「・・・・・・にーさん、今日なんか機嫌よくね?」
「そうか?そうでもないと思うが・・・・・・ザックス、此れ遣り直しだ」
「うぇえ!?・・・・・・カンベンしてくれよー・・・・・・」
例の如く頭を抱えながら書類に向かうザックスに、駄目出しを入れた分を弾きながら返事を返す。
手元に滑ってきた其れを見たザックスは、何だか呻きを上げてごろごろ転がった。
・・・・・・・・・・・・嗚呼もう鬱陶しい。いい加減床の上に書類を広げるのは止めろお前は。
座りっ放しは腰にクるとか、何処ぞのジジィの様な事を言いおって。
全く。1st昇格試験も兼ねたミッションも無事終えて、試験管だった1stからの評価も満場一致で昇格は決定したというのに。
1stになったというのなら其れらしく振舞え其れらしく。
「う〜あ〜〜〜〜。もーイヤだ〜〜〜〜」
「溜め込むお前が悪い」
だが判らないでもない。如何でも良い様な文字の羅列と睨み合いを始めてから、約5時間。
コイツにしても、今日は良く保った方だ・・・・・・・・・・・・自業自得、だがな。
「取り合えず今やっている分と、直しの分を仕上げてしまえ。そうすれば、多少の息抜きは許す」
「・・・・・・・・・・・・にーさん、何か変なモン食った?」
「・・・・・・・・・・・・如何いう意味だ」
折角、仏心とやらを出してやったのに。
そうかそうか。そんな事をいうのなら、休憩など返上して書類漬けにしてやろうではないか。
ついでに、この間の遠征の始末書、20枚に増やしてやっても良いんだぞ。
「いやいやいやいやそんな深い意味はなくてだなっ、なんかものすっげ珍しい言葉を聞いたっつーかなんつーか」
「・・・・・・まあ良い。さっきの言葉の意味は不問にしておいてやる。さっさと仕上げろ」
「アリガトウゴザイマス・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱ今日のにーさん、機嫌イイ、っつかよすぎ?」
「如何だろうな」
不穏な空気を瞬時に察知し、慌てて取り繕うザックスに半ば投げ遣りに返し、ふと考えた。
――――――ふむ。確かに機嫌が良いのかもしれんな。今日の俺は。
此れは矢張り・・・・・・あれの、所為か?
「なんかイイ事あった?」
「手を止めるな。別に此れといって無いが・・・・・・ああ、そうだ。今日、下士官が来るぞ」
「下士官?誰の?お使いかなんか??」
「俺とお前のだ」
「へー。にーさんと俺の・・・・・・・・・・・・ってええっっ!!?」
行き成り喚くな、五月蠅い。
しかも何だ其の馬鹿面は。そんなに変な事を言ったのか俺は。
「何でなんでナンで!?にーさん絶対下士官なんて持たねぇっつってたじゃん!?」
「そうだったか?」
「そーだってぇの!!しかも俺のもってんな希望出してねーのに!!・・・・・・もしかして、ガハハ馬鹿辺りからの強制??」
「いや、俺が希望を出した」
サラリと訂正すれば、、顎が外れる勢いでザックスが大口を開ける。
如何やら返す言葉も見当たらないらしい。
何時もは口達者なヤツが陸に上げられた魚の様に口をぱくぱくとさせる姿は、ある意味面白いな。
「・・・・・・き、希望、て、希望って・・・・・・っっ、にーさんがぁっっ!?」
