やっぱり1時間くらい歩いて、やってきました最終試験。

・・・・・・・・・・・・まあ、前の試験がアレだったから、大体予想はついてたけど。

あたしはもう、隠す事すらぜず、でっかい溜息を吐く。





さっきよりもでっかいリング。

さっきよりも多い囚人さん達。





『最終試験は、前回とほぼ同様です。但し、死刑囚の人数は50人。全員を殺せば合格です』





――――――しかも言い換えてきた。

『倒せば』じゃなく『殺せば』って断定しやがったよこんにゃろう。




 




 




 





 
1人で困難を乗り越えた日。




 




 




 




 
あたしは、人を殺すのはイヤだ。





生まれてから27年間。行くトコ行けば内戦とかテロとか色々あったけど。

ソレでも、おおよそ平和と呼べる世界にあたしはいた。

あたし自身、人を殺すなんて普通ではあり得ない、と考える世界観を持った平和な国の住人だった。





初めて飛ばされた世界。ソコは、生まれ育った世界の様に平和では無かったけど。

ソコでは人以外の脅威が人を襲っていた。

あたしはその、人で無いモノが人をたくさん殺す世界で、人を守る為に戦う人達の内の1人として、『舞扇』を振っていた。





だからあたしは、今まで一度として、人を殺した事はない。

例え「殺した」記憶を「憶えて」いても。「あたし自身」のこの手は、まだ。人間を殺した事が、ない。





だけど、悪夢の人形を道連れに訪れた、今のこの世界。

ココは、力こそが全て、と言っても過言じゃない世界だ。

弱肉強食が人の底辺にまで浸透してる世界だ。

・・・・・・まあ、だからこそ『念』なんていう、潜在能力の高い人間ほど得をする様な力が著しく進化したんだろうけど。





そして、この世界は命というものにあまり重きを置いていない。

力が全ての世界だから。力が無ければ死んで当然、が当たり前の様にまかり通る世界だから。





障害は潰して当たり前。邪魔者は殺して当たり前。

ハンター試験っていう公式のものでも、弱ければ死ぬのが当たり前。

生き死にに関わる試験を出されるのも、当たり前、なんだ。





きゅ、と唇を噛む。

解っては、いたんだよ。

ゾルディックの、あのカルトちゃんですら、人を殺した事がある。

キルアだって、イラ付きを紛らわす為に人を殺そうとする様な子だし、ピエロに至っては殺人快楽者だ。

――――――・・・・・・・・・・・・解っては、いたんだけど、ね。





リングの縁まで歩み寄る。

見据えた視線の先には、あたしを見て絶句したかと思ったら、急ににやにやとイヤな笑みを浮かべる囚人さん達。

死刑囚、っていうくらいだ。随分と外道な事をやってきたんだろう、コイツ等も。





だからといって、死んで当然、とは思えないんだ。あたしは。

考えちゃうから。この人達にだって、死んだら泣く人間の1人や2人くらい、いるんじゃないかって。

だから本当は、死んで当然な人間なんて、どんな世界でもどんな世の中でも、本当は1人もいないんじゃないかって。

ソレはきっと、あたしが今まで、1度も、誰かを殺してやりたい、って思うくらい、憎んだ事がないからなんだろうけど。





だから、あたしは人を殺すのはイヤだ。





ふ、と小さく息を吐く。そして静かに静かに。細く空気を肺に取り込みながら。神経を集中させてリーチーを展開させる。

早く上がってこい。怖気付いたか。そんな挑発を飛ばしてくる囚人さん達。

あの人達はきっと、あたしを殺せば刑を軽くしてやるとか何とか言われてるに違いない。





一歩。リングの縁に足を掛ける。ぐ、と力を入れて、上がる。

そのまま、上がったには上がったけど、場外ギリギリのラインで、ただ、佇む。

腰に下げた得物にすら手を掛けようとしない、そんなあたしに焦れたんだろう。若しくは腰が引けたと思ったのか。

前衛にいた数人が、武器を片手に突っ込んで来て。





「――――――永久凍土に住まう乙女の息吹 音も無く地表を這う蔦と成り 褪めたる棺の其の裡に 彼の者を招き 抱け」





瞬間、キン、と。世界が凍った。

あたしの足元から放射状に、リング上を埋め尽くす様に奔った無数の氷の蔦は。

その上にいた、囚人さん達全員を、氷漬けにした。

一瞬にして冷たい熱に包まれた彼等は、多分、自分の息が止まった瞬間にも、気付いていない。





観客すら凍った様に沈黙した場の雰囲気の中。

あたしは、彫像となった彼等の間を縫う様に歩いて、戸惑う様なスピーカーからの合格宣言を聞きながら、最後の扉へと向かう。





あたしは、人を殺すのはイヤだ。

だけど、自分が死ぬのは、もっとイヤなんだ。

だって、泣くから。

あの、自分が楽しむ為にあたしをからかう、だけどすっごい過保護なあたしの守護者は。

例え肉体っていう器のみの死であっても。は「あたし」が死んだら絶対、泣くから。





力が全てのこの世界で生まれ育った人達に、自分は相手を殺さないから相手も自分を殺さないだろう、なんて期待したって無駄だと解ってる。

解ってるんだ。殺られる前に殺れ、って。ソレがココじゃ当たり前なんだ。





――――――だから、躊躇っちゃいけない時。あたしは絶対に、躊躇わないんだ。




 




 




 










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