――――――かたん。
酷く静かに椅子を引く音が響いた。
俺よりも先に、俺の前の席に座っていたが、無言のまま立ち上がる。
其の手には、まだ2口くらいしか飲んでいない、水の入ったグラス。
思わず目を丸くして其の顔を見上げれば。
其処には、優艶とした微笑みがあって。
――――――ぞくり、と。背筋が戦慄いた。
・・・・・・・・・・・・コ、こここコワイ・・・・・・・・・・・・
此れ以上無い位、途轍もなく。イヤ本当に。怖い。
視線を逸らせば、引き攣っているザックスと目が合った。
彼も、恐らく本能で察知したのだろう。から滲み出るどす黒いオーラを。
俺達は頷き合って、騒ぐでもなく、の行動を見守る。
そして肝心のはと云えば。
底冷えする程綺麗な綺麗な笑顔のまま、俺達を侮辱してくれた奴等に近付いて。
――――――ぱしゃ。
と。
グラスを逆さにして、奴等の頭の上に水をぶちまけたのだ。
此れには俺もザックスも周囲の人間も、驚かざるを得なかった。
「何しやがるテメェ!!」
「ああすみません手が滑ってしまいました。ちゃんと顔に掛けるつもりでしたのに」
「っっザケんな!!」
「訓練生如きが、上官に向かって!!」
荒ただしく席を蹴って、立ち上がりを囲む男達。
胸座を掴む腕を平然と受け止めるは、ふわりと笑んだまま柔らかい声音で辛辣な言葉を吐く。
「私はふざけてなどいませんよ。寧ろふざけているのは貴方方でしょう?」
「んだと!?」
「・・・・・・随分とご自分に自信がある様ですね、2等兵の方は。他者を侮辱する事が出来るなどと」
肩に縫い付けられた階級章を流し見て、ふわりと笑むは壮絶だ。
何が壮絶なのかは・・・・・・い、言わないでおこう。
「テメェ、訓練生のくせにデカイ口叩いてんじゃねぇよ!!」
「そんなつもりは無いのですが。貴方方が仰る通り、私は只の訓練生ですので」
「判ってんだったら、覚悟は出来てんだろうなぁ?ああ!?」
「――――――貴方方こそ、覚悟はおありなのでしょうか?」
「俺等にぃ?何の覚悟がいるっつーんだよ!?」
「・・・・・・気付いてない?本当に?・・・・・・水を掛ければ少しは冷静になると思ったのに・・・・・・矢張り、馬鹿ですか?」
「んだとオラァ!!?」
神経を逆撫でしているとしか言い様の無いの言葉に、とうとう切れた男が殴り掛かった。
ガタンッッ、と椅子を大きく鳴らして俺とザックスが立ち上がる。
――――――けれどは。
顔面目掛けて飛んで来た其の拳を綺麗に紙一重で避け。
自分の胸座を掴んでいた腕にふわ、と己の手を掛けると、流れる様な動作で逆に其の腕を捻り上げた。
「ッッイッッ!!?」
「私は別に、私やクラウドに対する中傷の事を指して言っているのではありません」
「・・・・・・・・・・・・離、せっっ、この!?」
「貴方方の先程の言葉は、私達に、では無い。サー・ザックスに対する名誉毀損だと言っているのです」
ぎりぎりと。腕を捻り上げながら微笑む。
其の言葉に、怒りに紅く染まっていた奴等の顔からザァッと血の気が引く。
3対の視線が恐る恐る向かうのは、俺の傍に立つザックスの顔。
「ソルジャー2ndの階級は中佐相当。暴言は処刑沙汰にも為り兼ねない・・・・・・そうですね、サー・ザックス?」
「・・・・・・あ、ああ、そーだな。その通りだ」
「だ、そうですよ・・・・・・幸い証言者は沢山います。処刑台、立ちますか?」
ふありと笑ったの顔は大輪の華の様に美しく。
――――――其の美しさが逆に恐怖を煽って、3人は硬直した。
・・・・・・・・・・・・かという俺も、見ているだけで冷や汗が凄いんだが。
「下世話な勘繰りに費やす時間があるのでしたら、訓練でもして腕を磨いては如何です。其方の方が余程有功的ですよ?」
綺麗な綺麗な微笑のまま。
だが、細められた黒耀石の瞳は剣呑。
奴等はひぃ、と小さく息を呑むと、我先にと慌てふためいて逃げていった。
其の後姿を笑顔のまま見送ってから、はひとつ吐息を吐き表情を消して俺達の方へと戻って来る。
