――――――歌が、聞こえる。
高くも無く、低くも無く。優しく緩やかな旋律だけの。
眠ろうとする思考を、更に安らいだまどろみの中に誘う様な。
抗う事すら考えずに心地良い睡魔に身を任せようと、思って。
・・・・・・いや、待て。この声は誰のモノだ?
重い瞼を無理して抉じ開ける。
そして1番に視界に飛び込んで来た、真綿の様に柔らかい、黒い瞳に。
とくん、と。
何処か甘く、心臓が鳴った。
ふしぎのせいねん
旋律が、途切れる。
呆、と見詰めていた筈の瞳は、即座に其の柔らかさを隠し。
無感情、にすら見える鈍い光を湛えて。
・・・・・・・・・・・・其れが、悲しいと。
思うのは何故なのだろう。
「お遅いお目覚めで」
「・・・・・・・・・・・・」
「メシ、出来てるから」
さっさと喰ってもっぺん寝ろ、と言い捨てて、部屋を出て行くの背に。
ゆっくりゆっくり、上体を起こしてみる。
寝起きの悪い私にしては、目覚めは頗る良い。
久しぶりに、熟睡出来た様な。そんな嫌にすっきりとした気分だ。
ぐるり、と見渡せば、薄暗い部屋を照らすのは光を抑えたサイドテーブルのランプのみで。
其の横には、無造作に置かれた一冊の書物。
さっきまで彼が座っていた、ベッドの縁は其処だけ沈んだまま。
そっと触れてみれば、人の温もり。
――――――もしかして、ずっと。
私に付いていてくれたのだろうか?
思わず口元が、笑みを象る。
ほら、やっぱり君は、世話焼きじゃないか。
そろそろとベッドから足を出し、立ち上がる。
身体も、幾分か軽くなった。
そして先に部屋を出て行った、に倣う様に扉を開ければ。
ふわん、と鼻腔をくすぐった、何処か甘い香りと明るい空間。
――――――忘れていた筈の腹の音が、ぐぅ、と鳴って慌てた。
「・・・・・・・・・・・・さっさと食え」
其の音が聞こえたのか。いや、聞こえたのだろうな。
呆れた様なの物言いに、私は赤くなりながらも促された椅子に着く。
さして広くは無いリビングダイニングのテーブルには、1人分の食事。
チキンのハーブ焼に、ロールパン。
其れからグリーンサラダに、カップにはオニオンスープ。小さな器にフルーツまで。
「・・・・・・・・・・・・此れは、君が?」
「他に誰がいる」
残さず食えよ、という無言の圧力に。
取り敢えず私は、スープに手を伸ばす。
一口。
「――――――美味しい」
「当り前だ」
何ぬかしやがる失礼なヤツだなをい、という様なの声音に怯む事無く、私はフォークを持つ。
思った以上に、空腹だった様だ。
チキンも以外にアッサリしていて、胃が凭れる心配は皆無。
暫く無言でパクついていると、何処かでカタン、と音がして思わず目を上げた。
其れは如何やら、私の正面に腰掛けたが引いた、椅子の音だった様で。
手が、止まった。
私に全く頓着せず、優雅にカップを傾けるの仕草に。
こくり、と。動く喉元が。
縁から離れる、濡れた様な唇が。
何処か艶かしく、目を惹いて――――――
「・・・・・・・・・・・・何」
「――――――え・・・・・・?あ、いやっ、その・・・・・・っっ」
ちろり、と向けられた、咎める様なきつい視線に。
つい過剰反応してしまった。
そんな自分が果てし無く情けなくて、思わず項垂れる。
・・・・・・・・・・・・また、私は彼の気分を害してしまっただろうか。
「・・・・・・・・・・・・あー、はいはい。マイリマシタ。もー降参」
・・・・・・・・・・・・え?
はぁ、と溜息まじりの言葉に、思考よりも先に身体が反応した。
思わず顔を上げた先。
其処には、今までの冷たい態度とは打って変わって、困った様な苦笑を浮かべる、の姿。
「俺は保身に長けてるってゆーか、けっこー臆病らしくて。だから1度振り払われた手は、2度と伸ばさないし、手を差し出される事も望まない」
そのつもりで、アンタとも接しようと思ってたんだけど。
苦笑しながら話すに、胸が痛くなる。
私は、1度ならず2度までも、彼の手を振り払った。
なのに。
「アンタ今にも泣きそうな、捨てられた子犬みたいな顔すんだもんなー。泣く子と小動物には弱いんだよ、俺」
ホント困った、とぼやくのに、何処か嬉しそうな声。
其の笑顔が、余りにも印象的で。
さっきとはまた違った居心地の悪さが、胸を締める。
――――――そんな私にはどうした、と訪ねてきたけれど。
思わず見惚れていました、なんて答えたら。
今度こそ本当に心底から呆れられるかもしれない。