最近、あのバカ猿の機嫌がやたらと良い。
奴が喧しく、底抜けに明るいのは何時もの事だが。
・・・・・・此れはもう、度を越しているんじゃないか?
何時もは見ただけで回れ右をする書類の山も。
一本指打法で、半泣きになりつつ頭を抱えもってやるデータ処理も。
自分のデスクに着いて片していく奴は、始終笑顔で鼻歌を歌っている。
余程嬉しい事があったのだろう。
・・・・・・どうせ、カワイコチャンとやらを見つけた、とか。デートした、とか。そんな処なんだろうが。
「・・・・・・・・・・・・ザックス、何かご機嫌なんだな、と」
「んー?んーなことねーよー?んっふっふっふー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか不気味だな、と」
「うっわヒデェ」
仕事を増やしに来たタークスの赤毛も、珍獣を見る様な目付きでザックスを見詰める。
あの、自他共に認めるザックスの悪友、もとい連れのレノですら、だ。
その不気味さは推して知るべし。
レノの科白に傷付く振りをしながらも、ザックスは矢張りにやけっ放し。
まあ、仕事が滞り無く進むのは喜ばしい事だ。
喜ばしい、事なのだが・・・・・・
・・・・・・・・・・・・だから、思い出した様に浮かべる其のヤニ下がった笑みだけは止めてくれ。
其れに何より。
「・・・・・・・・・・・・何かあったのか?」
「べっつになんもー?って、にーさん手が止まってる」
何時もは俺が奴に言っている言葉。
なのに何故其れを、コイツの口から聞かねばならんのか。
溜息を吐きそうになった処へ、更に追い討ちが掛かる。
「ちゃんと午後までには終わらせてくれよー。でないと間に合わねぇじゃん」
「間に合わないって、何にだ」
「ソルジャー特別実技講習」
・・・・・・・・・・・・ぴしっ。
思わず、書類を持って突っ立っていたレノと目を見合わせてしまった。
如何いう事だと無言で訴えれば、俺にもサッパリだぞと、と肩を竦められる。
奴も、何故ザックスの機嫌が此処まで良いのか、思い当たる節は無いらしい。
3ヶ月に1度、兵士養成学校で行われる、ソルジャーを迎えての実技講習。
1クラスにソルジャーが2人、実戦に役立つ戦い方を教えていく、というもの。
――――――ハッキリ言おう。面倒臭い事この上無い。
戦いの『た』の字も知らない様な、模範に忠実なひよっこ共に実戦経験を説くんだぞ?
1度戦場に連れて行けば、其れだけで否が応にも覚えなければならない事を。
大体コイツ、ついこの間も訓練生の相手なんてめんどくせーとかぼやいてはいなかったか?
今までは、何かと理由を付けて断ってきただろうが。
なのに何故今になって、そんな普通にサラリとそんな事をのたまえるんだ。
心を入れ替えました、とでも言うつもりか。この問題児が。
――――――と。其処でハタと気付く。
「・・・・・・ちょっと待て。お前が講習に間に合う様仕事を片付けようとしているのは判った。が、何故俺まで」
「ぅえ?んなの決まってんじゃん。にーさんも行くからだよ。そーゆーふうに申請出しちゃったんだから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だと?」
あっけらかんと言い放たれた言葉に、思わず椅子を蹴り倒して立ち上がる。
俺がああいう、不特定多数の視線に否応無く晒される事をトコトン嫌っている事くらい、知っている筈だろう貴様!
一体、何を考えているんだ!
「のぅわっっ!!?ににににーさんあぶねーって!!」
「避けるなこの馬鹿猿」
「んな無茶言うなよ――――っっ!!」
正宗を振り回す俺にザックスもまた負けじと逃げ回る。
・・・・・・ちっ、素早い。
流石は、俺に次ぐ速さでソルジャーとなっただけの事はある。
「・・・・・・あー、英雄さん英雄さん、少し落ち着くんだぞ、と」
「此れが落ち着かずにいられるか」
「ぎゃあああっっ!!たんまたんまっ、マジたんま!!」
「・・・・・・英雄さんの怒りもまあ判らないでもないけど、ザックスの言い分も一応聞いてやればいいんだぞ、と」
「そそそそそーだよにーさんちょっとは俺の話聞いてよ!!」
端で見ていたレノの溜息混じりの助け舟に、飛び付く様にザックスが喚く。
俺は少し眉を顰めて、正宗を少し下げてやった。
下らない理由だったら、速攻叩き切ってやると誓って。
「だって俺にーさんのバディじゃん。2人はセットなんだから俺が行くトコにーさんも一緒はアタリマエ?」
「・・・・・・何故疑問系。というか其れ以前にこんな無能で人の意を汲まない相棒を持った覚えは無い」
「ヒドッッ!あんな事やこんな事までした仲なのに!俺の事は遊びだったのか!?」
「・・・・・・・・・・・・お前、本当に1度死ね」
「ゴメンナサイモウ2度ト言イマセン・・・・・・だからコレ引いてーえぇ」
チキリ、と正宗の刃を首筋に当ててやれば、顔を青くして謝る。
嫌なら最初から言わなければ良いんだ。
「・・・・・・うえええ今度こそ死ぬかと思ったよレノー・・・・・・」
「ハイハイ。判ったからくっつくな。んで?ホントのトコは何なんだ、と」
