汚れた毛皮は、ソレでもサラリと手に心地良く。 紅く濁った獣の目の。眦から一筋、零れた涙。 ――――――そして、『視』えた。此の獣の住処の森の、赤々と燃える情景。 |
禍神、現る、の巻。 ~一瞬。怒りに我を忘れても良いとさえ。思った。~ |
「――――――・・・・・・・・・・・・そう。そういう、こと」 とても。とても低い声がした。 ソレが自分の声だって理解するのに、しばらくかかった。 だけどソレがどうした。何だってんだ。 ぐるぐると怒りが渦巻く。どうしようもなく、腹の底から湧いてくる。 戦の為に森を焼いた人間。神を神域から追い立てた、人間。 なんて愚かな。なんて身勝手な。なんて、なんて、なんて―――――― 「Hey!!どうしたんだてめぇ!?」 ・・・・・・煩い。 「そうだよ先生!!危ないって!!」 ・・・・・・・・・・・・うるさい。 「ちょっと軍医の旦那!!聞こえてないの!?早く離れなって!!」 ウルサイ五月蠅いうるさい煩いうるさい―――――― 『 ・・・・・・ ダ メ ダ 御 コ 』 しゃがれた声が、した。 誰も彼もが、息を、呑む。 視線を落とせば、紅く濁った、目。 だけどソコには確かに、正気の金色が、ちらりほらりと浮かんでは消えて、いた。 『 瘴 キ ニ 染 マ ル ナ キ ョ ウ キ ニ 呑 マ レ ル ナ 』 「虎神、お前――――――!!」 『 我 ノ ヨ ウ ニ 捕 ラ ワ レ ル ナ 』 正気が、戻った!! まだ!!まだ間に合う!! まだ、助けられる!! 「よっし待ってな虎神!!直ぐ瘴気を祓って――――――」 『 ・・・・・・ イ ヤ イ イ 』 すっく!!と意気込み立ち上がって印を組んだあたしを、虎神が止める。 「っなんで!!」 『 ア ヤ メ 過 ギ タ ・・・・・・ 我 ノ 穢 レ ハ モ ウ 祓 エ マ イ ヨ 』 「・・・・・・っ!っ!!」 そ、そりゃ確かに神位の者が堕ちるとなれば生半可な浄化じゃ祓いきれないけども!! 元はといえば、神の森を、神域を焼いた人間が悪いんじゃないか!! 因果横暴、自業自得!!殺されて当然の事を、人間はやったんだ!! 『 ・・・・・・ 我 ノ チ カ ラ ガ 及 バ ナ カ ッ タ 其 レ ダ ケ ノ 事 ・・・・・・ ダ カ ラ 御 子 憤 ル ナ 』 ぎゅ、と拳を握る。ぐ、と唇を噛む。 力が及ばなかったなんてあたしは思わない。 ソレだけの事だなんて、あたしは思えない。 だから、仕方ないんだ、なんて思いたくない。 『 ―――――― 此 レ モ 世 ノ 流 レ ナ ノ ナ ラ バ 従 オ ウ 』 流れじゃない。 こんなのが、正常な流れなハズなんかない。 だからあたしがココにいる。 だから、従わなくたっていい。 なのに。 『 後 生 ダ 我 ヲ 殺 シ テ オ ク レ 御 子 』 ―――――― ぷ ち ん 。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。キれた。 つかコレって、キれてもいートコだよね。 あたしは背後に落ちてた 『舞扇』 をむんずと掴んだ。 んで、虎神が放り投げたもう片方にも、ずかずか近付いてぐっと掴む。 「・・・・・・・・・・・・ぐ、軍医の旦那?」 「・・・・・・・・・・・・だめ。せんせい、おこってる。」 視界の端で、恐る恐る声を掛けようとしたオカンの口を、背後から両手で覆う小太の姿。 「――――――アイツが俺に頼んだのは、お前等を殺す事じゃない」 そんな事の為に、来たんじゃない。 あたしは。 「お前等を救ってくれって、頼まれたんだ」 腐り逝く山を。澱む水を。濁る風を枯れる大地を。 侵されて尚苦しみもがく、魂達を。 ばさり、と左の 『舞扇』 を広げる。 その扇面をひたりと背中に宛がい、ぱちん、と閉じた右の 『舞扇』 の先端を虎神に向けて。 「お前が何と言おうと、俺はお前を救うよ、虎神――――――謳う丘~EXEC_HARVESTASYA/.~」 紡ぐのは、病だか呪詛だかに侵された愛しい人を救う為に旅に出た、巫女姫の嘔。 |
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