走って走って走って走って。3日3晩、寝る間も惜しんで走り続けて。

4日目の朝。ようやく私は足を止めた。

随分と、遠くまで来たと、思う。渡った川は5本を超えた。登った山は、3つはあった。





きっと、もう。お師様は死んだだろう。

アレだけの傷で、アレだけの出血だった。もう、生きてはいないだろう。





戦乱。

言葉にすればソレだけの、だけどドレだけ重い言葉なのか、今になって身にしみた。




















薬、そのものが高価なモノであるこの世界。中でも、上等なモノを作れる優秀な薬師は稀だ。

天下を望む武将なら、誰もが手に入れたいと思う。ソレが、集落まるまるいっこ分なら、尚更。





『薬師の村』の村長様は。とある殿様に、己の為だけに薬を作れ、と言われたのだそうだ。

材料も道具も何もかも。全て最上の物を与えるから、と。己の国の為だけに薬を作り。他国に決して流出させるな、と。

だけど村長様はソレを拒否して。

薬は万人の為に無くてはならぬ物。病に国境は無い。床に伏せる人を選び薬を売るなど、ソレは最早薬師などではないと、拒否して。





――――――ならば、と。他国に渡るくらいならば滅ぶが良い、と。

ソレが焼き討ちの、理由だったのだと。お師様は言っていた。




















風魔忍は特殊だ。伊賀や甲賀、雑賀とは違い。主、でなく契約に縛られる。

金を積めば積んだだけ。金に見合うだけの人で、期間で、仕事をこなす。平たく言えば、金さえあれば誰でも雇える。

金が底尽きれば、昨日まで護衛をしていた大名でも次の日には暗殺の対象になっていたり、するんだ。





その、風魔忍を。厄介と捉える武将は多い。

金で縛られるだけあって、忠義も情も何も無い。金の切れ目が縁の切れ目。要は、使い勝手は良いけど信用には足りないんだ。

しかも風魔忍には独特な、他の忍の里に無い、幾つもの秘伝、禁術がある。味方に着けば上々だけど、敵に回れば厄介。





だから。風魔は邪魔だと判断された。

魔王だか何だか、大層な異名を持った殿様に。




















「・・・・・・ぅっ、ぅえっ・・・・・・」





思い出したら、また泣けてきた。

子供はイヤだ。涙腺弱くてイヤになる。

「・・・・・・ははっ、さまぁ・・・・・・っ、ち、ちちっ、さまぁ・・・・・・っっ」

ぼろぼろ、ぼろぼろ。

泣きながら、とぼとぼと獣道を歩く。





「・・・・・・おしさっ、おし、さまぁ・・・・・・っっ」





お腹が空いた。ココ数日水しか飲んでない。

足が熱い。多分痛めてるんだろう。当り前だ走って転んでソレでも歩き続けて、止まらずココまで来てもう4日目だ。





「ぅえっっ、うぇぇええっっ、ぅぇええええんっっ」





――――――そんなに泣くと目が溶けるぞ。

そう言って抱き締めてくれた父様はいない。

――――――あらあらどうしてこんなに泣き虫になっちゃったのかしら。

そう言って甘いお菓子を作ってくれた母様も、いない。

――――――お前は良く泣く子だな。

そう苦笑して、頭を撫でてくれたお師様すら。





優しかった村は滅んだ。

優しかった里も絶えた。





私の居場所。生きようと思った。生きたいと願った。

心地良かった。柔らかかった。穏やかでまろくて、今までに無い平穏を。望んでいた平穏をようやく手に入れられたと、思った。

今生では、殺しも争いも何もかもが蚊帳の外で。ただただ静かに、生きていけると。思っていた、のに。




















泣きながら。ずっとずっとそんな事を、思ってた。

裡に、こもってた。

だから、気付くのが遅れた。

がさり、と草の鳴る音。どうせ獣だろうと高を括ってた。

こんな、獣道しかない森の中に、人なんかいるワケないって。





「――――――お前・・・・・・・・・・・・童、か?」





だから、声を掛けられた時には、びっくりした。

思わず立ち止まって目を上げて、更にびっくりした。





「・・・・・・いや、其れとも鬼の子、か?」





そう言って、純粋な驚きだけを目に乗せていたその人は。

弓を持ってるけど狩人じゃない。動き易そうな服装だけど忍者じゃない。腰に刀を佩いた、紛う事無き武士、だった。





