取り敢えず、目下の邪魔者は沈黙した。

獣を繋ぎ止める氷の枷は、そろそろ本格的に砕けそうだ。

――――――なら、始めようじゃないか。




 




 




 






禍神、現る、の巻。

~どうして、ソコまで堕ちたの。~





 




 




 




 
「!来る!!」

オカンの短い声に重なる様に、ばきん、と氷が砕けた。

高らかに上がった獣の咆哮が、衝撃波となってあたし達を襲う。

そしてヤツが駆け出して行く先には――――――そーですよねやっぱ弱ってる人から確実にってのがセオリーですよね!!





「炎に踊る精霊よ!!全てを遮断する壁、立ち上る火柱となれ!!遮れ!!」

あたしはバサリと 『舞扇』 を振りながら、獣の眼前、お館様達を隠す様に火柱を発生させる。

んでもってこのまま――――――突っ込むさ!!





身を低くして駆け出した。

そして炎に蹈鞴を踏んだ獣向かって跳躍して。

大きく振りかぶった 『舞扇』 を、その首目掛けて、振り下ろす!!





がぎぃん――――――!!





ちぃっっ!?なにコイツ牙で止めやがった!?

しかも 『舞扇』 咥え込んだままぶん!!と馬鹿力で大きく首を振るもんだから、ウエイトのないあたしなんて振り子みたいに振られるし!!

つか絶対あたし地面に叩き付ける気だ!!





「く――――――っっ!!」

あたしは咄嗟に 『舞扇』 を離して、空中でくるりと一回転した。

そして、とん、と着地した時。

目の前には既に、ギラリと鈍く光る爪が――――――





がきぃ!!





か、間一髪!!

どーにかこーにかもう片方の 『舞扇』 で止めた!!

だけど獣の前足は2本ある!!

横から薙いでくるコレは避けられるか!?





ざしゅ――――――!!





赤が、舞う。

――――!?!?」

筆頭さんの声が、悲鳴にも似た声が、届く。

そして、あたしは。





「・・・・・・・・・・・・お前。俺が、解らないの」





あたしは小さく呟きながら。片膝地面に着いた体制で、油断無く獣を見据えていた。

爪を防いでた 『舞扇』 は目の前に落ちてて。

代わりに、構えるのは2丁拳銃。





あの一瞬、 『舞扇』 を放棄して、あたしは後ろに跳んだ。

獣の爪が薙いだのは、あたしの服と、薄皮一枚。





ひた、と見据えた視線の先。

ぐるる、と唸り身を低くした獣の様子が、変わる。

ぐ、と一度。息を呑んだ様に鳴いた後。

あたしを薙いだ前足を、地面に擦り付け始めたのだ。





「・・・・・・・・・・・・な、何だ、いきなり?」

「く、苦しみ出した・・・・・・のか?」





突然の事に呆けた様な声を出す風来坊やお色気ねーさん。

他の面々も、似たり寄ったりな面持ちで。

そんなあたし達の前で、獣はいよいよ本格的に苦しみ出す。





この光景を、あたしは知ってる。

正確には、あたしの血に触れて、苦しみもがくモノがあったのを、知ってる。

ソレは、AKUMAという名の、悲劇の殺戮人形。





「――――――お前、如何して其処まで堕ちたの」

ふ、と腕の力が抜ける。握るのも億劫になった拳銃が、ごとん、と地面に落ちる。

「軍医殿!?」

武器を手放したあたしを、わんこが素早く見咎めて。





「・・・・・・・・・・・・お前に、もう、正気は無いの」

ふらり、と立ち上がる。今更になって思い出した身体のだるさが鬱陶しい。

「おい、!!近付くな!!」

のたりと歩くあたしに、腹心さんが制止の声を荒げて。





どう、と大きな音を立てて倒れた獣。

浅い息と、小さな痙攣と。繰り返す、さっきよりも小さく見えるその大きな体躯の傍。





「何故解らなかった。何故堕ちた。俺の問いに答えるだけの正気ももう無いのか――――――なあ、虎神」





あたしは、ぺたりと座り込んで。

汚れた白い、毛皮を撫でた。




 




 




 











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