季節の移りも判らぬ都会から一歩外へ出てみれば。
車窓から、垣間見る事の出来る秋の色。
あの頃は、周りの事など気にも留めなかったが。
私が、彼を拾ったのも、暦上では丁度、秋だった。
「どうかされましたか、中佐?」
「いや、何でも・・・・・・さて、其れでは行くか」
斜め後ろから掛かるホークアイ少尉の声に小さく笑みを返し。
歩を向ける先は、風の住む丘。
ふしぎのせいねん
空が、高い。
たゆたう空気は、いっそ肺に痛いくらいに清浄で。
彼の最後の笑みを、嫌でも思い出す。
「確か、家に居なければこの辺りだと――――――本当でしょうか?」
「嘘を言った処で彼等には何の得にも成らんだろう」
・・・・・・・・・・・・其れに此処は、彼に良く合うからな。
喉まで出掛かった科白を飲み込みながら、人影の無い、なだらかな路を辿る。
そう。この景色は彼の笑みに良く似合う。
あの哀しい微笑みが好みそうな情景。
穏やかで寂しげな。
村の外れにある小ぢんまりとした家の扉は、叩いても無言だった。
家に居なければあの丘に居る筈だと、そう言ったのは確か行き先を案内してくれた初老の老人。
何処かの畑を手伝ったり、羊の群れを追いかけたり、子供達と走り回ったり。
色々と忙しく楽しげに動き回る彼は。
けれど1人の時は何時もあそこで、優しい柔らかい、そして何処か物悲しい歌を。
内容も判らぬ異国の歌を、歌っていると。
緩やかな路を行く。
目にも鮮やかな空の青と草原の緑。
そして、耳に届いたのは。
「・・・・・・・・・・・・歌?」
「の、様だな」
スロウテンポの、異国の調べの様だった。
軟い風に乗って通り過ぎる旋律は、微かで美しい。
――――――ああ、確かに優しく柔らかく、そして何処か物悲しいな。
思わず、泣きたくなる。
けれどもっとと、聞き入りたくなってしまう。
ほんの少し瞼を下ろし、上げる。
この声の発生源は何処だろう、と目を巡らせば。
視線の先に、見つけた人影。
――――――ああ。彼、だ。
ただ、そう思った。
白いシャツ。褪せた青いズボン。
記憶の中よりも伸びて、無造作に束ねられた、黒髪。
けれど変わらない、細い、背中。
足取りが、緩慢になる。
あの時、あれ程までに後悔し。
ヒューズに後押しされたにも関わらず。
呼び覚まされるのはあの時感じた恐怖。
躊躇いも無く人を屠る彼への恐ろしさ。
命を摘み取る事に、何の感慨も示さぬ彼への怖さ。
彼を構成するものは、其れだけでは無かったと、判っているのに。
伸ばされた手を払った時の、哀しげな眼差しが。
「上げるな」と。気遣う様な優しい声音が。
背を向ける前の、儚げな微笑みが。
泣きたくなるくらいに美しいものであったと、知っているのに。
止まる、足。
あの時の後悔を、繰り返したくは、無いのに。
立ち止まった私に釣られる様に、横でホークアイ少尉の歩も止まる。
如何かしたのかと、訝しげに目で問い掛ける彼女に、答える術は無く。
・・・・・・・・・・・・そして同時に、途絶えた旋律。
ゆたり、と青年が動く。背後の私達に気付いた様に。
空の青に向かい、心持ち上げていた頭を下げ、殊更ゆっくりとした動作で、振り返り。
彼の背中を見送った後、私は確かに後悔をした。
其れが如何いった故でのものなのか、未だ私は判らないけれど。
あんな後味の悪い思いなど、繰り返したくは、無いのだ。
見詰める先は、記憶の中と寸分違わぬ彼の顔。
感情を表に出さない時の彼は、何処か氷で作られた彫像の様だ。
本当に、変わっていないのだな、と私は小さく苦笑して。
「――――――久しぶりだな、」
声は、震えてはいなかっただろうか。