「――――――申し訳ありません、サー・ザックス。私達の所為で、とても、不愉快な思いをさせてしまいまして」
「えっいっいやっ、ゼンゼンッッ!!あんなの、なんとも!!つかこれっぽっちも!!気にしてないから!!」
戻って来るなり頭を下げたの行動に、ザックスはバタバタと両手を振った。
つい、と頬を伝った一筋の汗が、其の心境を物語っている。
・・・・・・・・・・・・まあ、判らないでも、無い。
の怒り方は、恐らくこの世で1番性質の悪い、心臓に宜しくない怒り方だ。
そんな奴から謝られる、なんていうのは、怒られる以上に精神的にキツイだろう。
――――――だが、この直後。
はある意味、もっと性質の悪いものを、周囲に見せ付けてくれた。
「・・・・・・・・・・・・そう仰って下さるなら、此方としても幸いです」
ふ――――――と。
囁きと共に浮かべられた微笑に、釘付けになる。
故郷に訪れる早く長い冬を、思い出した。
舞い始めた雪の様に、柔らかく繊細で儚げな。
見る者全ての呼吸を奪う。
いや、心臓の鼓動すら、止めてしまいそうな程の。
頭に血が昇る。
バクバクと、一気に心拍数が跳ね上がる。
ヤバイ・・・・・・やばいやばいやばいぞ此れは!!
俺は、セフィロス一筋なのに、まさか、こんな!!
「・・・・・・クラ?如何したんです?」
「え!?」
「やっぱり・・・・・・怒ってますか?私が、勝手な事をしたから」
淡い程に確かな微笑を保ったまま、困った様に哀しそうに眉を下げるに、クラクラする。
ああ、もう。本当に・・・・・・本当に。
困っているのは、コッチだ。
「・・・・・・・・・・・・いや、そうじゃない。そんなんじゃないから」
「――――――本当に?」
「ああ。可也、胸が好いた」
「良かった」
冬の始まりから、春の訪れへ。
纏う雰囲気を変えたが、再びふわりと笑う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ホンットに、ヤバイ。セフィロスとは違う意味で嵌りそうだ。
「ところで」
「何だ?」
「サーは如何して、固まってるんでしょう?」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・判らないのか。
俺も鈍いと良く言われてきたが、も中々鈍い。いや俺より鈍い。
此れじゃ、ザックスだけで無く此の場にいる全員がさっきの微笑にオチた事にも、気付いていないに違いない。
しかも何だ。切り替え早過ぎないか?
さっきの儚さ加減は一体何処へいったんだ。
「サー・ザックス?生きていますか?」
「・・・・・・えっっ!?おおおおおおお俺!?ああうんはいはい生きてます!!」
何時もの調子でザックスの顔を下から覗き込んだに、ザックスはずざざざっっ、と勢い良く後退した。
其の慌て振りに、俺は思わず小さく吹き出す。
周りも緊張が解れたのか、漸く音が戻ってきた。
そしては、離れたザックスを暫く眺めて。
「何が宜しいですか?」
「なななな何がって?」
「昼食。未だ摂ってらっしゃらないのでしょう?お詫びも兼ねて、今日は奢りますよ。と言っても、此処の定食くらいしか奢れませんけれど」
「・・・・・・イヤでもそんな気ぃ使わなくて・・・・・・」
「奢ります」
「・・・・・・・・・・・・あー、じゃあA定食を・・・・・・・・・・・・」
「判りました。取って来ます」
にこりとした笑みに逆らってはいけないと思ったのか。
素直に言ったザックスに、はひと言置いてカウンターへと向かった。
そんな彼等に苦笑を覚えつつ。
俺は再び椅子に着いて、食べ掛けのハンバーグの処理に勤しむ事にする。
そんな俺の斜向かいに所在無さげにちょこんと座って。
ザックスはぽつりと零した。
「・・・・・・ちゃんって、色んな意味ですげーなー・・・・・・」
俺もそう思う。
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