刃が引かれるなりずざざと退いて、本気で泣きが入りながらレノに縋り付く姿は情けない。其れでも時期1stか。
だがそんなザックスに慣れているレノは、引き剥がすのにも慣れている。
そんな感じで呆れている俺とレノを傍目に、ザックスは気を取り直して話を続けた。
「あーあのさ、すっげぇ美人の2人組いただろ、入隊式ん時」
「美人の2人組?」
「おー、そーいやいたんだぞ、と。喧嘩吹っ掛けてきたヤツ等をボコッて懲罰房入りになった」
「・・・・・・・・・・・・ああ、そういえば。式典前に乱闘騒ぎを起こしたあの」
思い出したのは、金と黒。
確か、繊細で壊れそうな雰囲気を纏った、少年と青年。
――――――其れがとんでもなく見た目だけだと判明したのは、一瞬後だったが。
己の体格に合った、無駄の無い動きと的確な攻撃。
我流の様だったが、恐らく過去に武術でも習っていた様だ。しかも場馴れしている、と見た。
まあ、あの顔だからな。似た様な絡まれ方を何度もしていたんだろう。
かくいう俺も昔は・・・・・・・・・・・・いや、俺の話は如何だって良い。
奔放でいながら、其の実一定の処まで来ると相手と距離を取るザックスが、珍しく気に入ったと言っていた。
実際、調書を取って奴等を懲罰房から出したのも、目の前のコイツだ。
・・・・・・・・・・・・だがしかし。
「俺その2人のいるクラスの演習なら見てやるって言ったの。で、通した」
「・・・・・・・・・・・・ほう、そうなのか」
其れと此れと、一体何の関係があるっ。いや言われなくとも予想は出来るがっ。
自分が気に入ったからといって、そいつ等会いたさに職権乱用した挙句俺まで巻き込むなっっ。
「ああ、そりゃ楽しみなのもわかるんだぞ、と」
「うんもー楽しみ楽しみ。だってアイツ等、こないだの成績主席と次席だったんだぜ?」
「・・・・・・高々訓練生の主席如き、期待出来る程のものでも無いと思うがな」
「ソレがそーとも言い切れないんだな。3位のヤツとすっげ大差つけててさ、実技なんか2人ともオールSSよ?」
「・・・・・・・・・・・・オールSS・・・・・・・・・・・・マジですか?と」
「大マジ。んで、筆記はほぼ満点、総合評価もやっぱりモチのロンでSS。」
レノが息を呑んで驚くのも無理は無い。
俺だってまさか、と思った。
訓練生に付けられるランクは、上からSS、S、AからEの7種。
成績優秀と呼べるのはBからだが、其のランクを付けられる人間は少なく、Sを貰う者すら、珍しい。
まあ、試験は2ヶ月毎に行われるから、精進すればランクも上がるし怠ければ落ちるがな。
――――――そして。今までSSのランクを、1度でも付けられた事のある訓練生は、皆無。
この、2年と少しでソルジャー2ndにまで成り上がったザックスですら、最後の総合評価はAに近いSだった。
実技は兎も角、ペーパーの方がボロボロだったのだ。
――――――なのに、たった2ヶ月で、ランクSSだと?
ランクSSが付くという意味。
其れは、今直ぐにでも、ソルジャー候補上等兵に成れる実力がある、という事だ。
「俺も驚いた。しかもクラウド・・・・・・あ、金髪の方ね。アイツこないだマテリア学でマスター取ったって」
「ますたぁ資格ぅ?」
「・・・・・・・・・・・・何故、未だに候補生なんだ?」
俺の漏らした疑問は、尤もだ、と思う。
兵士養成学校は、1年間でみっちりと訓練生に武器の扱い方などの戦闘の基礎を教え込む所だが。
其れでも優秀な者は1年を待たずに初等兵になるというスキップ制度を採用していて、前例は少ないが皆無では無い。
ザックスも確か8ヶ月で初等兵になった筈だ・・・・・・俺はマグレだろう、と思っているが。
なのに、今まで出た事も無いSSランク。
そんなものを弾き出した奴等なら、スキップの話が持ち上がっても可笑しく無い。
ソルジャー志望なら俺の部署への配属は確実と言っても良いだろう。だが人事からは、其れらしい事すら聞いていない。
・・・・・・奴等が士官になりたい、と言っているのならまた話は違ってくるが。
「アイツ等初っ端から騒ぎ起こしたじゃん」
「式典の?」
「ん。何かね、ソコが引っ掛かってるみたい」
俺の疑問に苦笑で返したザックスの言葉に、溜息を吐く。
・・・・・・たかがあれしきの事で・・・・・・勿体無いとしか言い様が無いな。
上の人間は馬鹿ばっかりだ。そんな小さな事に拘っているから、宝石の原石をただの石ころと見間違える。
「にーさんにさ、アイツ等見てもらおっかなーて思ったんだ・・・・・・ちょっとは興味沸いてきたっしょ?」
「――――――そうだな・・・・・・・・・・・・」
「俺も興味沸いてきたんだぞ、と」
「おー。何なら一緒に行くか?」
目を輝かせるレノに、笑って誘いを掛けるザックス。
そんな2人を横目で見ながら、俺は蹴り倒した自分の椅子を戻して座り直すと、書類を手にしながら言い放ってやった。
「口を動かしている暇があるのなら手を動かせ」
見てやろうじゃないか。
其の、原石を。
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