黒く染まりかけた獣は、動きを封じられながら尚も足掻く。 その、禍々しい血色に染まりかけた目は、あたしを敵だと断定して。 びきり、と。氷の足枷に亀裂が入った。 |
禍神、現る、の巻。 ~コレが最後の忠告さ。~ |
ねとり、とぬるい風が吹く。 周りにいる屍肉喰らい達は、共食いを始めてた。 あたし達を襲って来ないのは、あたし達が獣の近くにいるからだ。 屍肉喰らい共を生む、瘴気の元。近付けば自分こそが喰われてしまうと、本能で解ってるんだろう。 あたしは、一度伏せた顔を上げて獣を見据え。その向こうにいる筆頭さん達に意識を向けて。 「筆頭、皆を連れて、引け――――――此処から先は、俺の領域だ」 左手も、銃から『舞扇』へと持ち替えて、両の扇をばさりと開く。 「――――――Ha、そいつは聞けねぇな」 だけど筆頭さんは、にやりと笑ってびきびきと足枷を割ろうとする獣に、刀を向けた。 「お前1人を残して引く?――――――冗談でも聞けねぇぜ」 「・・・・・・・・・・・・其れに、豊臣はまだ諦めてねぇみてぇだしな」 ざっ、と筆頭さんの横に出た腹心さんも、低く呟いて刀を構える。 言われて、まさか、と耳を澄ましてみれば。 確かに後方から、やんでいたハズの鬨の声がまた上がってる。 ――――――本当に。 ――――――・・・・・・・・・・・・こーゆー時。 人間ってヤツは!! 「――――――渡れ。遥かなるまほろば、最果ての地平に響く、此の血と肉に刻まれた契りの謡。 遠く高く鳴り響く、壮麗たる翼と瞳の鳥の声。漆黒の川辺に咲き誇る、絢爛たる色と形の華開く音。 黄金の海原、純銀の大空、至高の宝玉が愛でた、生命満ち溢れる朱の草原に続く謡。 限り無き彼方、揺れ重なる世界の裡にたゆたう、永久の暁闇にまどろむものの 眠りを覚ます音律を今紡ぐ」 すう、と腕を持ち上げる。右手は前に、左手は横に。肩の高さに水平に。 あたしを中心にして、リーチーが広がる。 足元から、淡く銀色に光る陣が展開される。 「せんせ、い?」 不安が滲んだ小太の声。 あたしは、応えも返さず術に集中し続ける。 「いざや来たらん死の導き手!!紫暗の具現、紅き闇の主、黒き鎌持つ命の狩人!!酷薄なる慈悲を携える者!! 覆されざる誓いにより、召喚し得るは、あらゆる銘を頂き、また一切の真名を持たぬ者!! いざや来たらん!!この場に汝を受け入れる音律の波は満ち満ちた!!いざや来たらん死の導き手!!――――――終焉を告げる黒き御使い、闇の恐怖!!」 ――――――闇が、生まれた。 目の前の、獣の瘴気の黒すら塗り潰す様な、本当の闇が。 あたしの、背後に。 「――――――なんと・・・・・・・・・・・・」 軍神が息を呑む。お館様が目を見張る。 「・・・・・・何で、ござるか・・・・・・在れは・・・・・・!?」 呆、と呟くわんこの前に立って、オカンがザッと腰を低くする。 あたしの背後に現れたのは、まさに闇の化身だった。 ボロボロの黒い布を頭からすっぽり被った、大きな鎌を手に持つ。 西洋の死神、そのものの姿。 彼はちら、とあたしに視線をよこすとひとつ頷き、手にした鎌を此方に向かって来る兵士に向けて一閃させる。 その、鎌の軌道から。空間を裂く様に夜よりも影よりも濃い闇が。 あたしの後ろ、突進してくる兵士も何もかも――――――全ての、景色を塗り潰した。 「なっっ――――――!?」 「・・・・・・・・・・・・いやいや。コイツはちょっと、驚くドコロの次元じゃないよね」 オレ様な筆頭や、飄々とした風来坊すら、ごくんと生唾飲み下して。 あたしは小さく 「風、頼む」 と呟いて、伏せた瞼をすっと開けた。 「――――――此処は祟場。堕ちた禍神の狩場。命有る者は全て贄――――――人よ。命欲しくば、去ね」 謳う様に朗々と。 「神の領域に、人が踏み入る勿れ」 この声は、風が余すところなく響かせて。豊臣の軍勢にも確かに届く。 生み出されたのは本当の闇。その中に身を投じれば、視界はおろか全ての感覚が覆われる、本物の闇。 ・・・・・・・・・・・・コレが最後の忠告だ。ソレでも突っ込むなら、もう知らん。 闇の中で、廃人にでも何にでもなるがいいさ。 半ばヤケクソな思いで、物騒な事を考えてた時だ。 するり、と。闇の化身の褐色の手が、背後からあたしの喉に回った。 ひゅ、と息を呑んだ小太が、鋭い殺気を漏らす。 あたしは、『舞扇』を逆手に持ち替えた手で、その手を口元へと押し上げて。 「・・・・・・ありがとね、闇主」 宝玉の使い。宝玉の僕。宝玉に身も心も捧げた、嘗ては世界の一部であった、モノ。 なのに、まだまだ中途半端なあたしなんかに応えてくれて。 『―――――― 〈お前〉 の声だ。何を差し置いても応えるさ』 つい、と唇をなぞる指に、苦笑の気配。 その、手が。回された時と同様に、するりと引かれる。 そして。 『無理は、するなよ――――――マスター』 あたしにそんな一言を残して。 闇の主という名を持つ彼は、闇に溶ける様に、消えた。 |
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