「喚く暇があるなら書類を片せ・・・・・・可也優秀な逸材だぞ。俺は兎も角、お前には勿体無いくらいのな」
「んな一大事聞いて仕事なんか出来っかっっ!!つか聞いてねーよんな事!!」
「言わなかったからな」
「・・・・・・・・・・・・そんなアッサリ・・・・・・・・・・・・」
途端、がくーっと肩を落としへにゃりと絨毯と懇意になるザックスに、くつくつと笑みが漏れそうになる。
今の時点で此処まで驚くとは。此れは、其の件の下士官が現れた時が見物だな。
「・・・・・・・・・・・・で、どんなヤツなの。その、下士官」
「お前の方が良く知っているんじゃないか」
「俺?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・って、まさか」
手を組み、其の上に顎を乗せ、にぃ、と口端を吊り上げた俺に、何やら察したザックスの顔が引き攣る。
其れと同時に、丁度本当に良いタイミングで、執務室のインターホンが、鳴り響き。
「――――――誰だ?」
『・・・・・・本日より此方へ配属との辞令を受け参りました、仕官候補兵クラウド・ストライフであります』
『・・・・・・同じく、・であります』
デスク上のボタンを押し誰何すれば、スピーカーから聞こえてきた声。
硬さが漂う変声期の訪れていないボーイソプラノと、柔らかい雰囲気のテノール。
ザックスが身を起こし、其の目が皿の様に丸くなる。
其れを視界に捕らえて、俺は口元に刻む笑みを深くした。
「前に言っただろう?素直な奴には後々良い事が待っているかもしれんぞ、と――――――入れ」
更にデスクの上のボタンを操作する。
シュン、と開いた扉の向こうには、10日程前に見た鮮やかな金と光沢のある黒。
兵士の模範の様に綺麗な敬礼を見せた彼等は、其の綺麗な姿勢のまま室内へと進み出。
「本日付けでサー・セフィロス付きの下士官に任命されました、クラウド・ストライフであります」
「同じく本日付けでサー・ザックス付きの下士官に任命されました、・であります。此方が其の辞令書です」
抑揚の、殆ど無い声だった。何の感情も見当たらない無表情は、特別演習の時よりも硬く見える。
――――――まあ、無理も無いか。
何処ぞの馬鹿猿がいらん口を滑らせてしまったのはついこの間だ。加えて今日、俺が人事に手を回して起こした異例の特進。
ただ単に、興味を持ったからだという理由は、素直に受け入れまい。水面下では、色々と渦巻いているのだろう。
流石に、其れを其のまま素直に表に出してしまう程、お子様では無い様だが。
「良く来たな」
俺はそんな2人を眺めつつ、ふ、と口元を和らげ、言った。
返るのは平坦な眼差し。差し詰め氷と闇、といった処か。
――――――其処へ。
「っっっっちゃーんっっvvv」
「うわっっ」
固まっていたザックスが、・の腰に齧り付く。
そう、抱き付くでも、タックルするでも無く、正に『齧り付く』勢いだ。
まるで主人に懐く犬。しかしすりすりと彼の脇腹に頬擦りする姿は、図体が図体なだけに、変態じみている。
まあ、其れは別に構わないのだが――――――コイツは、現状を理解しているのか?
