油断した。
こんな事なら、一平卒の1人や2人くらい、連れて来ておくべきだった。
・・・・・・・・・・・・場所柄、錬金術に巻き込む可能性が高かったから置いてきたが。
「――――――さて、如何するべきかな」
俺は撃たれた右腕の痛みに眉を顰めつつ。
破れた発火布に目を落とし。
小さく息を吐いた。
ふしぎのせいねん
己に任された隊を、待機、という名目で置いて来たのは間違いだったかも知れない。
まあ、昨日に引き続いての、戦闘に巻き込んでしまった集落の偵察であったし。
何かあれば無線で連絡する、とは言い含めてあった。
・・・・・・が。しかし。
昨日の今日だというのに、まさか未だに武装兵団――――――奴等がうろついていようとは。
既に移動しただろう、と思っていた手前。
出会い様に鉛玉を打ち込まれた時には肝を冷やした。
影から顔を覗かせようと首を伸ばせば、チュインッ、と銃の弾が石の壁に当たる。
不甲斐無くも舌を打ち、一拍置いて次に目を付けた影の中へ走り込む。
俺の後を付いて、出来る幾重もの弾痕。
「っっ!!」
しまった。
今度は左足、か。
だが、掠った程度。走れぬ様な傷の深さでは無い。
其の無線を摘んだ車まで、後少し。
しかし俺は。
漸く己が乗って来た轍の塊が見えた時。
咄嗟に横に飛んで脇道に入っていた。
「先手を打たれていた、という事か」
車の上に見たのは褐色。
地の利はアチラ側にある様だ。
其れとも・・・・・・俺が確実に離れるまで、流しておいたと?
「・・・・・・兎にも角にも、油断ならない状況で在る事には、変わりは無いか」
発火布の破損。
右の二の腕、左足共に、被弾。
練成陣を描く間など、奴等は与えてくれないだろう。
事実、鉛玉の雨は留まる事を知らない。
しかもこういった場合。
不利な事は重なるもので。
・・・・・・目の前には、3メートル程もある、石の壁。
影の中に身を隠そうとしながら無闇に走ったのが、敗因か。
冷たい壁に力無く手を着き。
忙しなく、上がる息を整えながら、背後を振り返る。
何時の間にやら途絶えたのは、引き金を引く音。
そして、其処に居たのは。
――――――はちきれんばかりの余裕を見せた、イシュヴァールの兵士達。
背水の陣、とはこの事か。
「国家錬金術師も、媒体になる道具が無ければ結局タダの人、か」
「・・・・・・耳に痛い言葉だがね。全くもって其の通りだ。だが・・・・・・」
独り言の様な呟きに返す。
時間を延ばし、一瞬の隙を得る為に。
口の端をにぃ、と持ち上げ。嘲笑を込めて。
「其の只の人と化した錬金術師相手に、此処まで翻弄される兵士も、珍しい」
「っ、このっ!!」
「観念しろ、軍の狗!!」
ガチャッ!!と銃口が向けられる。
俺はちらり、と手元に視線を走らせた。
其処には、傷口から伝った血と赤く汚れた指と。
描きかけの、練成陣。
いかん、早過ぎた。間に合わない――――――!?
ガガガガガッッ!!!
硝煙と、火薬の匂い。
狭い空間の中、銃が一斉に火を噴いたおかげで其れ等が充満し、目を刺激する。
思わず、描きかけの練成陣から手を放し、目を庇ってしまった。
・・・・・・だというのに、放たれた筈の弾丸は、一行に俺の身体を貫こうとはしない。
恐る恐る、目の前に翳していた手を下ろす。
そして1番最初に視界に映ったもの。
――――――其れは、白い、羽根だった。
「な―――――――」
「神の、御使い・・・・・・!!」
呆然と。
ゆらゆら舞い堕ちる羽根の先に、驚愕した敵兵の顔。
彼等の視線の先を追う。
そして見たのは。
彼等と俺の間、大地に堕ちる、幾数もの無残な白い鳥の死骸。
「何故・・・・・・」
白い鳥は、イシュヴァールの民の間で。
彼等が信じる神とやらの、使いだと言われている。
其れが。如何して。こんな風に。こんなにも。
「――――――見つけた、ロイ」
突如、降って来た声に耳を疑う。
其れは、場に有るまじき、軽快な。楽しげな。
何より、聞き覚えの在る、其の、声。
勢い良く後ろを振り返る。目の前に銃が在った事も忘れ。
そして、背後に迫る壁を見上げてみれば。
其処に、椅子に掛けているかの様に。
足をぶらぶらとさせてひらひらと手を振ってくる彼の姿に。
驚きの声を、隠せなかった。
「 !?」