天上にあった月は、何時の間にか出てきた分厚い雲の中に隠れていた。

切っても切っても立とうとする屍肉喰い共は、数を全く減らさない。どころかどんどん増えてくる。

その見た目からくる精神的ダメージと、元々よりも体力のないあたしは、まだ立ち回りをしてほんの数時間だっていうのに、既に息が上がっていた。




 




 




 






伝説の忍、懐く、の巻。

~伝説の忍の新事実!!~





 




 




 




 
緩慢な動作で振り上げられた刀を弾き、胴を薙ぐ。

腐臭と血の匂いが鼻をついて、思わずえづきそうになった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぎもぢわるい。

晩に食べた魚の煮付けと味噌汁と雑穀米とお漬物が、腹の中から逆流してきそうだ。

だけど今ココで吐くなんて勿体無いし、吐くって動作も中々体力使ってしんどいし。

何より、こんなん相手に手古摺ってたら、に何を言われる事やら。





いっそ全部焼き払ってやろうかと思ったけど、そうするには力が足りなかった。





あたしは自分の 『中』 のエーテルの6割以上を封印している。

その上、使えるのは1割にも満たなくて、その自分のエーテルを制御するのは慣れてない。

使うには、まず馴染ませなきゃならないから。でないとあたしのエーテルはこの〈界〉のエーテルを侵食してしまうか反発してしまうかのどっちかだ。

コレがまた集中力いるし手間かかるし、まあぶっちゃけ、メンドくさいのさ。





えーちょっと待って宝玉って基本何にでも溶け込むんじゃなかったの何でそんなメンドい事しなきゃなの、て前にに聞いた事あるけど。

性質はそうだけど量がハンパじゃないからどうしても溶け込むのに時間がかかるんだ、って返された。





そして馴染ませたとしても、たかだか1割未満なのに、ちょっとした初級魔術でも国ひとつふっとばすくらいバカでかい威力になる。

ハンターの〈界〉で実証済みです・・・・・・あの時はでっかい山ひとつとその麓の樹海が一瞬で荒野になっ・・・・・・げふごふんっっ。

だ、だからあたしが主に使うのは自分の 『外』 から集めたエーテルで、だけどこの〈界〉では、そのエーテル自体が暗く澱んで弱ってる。

さっきの発火魔術だって、本当ならもっと威力があるハズなのに、燃やし尽くす事が出来たのは屍2体だけ。





だったらアーグは、って考えになるけど・・・・・・コレまた芳しくない。

だってあたしが使えるアーグって言ったら念、しかもアイテム作成な 『実現する幻想』 と、おおよそ逃亡にしか向かない 『偽りの箱庭』 。

『不可侵の領域』 はほぼ対能力者用だし制限何気にキツイし、『三千世界の復元』 は、確かに使い勝手はイイんだけどその分消耗激しいし。

しかもあたしアーグの半分以上は 『絶対の守護者』 ――――――の維持に流してるし。





エーテル清めて整えればアーグも自然活性化されるし、魔術の威力も通常通りになるから、さくっと浄化の祝詞を唱えたいトコロだけど・・・・・・

屍肉喰い達はそんなコッチの希望なんて知らぬ存ぜぬ。

某ゾンビゲームの如く次から次へと襲い掛かってくる。





あーもーっ、て思わず頭を掻き毟りたくなった時だ。

ずるっ、と。砂利で踏ん張った脚を滑らせた。

「――――――げ。」

ちょうど目の前には、心臓目掛けて突き出された槍。

あたしは無理な体勢のまま、『舞扇』を振り上げようとして・・・・・・・・・・・・





――――――ぽす。





なんて柔らかい音と一緒に、背後から耳すれすれのトコロとひゅんっと飛んで屍肉喰いに突き刺さった黒光りする刃物に、目を丸くした。

・・・・・・・・・・・・えー、と。

この、後ろからあたしの腰に回された腕は、ナニ。





そろり、と肩口から後ろを見る。

1番最初に目に飛び込んできたのは、深い紅だった。

何時もの兜はソコにない。ただ、紅い長い前髪が顔の上半分を隠してた。

濃い紺色の単衣の胸元から、白い包帯が覗く。黒い羽織を肩に掛けた出で立ちの。





「・・・・・・・・・・・・お前、北条の翁に寝てろって言われてなかったっけ」

何でこんなトコにいんのさ小太郎。

問い掛ければ、そこら辺で拾ったんだろう刀をぬお~っとにじり寄ってくるゾンビに投げ付けながら、困った様に首を傾げた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・せんせい、でてく、みえた、から」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は、い?

え。ちょ、なになに、ナニ!?

今の誰の声誰しゃべったの!?