していないのだろうな・・・・・・でなければ、クラウド・ストライフの前でこんな事はすまい。いや、出来まい。
ああ、ほら。案の定、だ。
「・・・・・・・・・・・・いい根性をしておいでですねソルジャー・ザックス。以前アレだけ自分が進言したというのに」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ。いやあのここここれはそのっ、ちょっとしたかるーいスキンシップだってっっ」
「問答無用です」
「ふぎゃっっ!!」
言うや否や、クラウドはに張り付いたザックスの向う脛を思い切り蹴り上げた。
そして、予想通りザックスは余りの痛さに蹲ってしまい、片足を抱え、涙目になりながら恨めしそうにクラウドを見上げる。
「ちゃ〜ん、クーちゃんがいぢめる〜」
「・・・・・・と、其処で私に言われましても・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・もう1度喰らいますか?」
「――――――クラウド、待て」
再びに懐こうとするザックスに、は困った様に呟き、クラウドが冷たい視線を向け。
足を振り上げようとしたのを止めたのは俺だった。
椅子から立ち上がり、酷くゆったりとした動作でザックスの傍まで回る。
イヤな予感がするぞコワイコワイと顔に書く馬鹿の目の前で腕を組み。
――――――そして其の背中を思いっきり。そう、思いっきり踏み付けてやった。
「いだだだっっ!!やめやめっっ、にーさん!!俺身体柔らかくねーからっ!!そんな曲がんねーからっっ!!」
「判っているのならもう少しトレーニングに柔軟を取り入れろ――――――辞令を貰おうか、」
「は」
「敬礼はいらん。言葉を掛けるたびに其れでは此方としても気が滅入る」
「いだだだいだいいだいいだいっっ!!」
「・・・・・・はぁ」
ぎゅむぎゅむとザックスの背を踏み付けながら手を出せば、は困惑しながらも書類を差し出す。
其れを受け取り、内容にざっと目を通すと、付随されていたIDカードを2人に差し出した。
「お前達のIDだ。此れでこの階とこの部屋・・・・・俺の執務室への出入りは自由となる。失くすなよ」
「イエス、サー」
「了解致しました」
・・・・・・・・・・・・だから、敬礼は要らんとさっき言ったばかりだろう。
此れでは、下士官にした意味も半減だ。折角、ザックスと同じタイプの人間だ、と思ったのに。
『英雄』を前にしながら全く萎縮せず、かといって虚勢を張るでも無い。自然体のまま、素の反応を俺に返せる様な。
そんな、貴重な人間を見つけたと、思ったのに。
此処まで徹底して硬い姿勢を崩さないとなると、逆に気になって仕方が無いぞ。
お前達が其処まで硬質な態度で他者と距離を置こうとする理由――――――2人の抱えている、秘密とやらが。
先程まで余り気に留めていなかったが、こうなると暴かない訳には、いかなくなるじゃないか。
俺は、俺を特別視しないヤツが欲しいんだ。ザックスの様に取り繕いすらしないヤツが。
だから、お前達の抱える其の秘密は、俺にとっては邪魔だ。
・・・・・・・・・・・・かといって、権力や力で屈服させ吐かせる訳にはいかないだろうな。そんな事をすれば本末転倒だ。
――――――矢張り、時間を掛けて警戒を解いていくしかない、か。
判ってはいたが其れなりに面倒だな・・・・・・と思った時だった。
足元から、情けない声が響いてきたのは。
「・・・・・・に、にーさんん〜〜、あし、あ〜し〜の〜け〜て〜・・・・・・」
「ああ、済まなかったな忘れていた」
「忘れんなぁっっ!!・・・・・・っとに、にーさんもクラウドも容赦ねーんだから。そーゆートコすげぇ似てんぜ・・・・・・おーいてー」
「恐縮です」
「・・・・・・・・・・・・褒めてねーし・・・・・・・・・・・・」
俺とクラウドに軽くいなされながら、ザックスはヨタヨタと、まるで本物の爺の様に立ち上がる。
此れ以上踏まれるのは御免被りたいのだろう。
其れにしても、全く何処までも場の真剣味を削ぎ落としてくれるヤツだ。
お前の其の行動1つで、クラウドとの雰囲気が軟化したぞ。
「端末はあそこのデスクを使え。仕事の内容については、そうだな。ザックスを手伝ってくれるか」
「え??おおおお俺????」
「お前の方が溜め込んでいるだろう。この際だからちゃきちゃき片せ」
「うううう、そりゃそーだーけーどーさー」
「後あそこの如何でも良い様なヤツ。――――――何か、他に質問はあるか?」
デスクの上に積み上がった書類の山の1つを差し示しながら、ザックスを貶す言葉の中に含まれた笑みに気付いたのだろう。
釣られた様に2人の表情に呆れや苦笑が混じり。
しかし、直ぐ様俺に向き直ったの眼が、射る様な強さを持って俺を見た。
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