「私はソファで構わない」

「却下。さっき言ったろ?アンタまだ顔色悪いんだよ」

「しかし、家主を差し置いて・・・・・・」

「あーはいはい。アンタの言い分はよーっく判ったから」

「っっ、っっ!!?」





言い募ろうとした言葉を遮って、は私を抱き上げる。

・・・・・・・・・・・・何だか、彼には何時もこうして運ばれている様な・・・・・・・・・・・・





ほんの少し強張ってしまった身体は、彼の腕には充分伝わってしまっているんだろう。

アンタ聞き訳なさすぎ、とか零して困った様に苦笑するは。

恐らく、其の硬直が恐れから来ているものだと思っているのだろうが。





強張ったのは、彼が怖いだけだからじゃない。

決して、ない。





・・・・・・・・・・・・だからといって、本当の事を在りのままに話せば。

彼は其れを、素直に受け入れてくれるだろうか?




 




 




 




 




 





ふしぎのせいねん




 




 




 




 




 





ふ、と意識が浮上する感覚が起こって、私は覚醒を理解した。

降ろしている瞼の向こうからは、朝の気配がする。

けれど身を沈めたシーツが心地良くて。





もう少し、と思いつつ寝返りを打てば。

投げ出した手に当たった、暖かい感触。





「――――――?」

何だ、此れは?





ゆっくりと目を開けてみる。

すんなりと持ち上げられた瞼は、窓から差し込む日の光に焼かれ。

暫くは視界が白く濁ったが、少し経つと其れにも慣れて。

漸く私は、その暖かいモノの正体を見る事が出来た。





・・・・・・・・・・・・そして其の正体が何たるかを認識した途端、思わず息を止めるハメになる。





まるで夢の様な、美貌が、目の前にあった。

レース越しの、穏やかな朝日に晒された肌は、貫ける様に白く。

触れれば切れそうだと思っていた髪は、はらりと柔らかく整った輪郭を縁取っている。

本当に、作り物の、様に、綺麗な。





――――――死んでいる、かの様な。





ぞくり、と背筋が粟立った。

死んでいる、だと?まさか。そんな。





けれど、人形の様に、体温を感じさせない造作をしている彼が眠っている様はとても恐ろしくて。

過去の、赤く血塗られた記憶の中の彼よりも、恐ろしくて。





そろり、と。出来るだけ僅かに上体を持ち上げる。

片腕で、体重を支えて。もう片方の手を、伸ばして。

彼の、口元に、伸ばして。





――――――生きて、る。





掌に当たる呼吸に、ほう、と安堵の息を吐き出した。

ついでに気も抜けて、ばふり、と再び上体がシーツに沈む。





ああ、もう。全く。

朝から何を不吉な事を考えているんだ私は。





もう1度、今度は呆れの溜息を吐いて、ちろり、とうつ伏せの状態からの顔を覗き見た。

・・・・・・・・・・・・睫毛、長いんだな。

前髪も、長い。瞼に掛かってる。

触って、みたいな。





そろり。そろそろ。

指を伸ばして、前髪を掻き上げてやる。

触れた黒髪は、冷たくて、柔らかい。さらさらと音が鳴る様だ。





「・・・・・・・・・・・・ん・・・・・・・・・・・・」





どきん。

・・・・・・お、起こしてしまった・・・・・・か・・・・・・?

――――――・・・・・・・・・・・・いや、如何やら大丈夫みたいだ。





だが彼の長い髪は、ほんの少し身動きしただけで、顔の半分を隠してしまって。

のそり、と上体を完全に起こし、もう1度、彼の髪を掻き上げてみる。

前髪を後ろへ流し、横髪を耳に掛けてやって――――――





ふ・・・・・・と。

髪の影から出てきた唇に、目がいった。

何処から見ても、絶世と謳われる様な美形だ。其の内のパーツの1つである其れもまた、形が良い。

桜貝めいた薄紅色。薄い肉付きで、思わずキスをしたくなる・・・・・・・・・・・・





「っっっっ!!!???」





瞬間、私はがばっ!!とから身を遠ざけた。

・・・・・・・・・・・・い、今・・・・・・・・・・・・私は、何をしようとした・・・・・・・・・・・・?

握り締めた胸元のシャツの下、五月蠅いくらいに心臓が暴れている。

――――――何を、しようとしていた――――――?





・・・・・・・・・・・・落ち着け。落ち着くんだ、ロイ・マスタング。





彼は――――――は、確かに女神ですら裸足で逃げ出す程の絶世の美人だが。

同時に男で。私の命の恩人で。





好意を持つに値する人柄だとは思うし、というか既に持っているし、いや違う好意は好意だがこういった意味での好意では無くて。

ああでも触りたいとかキスしたいとか自然と思ってしまうという事はそういう意味での好意か?そうなのか?





いやでもちょっと待て私は普通にご婦人が大好きな筈で決してバイな訳では。

けれどははっきり言って私の好みに頗る合っていて下手な女性よりも・・・・・・・・・・・・





――――――止めよう。

何だか考えれば考える程暗い穴の底に落ちていく様だ。

というか其れ以前に、と私が同じベッドの上で寝ているという事が悪い。

・・・・・・彼だけソファに寝かせる訳にはいかないと、最後まで譲らなかったのは私だが。





取り敢えず、今はこの場から離れる事が最優先事項。

を起こさない様に、そろりそろりと移動する。

そして床に足を着き、立ち上がろうとした――――――其の時。





ぐいっ。

ぐきっ。

「・・・・・・・・・・・・っっ!!?」





行き成り後ろから伸びてきた手に顎を掬われ思い切り首を後ろに曲げられて。

子気味の良い音と鈍い痛みと共に私の唇に触れたのは。

さらり、とした柔らかい感触。





「据え膳美味しく頂かないってのは、男としてどーかと思うぞ、ロイ?」





瞠目した私の目の前で。

何時の間に起きたのやら、がおはよう、と付け足しながらにんまり、と笑った。

























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