り戻すんだろう、と―――――― きんっ!! 飛んできた手裏剣を、ギリギリ苦無で叩き落とす。 けど、落とした手裏剣の影に隠れてた、もうひとつの手裏剣に気付くのが、遅れて。 「・・・・・・ぐ・・・・・・っっ」 右の、背中。肩甲骨。 綺麗に、刺さった、感覚。 ・・・・・・・・・・・・うーわーしかもコレ、ご丁寧に毒まで仕込まれてるよ。途端にガクリと膝が落ちたよ。 でも。 麻痺。 致死量。 違うって。 事、は。 「――――――案外、他愛も無かったな」 人の影がひとつ、またひとつ。 俺様が、動けなくなった事を悟ってか。みっつ。よっつ、いつつと、増える。 「この程度が、真田十勇士が1人とは」 ――――――ちょっと、むか。 俺様がこの程度、っていうなら。その、『この程度』たった1人に、半数ヤられたアンタ達って何なのさ。 「殺すなよ、未だ」 「解っている」 ・・・・・・ああ、でも。 俺様けっこー、絶対絶命の危機、かも。 ――――――死ぬワケには、いかないんだけどなぁ。 大将が倒れた、て噂を。 甲斐の国内で留めておく事は出来なかったから。 真相を確かめる為。 またはココぞとばかりに暗殺する為に。 毎夜毎夜、侵入を果たそうとする他国の忍は、絶えない。 でも、困るんだ。 大将殺されるのも、甲斐の国が荒れるのも。 俺様、困るんだよ。 忍なんて、足軽よりも身分の低いモノ相手に。 大将は、色々心を砕いてくれた。 旦那は、心底信頼してくれた。 そりゃ、ちょっと、いやかなり?忍使い荒くない?って思う事なんか日常茶飯事だけどさ。 ソレでも、忍の俺様がこんな事思うなんておこがましいだろうけど。 大将は、旦那は。死んで欲しくない大事なお人達なんだよ。 大切な、生みの親より親らしいお人で、血の繋がった兄弟よりも弟らしいお人なんだ。 だから。 今日も今日とて、重い身体引き摺って撃退してきた、けど。 大将は病で。 旦那は腑抜けになっちゃって。 なのに、コレで俺様までヤられちゃうワケには、いかないんだよ。 地面に着いてしまった、手。 その中の、苦無をぐ、と握る。 熱と痛みがソコから生まれて、ほんの少し、身体が毒に慣れてきた事を知った。 「さて、餌に使うか質に使うか」 ぐ、と髪を掴まれて、無理矢理顔を上げさせられる。 行き成りで、多分首の腱を痛めた。 ぶちぶちとイヤな音を立てた頭も痛い。ハゲたらどうしてくれるのさ、まったく。 「聞きたい事も、試してみたい薬もあるからな」 は。言っとくけど俺様、痛みには強いよ? 薬だって、毒と言える毒は端から端まで慣らしてるからね。 ぎゅう、と。握っていた苦無を握り直す。 狙うなら心の臓。一撃で。確実に。 首はいけない。この体制だと血を浴びる。ソレでなくても自身の怪我で、充分目印代わりになる血の匂いを漂わせてるのに。 ソレに血は滑るんだよ。その所為で暗器に力込められなくて目測誤りました、なんてしたくない。 指をかすかに動かして、毒の慣れ具合を見る。 もう少し、あと、少し―――――― 「――――――なに、してる?」 ざわり、敵がざわめいた。 身を低く。何時でも動ける様に低くして。油断無く、周囲に気を張らせる。 「なに、してる。おまえたち。」 再び聞こえた、声。 たどたどしい、幼い子供の様な区切り方は。けれど確かに成人した男のものの様だった。 がさり。木々の影から音が鳴る。 がさり、がさ。草を掻き分ける様に、また、がさ、と。 風が出てきて雲が動く。 動いた雲は、木の枝の隙間から、見えてた半月を、覆って。 再び、風。隠れた月が、また顔を出した。 そして――――――月と一緒に、影から出てきたその男に。 声を失ったのは、きっと俺様だけじゃ、ない。 淡い筈の月の光を。キラキラと鮮やかに集めたのは、紅だった。 血の様に濃ゆい禍々しい紅じゃ、ない。咲き誇った大輪の華の様にとても綺麗な紅い髪、だった。 次に、視線が釘付けになったのは、目だ。 