「兄者。獲物は――――――・・・・・・・・・・・・!?」

「如何したのですか氏政兄上。氏那もこんなところ・・・・・・で・・・・・・・・・・・・っっ!?」

「何と、面妖な!!」

「もしや、モノノケの類ですか!?」





もう2人。武士の後ろから、ドコかその武士に似た顔の男が寄って来て。

私を見るなり、腰の得物に手を掛ける。

――――――・・・・・・・・・・・・やっぱり。コレが普通の反応、なんだよな。





殺気を滲ませる2人の武士に。じり、と僅かに後退して。

ぱっ!!と。身を翻して逃げようとした。んだけど。





「うにゃ!?」

べちんっっ!!

〜〜〜〜〜〜ったい!!鼻打った痛いまぢコレ痛い!!





鼻を押さえながら立ち上がろうとして――――――立てない、事に。気が付いた。

・・・・・・え。ちょ、何で。何で地面、凍ってんの?

何で、私の右足。足首から下、凍った地面と一緒に凍ってんの?





「あ。悪い。つい」





〜〜〜〜〜〜っっ!!この武士の仕業か!!

さっきまでとは違う涙を目に溜めながら、ギンッ!!と青みの強い黒い頭を掻いてる武士を睨み付ける。

その視線に、ますます殺気をきつくしたもう2人が、ザッとソイツの前に動いて刀を構えたけど。





「氏照、氏那。下がってくれ」

「何を言う兄者!!」

「兄上こそお下がり下さい!!」

「2人とも・・・・・・下がれ?」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。」」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うをう。

まさかこんなトコで、有無を言わせぬ大輪の笑顔、なんて見るハメになるとわ。

このにーちゃん、デキるな。





そのにーちゃんが、そんな笑顔のまま、私を見る。

「さて、鬼の子」

・・・・・・かっちん。

「鬼の子、ちがう!はちちさまとははさまの子だっっ!」

思わず怒鳴ったら、ちょっと目を大きくされた。

「じゃあ、お前の父様と母様も鬼なのか」

またもやかっつぃーん!!

「鬼ちがう!!ちちさまむらいちばんの薬師だ!!ははさまもそうだっ!!」

あ。また驚いた。

「そうか。お前薬剤師の子か。ああ、ソレで森の中にいたのか。で、父様母様と、逸れたんだな?」





――――――答え、られなかった。





へたり、と。氷が邪魔で上手く立てなくて地面に座り込んだままの私の目の前に。にーちゃんがしゃがみ込んで、ん?と首を傾げる。

「俺が一緒に探してやるからもう泣くな。目が溶けるぞ?」

持ってた弓を傍に置いて、骨ばった手が私の頭に向けられて。





――――――ぱんっ!!と。

私はその手を叩き落とした。





「貴様!!」

「兄上!!」

後ろで複雑な表情浮かべてた2人が、再び殺気を滾らせる。

「・・・・・・・・・・・・氏照、氏那」

咎める様な声で、にーちゃんが2人を見上げるけど。

「幾ら兄上の命令でも、此れは聞けません」

「大体、鬼子の言う事など、信じられるか」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ。言うねぇ。





「――――――さむらい、のくせに。」





く、と。喉が震えた。

「ちちさまとははさま、殺したヤツらとおなじ。おしさまを里をおそったヤツらとおなじのくせに。」

そんな奴等に、信じられたいなんて思わない。

「たたかえない人、みんな殺してわらってた。アイツらとおなじのくせに。」

ああ。どうでも良いさ。あんた等が私の言葉を信じようが信じまいが、どうだって良い。





が鬼なら、さむらいはなに。鬼より鬼らしい、さむらいは、なに」





にぃ、と口元に笑みを穿いて。顔色を悪くする2人に、吐き捨てる。

そして、さっきからずっと私を凝視する、にーちゃんの目を、ひた、と見据えた。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前」

にさわるな。だいっきらいだ。さむらいなんか。」

ぐぎゅるるるるぅぅぅううっっ。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。

どーして鳴るかなこんなシリアス場面で私の腹の虫!!

