初めて会った時、彼は誰をも近寄らせない雰囲気を纏っていた。
2度目に会った時は、賑やかだけれど何処か飄々とした感があった。
そしてつい先程までは、好奇心旺盛な子供の様にあちらこちらと忙しなく動いていて。
けれど、今。彼の表情は。
とても弱弱しい笑みを浮かべたまま、私を迎えて。
其れはまるで、捌きを待つ咎人の様で・・・・・・・・・・・・泣いているみたいに、見えたから。
この上司達は彼に一体何をしたのか――――――或いは、何を言ったのかと。
思わず。本当に思わずなのだけれど。
つい、ホルダーに手が伸びてしまったわ。
ふしぎのせいねん
「・・・・・・・・・・・・少佐、中佐」
「お、おう」
「な、何かね、ホークアイ少尉」
がちゃり、と。
銃口を向けた私に、肩書きを持った2人の上司の顔が引き攣る。
何かね、ですって?
判らないとでも言うつもりかしら。
「人の上に立つ以上、下の者に対して気を配る事も、上司の勤めであると私は思います」
「そ、そうだな」
「下の者に対してでは無くとも。安易に人を傷付ける言動は、人として如何かと思われますが」
「そ、その通りだ、うん」
私の持論に、同意を示して下さるのはとても喜ばしい事だわ。
実際、この2人の上司が、他者を貶めて悦ぶなんて悪趣味な嗜好を持ち合わせている筈は無いし。
「其の通りだと仰られるのであれば、私が今、お聞きしたい事も判りますね?」
・・・・・・返事が無い、という事は、上手い言い訳が見つからないのか。
其れとも、本当に判らないと?
「くんに、何をしたんです」
「い、いや別に何も」
「ならば、何を言ったんですか」
「・・・・・・・・・・・・そ、其れは・・・・・・・・・・・・」
言ったのね。
其れも、私には口を濁す程に言い辛い事を。
この、見た目に似合わぬ大らかさを持つ青年を、此処まで凹ませる程の。
説明を待つ私に、少佐は視線を泳がせ溜息を吐き。
中佐に至っては、何かを思い出したのか目に見えて沈み込む始末。
・・・・・・全く。
デリカシーに欠ける男性というのは、コレだから。
人を指揮する立場に在るこの御2方なら、知っていて当然の事でしょうに。
他愛無く口にした言葉も、人に拠っては怜悧な刃に成り得る事くらい。
挙句、自分で発した言葉にこうして後悔しているのだから、救い様が無いわ。
思わず息を吐き出したい衝動に駆られたけれど。
一瞬前に、今のこの場にそぐわない、くすくすという小さな声が聞こえて。
思わず其方に視線を向ければ。
「・・・・・・や、ごめんリザさん。んでありがと。俺の事気にしてくれて。でも、そんなに2人を怒らないでやってくれる?」
それにしても2人共上司としての威厳無いなー、と。とても楽しそうに。
笑うくんは、既に何時もの雰囲気を取り戻していて。
「だけど、くん・・・・・・」
「そんな大した事じゃないんだ。ただ、突かれた短所があまりにも図星だったもんだからさ」
ちょーっと痛いなーと思っただけ。
ロイは、良かれと思って、俺の事を考えて言ってくれたんだから。
ソレで凹むのはお門違いっしょ?
余りにもあっさりと、そう言って笑うくんに。
私よりも先に反応を見せたのは、中佐だった。
「・・・・・・・・・・・・その、すまない」
「なんで謝んのソコで」
「・・・・・・君の事情も知らずに、軽はずみな事を、さも、当り前の忠告の様に」
益々沈み込む中佐は、雨も降っていないのにジメジメと。
・・・・・・・・・・・・ハッキリ言いましょう。鬱陶しい事この上ないわ。
少佐は少佐で、何処か驚いた様にくんを凝視してるし。
「・・・・・・あのね、ロイ」
「・・・・・・私は、君にそんな、強い事を言える立場では無いのに・・・・・・」
「あーはいはい。俺は気にしてないから、ロイも気にしなーいの。この話はコレで終わりっ。リザさんも。おぅけい?」
そうね。此れ以上中佐をカビの生えそうな状態に追い込むのは頂けないわね。
放っておいたら、東方に帰ってもずっとこのままで、仕事が全然片付いてくれそうにないし。
少しばかり強引だけれど、くんに賛同しましょう。
――――――其れにしても。
如何してくんが絡むと、中佐は持ち前の人の悪い笑みも食えない性格も成りを顰めるのかしら。
しかも7:3くらいの割合で、自己嫌悪に陥る事の方が多いのは何故?
訊ねてみても、どうせのらりくらりとはぐらかすでしょうから聞かないけれど。
銃をホルダーに仕舞った私に、少佐は深い息を吐き、くんはにこにこと笑顔を絶やさず。
中佐は、まだじとりとした雰囲気を背負っていたけれど。
「中佐、先程頂いてきた書類です」
「・・・・・・・・・・・・ああ、判った。もらおう」
左手に持っていた茶封筒を差し出せば、今度はどんな厄介事を押し付ける気だと、切り替えも早く上司の顔で嫌そうに眉を顰め。
1枚目を見た途端、更に眉間の皺を深くする。
・・・・・・・・・・・・そんなに嫌な内容なのかしらね。
「・・・・・・・・・・・・早速出来たのか」
けれど、中佐の零した一言に、如何やら厄介事を押し付けられた訳では無い事を、知る。
其の上で今1番、中佐が快く思っていない事項といえば。
「・・・・・・・・・・・・、此れは、君宛だ」
深い深い溜息を吐きながら告げ。
そうして茶封筒を斜めに向ければ。
ぽとり、と。
中佐の手の中に落ちてきたのは、黒いびろうど生地の、箱だった。