実り肥えた秋の銀杏の様な、或いは以前見た大昔の虫を閉じ込めた、琥珀にも似た金。 ソレから、闇に浮かび上がる様な、白。 普通の倍、もしかしたら人と同じくらいの大きさの、狼。 その狼は、まるで主を守る様にぴったりと。ソレの足元、俺様達を油断無い鋭い目で、見てた。 ソレ――――――は人の形をしてて。 人と同じ、淡い青色の着物を身にまとって。 なのに浮世離れした、綺麗な綺麗な生き物に見えた。 ソレはぐるりと辺りを見回して、敵の5人を見て、ソレから、俺を見て。 最後に、俺の髪を掴んだまま固まってる、コイツ等の束ねらしい男に、ひた、と目を据えた。 「ちちうえの――――――北条氏政が治める、相模の土地で。他国の忍が、なにしてる。」 ちち、うえ。 北条。 相模。 ――――――・・・・・・・・・・・・聞いた、事が。ある。 妻を娶らず独り身を通している『相模の猫』の。唯一の息子。 養子として迎え入れられたその子は、とても美しい、紅い髪と金の目をしている『鬼子』だ、と。 うつくしい、なんてモンじゃ、ない。 確かにコレは『鬼子』だ。 こんな人間、俺様は今まで見た事無い。 こんな、痛いくらいの涼しい空気、冷たいくらいの清しい雰囲気。 こんな、見る者全てを魅了し突き放す様な恐ろしい気配を持つ神にも見紛う人間なんて。 鬼でなければ何だと言うんだ――――――!! 「かえれ。いますぐ。ちちうえの、さがみの土地、けがすな。」 ソレが、紡ぐ。たどたどしく言葉を。 その音に、金縛りが解けたかの様に、敵忍の時間が動く。 ぐるるる、と狼が唸った。何時でも飛び出して喉笛を食い千切れる様に、身を低く、して。 「いい、。――――――『縛道の九十九、禁』」 すい、と動いたのは男。 ソレは狼の頭に手を乗せながら、短く意味の解らない事を呟いた。 途端。 「ぐっ!?」 「なんっだ、此れは!?」 驚く。 敵忍達は、こぞって何かに縛られていた。 黒い、黒い帯。 何処から出て来たのか、如何やって縛ったのか。 俺様、目なんて一瞬たりとも離さなかったのに。全然、全く解らなかった。 どさどさと。倒れ伏したソイツ等に、ソレはふん、とひとつ鼻を鳴らす。 そして、興味を失った金の目は――――――次に俺様を、捉えた。 「・・・・・・・・・・・・うわ。」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・えちょっとなんでソコで「うわ」? しかもどーして近付いてくんの!?ねえくんの!? 「わうー。わん、わうん。」(うわー。コイツ、オカンじゃん。) 「けがひどーい。ねーー。」 「わふ?」(んだよ?) 「はこんでー。」 「わん!!」(がってん承知!!) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え? ええええ!?!? って思った瞬間には。 俺様、襟首狼に咥えられてブンッて空に投げられて。 んで、どしんっっ!!って狼の背中の上に乗せられてた。 「え?え?ええええ????」 「けがにんげっとだぜーい。」 「わうーん。」(ゲットだぜーい。) 「おしろにむかってれっつらごーっ。」 「わううーん!」(ゴーゴゴー!) ・・・・・・・・・・・・うん。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだろう。なんなんだろうこのほえほえした感じ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。俺様眩暈が。 ――――――そう思ったのが。俺様の覚えてる、最後の記憶。 |
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撃退しようとして深追いし過ぎて逆に追い詰められた先。 | ||
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