ほら見ろにーちゃん突っ伏してる!!後の2人も白けてるぢゃないかっっ!!





「・・・・・・・・・・・・ぷっ・・・・・・・・・・・・くくっっ」

「〜〜〜〜わらうなバカ!!」





4日も水だけ生活送ってたんだ仕方ないだろこんちくしょー!!

顔を真っ赤にして怒鳴っても、いや怒鳴った所為か、にーちゃんますます噴き出した。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちくせう。いつか絶対コイツぎゃふんと言わす。





そんな武士達を視界からシャットダウンして、私は手元に落ちてる石を拾った。

もしかして投げ付ける気か!?・・・・・・いえいえそんな事しません。すっげしてやりたいけどしません。

私はその石を、氷の上に振り降ろして。がっちんがっちん、氷を叩き割リ始めた。





ぎょっとしたのはにーちゃんだ。

「っ、おいお前!無茶するな!!足に傷が・・・・・・!!」

目測誤って、ちっ、と足に奔った赤い線に。他2人も、慌てた様に手を出そうとする。

「さわんなバカっっ!!」

だけど私はきゃしゃー!!と威嚇して。もう、手ぇ出したら噛み付いてやる、くらいのイキオイで威嚇して。

てゆーか、この氷一体何処から出したんだ。

にーちゃんがやったってのは間違いないんだろーけど。この人武士で忍者じゃないよね?





「――――――ああっっ、もう!!」





にーちゃんが吠えた。

何だ?て思わず目を上げたら、がん!!って。ガン!!って素手でにーちゃんが氷叩いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・しかもナゼそれで氷が粉々に砕ける。

どんだけ怪力。見た目鬼な私よりこのにーちゃんの方が鬼だろコレ。

しかも。しかもだ。





「ぅやっっ!?やー!!」

ひょいっと軽々抱え上げられて、私はバッタバッタ暴れた。

だけど以外に細いそのにーちゃんの腕はがっちりしっかり。ビクともしやがらない。





「やー!!さわんなバカー!!」

「バカとは何だ。暴れるな馬鹿。帰ったら降ろしてやるから」

「ひとさらいー!!おにー!!あくまー!!」

「あーはいはい。大人しくしてようなー」

「やー!!たすけてー!!おーかーさーれーるー!!」

「おま、たどたどしいくせに何処でそんな言葉覚えた。つか意味解ってんのか」





あ。にーちゃんちょっとヘコんだよ。

後ろの2人の、呆れたみたいな視線が痛いよ。





「・・・・・・・・・・・・兄上、もしや、とは思いますが・・・・・・・・・・・・」

「ん?連れて帰る。否は聞かんぞ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ。兄者は一度言い出したら梃子でも動かぬからな」





ちょっとソコは否定して!!全面否定して!!

だけど2人は呆れた様な困った様な。はたまた憐れむ様な顔で、私を見る。





「こら、大人しくしてろって。帰ったら団子たらふく食わせてやるから」

ぴくっ。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・だんご?たらふく?」

「っ、・・・・・・ああ。たらふく、だ」

・・・・・・・・・・・・うん。団子食べてから逃げても遅くはないよね。うん、ない。

「ん。おとなしく、する」





ちょっと考えて、暴れるのをぴたっと止めて。

落ちない様に、にーちゃんの服をきゅ、と掴む。

そんな私を見てた、大の武士3人が。





(((・・・・・・・・・・・・かっ、かわいい・・・・・・・・・・・・!!)))





なんて、脳天かち割ったろか、みたいな事を考えてたなんて。

この時の私は、知りもしなかった。




















 





 













かどわかされるのがお好き。
 





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