「――――――お、前・・・・・・喋れたの?」

うっわ幻聴?うそ、まぢ?あたしこんな時でも妄想元気!?

なんてぐるぐるしながら聞いたら (あ。ちなみに手には『舞扇』から拳銃に変わってます。どこどこ屍肉喰いの頭吹き飛ばしてます。)。

「・・・・・・・・・・・・すこ、し?」

「――――――・・・・・・・・・・・・そう」

~~~~~~っっ、何だよこのヤロウ何なんだその舌っ足らずな言い方!!しかも疑問形!!あたしを憤死させる気か!?





い、いかん。あたしにはまだやる事がっ。やる事があるんだ目の前にぃぃいいっっ!!

つか何でこんな時にそんな腐女子のツボを突く様な出来事が!!

どうせだったらもっとおいしいシチュエーションでっっ!!こう、夜桜バックに2人っきりとかお月見してる2人っきりの部屋ん中とかもういっそベッドの中とか!!

そーゆートコで聞きたかったよそんなカワイイ声なら!!なのに何故なにどーしてモノノケ殲滅真っ只中!?

ちっくしょうとっとと逝ってしまえゾンビ共!!





半ば以上八つ当たりでがんがんトリガーを引く。

しかも今回念の弾丸に思いっくそ付属させたのは高温の『炎上』・・・・・・あ。この手があった。焼き尽くすの。

あっはっはー。いちいち呪文唱えるより楽ちん楽ちん。

なんて考えてるあたしの横では、小太郎が黙々とあたしの死角を狙って襲ってこようとする屍肉喰い共に苦無を投げ付けている。

むーん。やっぱ量が多い。

屍肉喰い共を一掃しても、新しい屍肉喰い候補・・・・・・人の死体はまだまだ転がってる。

やっぱ一気に燃やしてしまいたいなぁ、どうしようかな。





――――――の謡には、力が宿るんだ。





ふ、と。

あたしと同じ声で同じ顔で、いつかそう言ったの顔が、浮かんだ。





――――――美しいものに力が宿る、魔術の律の様に。自身が意識していなくても。ただ息をしているだけの様に自然に。の謡には力が宿る。

――――――怖いのは、ソコにの想いが上乗せされた場合だ。

――――――が、の意思で。そう有る様に、と想いを込めてしまったら・・・・・・ソレはもう、謡では無く一種の魔術だ。

――――――謡に乗せた想い通りに効力を発揮してしまう、魔術。聴くもの全てが、の想いに応え動く。強制にも似た、魅了の。

――――――だから、





「――――――・・・・・・・・・・・・謡う時は、気を付けろよ、ってか」

聞いた時は、某ゲームの歌姫ヒロインが使う某魔法みたいだな、って思ったけど。

モノは試しで、やってみてもイイかもしんない。





ぺろり、と下唇を舐める。

ソレが、何か企んでる様に見えたんだろう。小太郎がきょと、とした様に首を傾げた。





「・・・・・・・・・・・・せんせ、い?」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ヤメテ。何かその言い方でその呼び方いらん妄想掻き立てるからヤメテ。

「――――――ていうか、何で俺は先生と呼ばれてるんだ」

「・・・・・・せんせい、おいしゃ、さま・・・・・・ちがう?」

だからやーめーてーぇ。そんな漢字に変換できない話し方でオイシャサマだなんて如何わしい言い方げふごふんっ。

「・・・・・・・・・・・・厳密に言えば、ね。医者は副業。本業は術師・・・・・・こういうモノを退治するのが、お仕事さ」





ガゥン、と一向に減らない屍肉喰いに念弾を撃ち込みながら、あたしはビミョーに小太郎から視線を外す。

・・・・・・・・・・・・ちくせう。こんな時でなかったら思う存分妄想に耽ってやるのに。

ああもうムカつく。こーなったら全力で謡ってやろうぢゃないか。

こんなヤツ等原型留めないくらいのナノ単位で完膚なきまでに消炭にして浄化しちゃる。





脳裏に思い浮かべたのは、某歌姫ヒロインが出てくる某ゲームのいわゆるヴォーカルコレクションCDの中の1曲。

想いが力になるという詩の魔法。今あたしが使おうとしている術にぴったりだ。

・・・・・・・・・・・・苦労して歌詞を頭に入れておいて良かった。やっぱ趣味ってのは大事だね、うん。





ガン、と念弾を撃ち込む。

元は生きていた人。元は綺麗だった魂。

――――――眠らせて、あげよう。

だから貸して。力を。憎悪を静める子守唄よ。





「―――――― EXEC_HARMONIUS_FYUSION/.」





あたしは、すう、と息を吸った。




 




 




 











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