「・・・・・・何やってんだ、お前」

人の姿を見るなり、ずる、と眼鏡を鼻の上からずり落とした親友に。





「・・・・・・・・・・・・頼むから何も言うな」

俺は、深い深い溜息と共に言葉を吐き出した。




 




 




 




 




 




 
ふしぎのせいねん




 




 




 




 




 




 
「で、誰だソイツ。イシュヴァールの人間じゃねぇみたいだが」

「判らん」

「・・・・・・は?判らんてお前」

「突然空から降って来た。ついでに言えば言葉も通じん」





取り敢えず自軍の本部に戻ってきた・・・・・・というか知らぬ間に連れ戻されていた俺は。

人目を気にしつつ、己に宛がわれた自室へと潜り込み。

じろじろじろじろ、と。腕を組んだまま、俺と共に室内に入った青年を上から下まで眺め回すマースに。

溜息混じりに答える。





というか、何故彼はこの場所――――――軍の本部を知り得たんだ。

そう云えば、担がれている間、何やら独り言を言っていた様だが。

何せ本当に、何を言っているのか判らなかったからな。

謎だ。大いに。





腕を組み、深々と溜息を吐きながら。

ちらり、と視界の端に映る件の青年を見やる。

俺とマースの、痛いくらいの視線を浴びているというのに。

彼は拾われてきた子犬の如く、絨毯の上に直に座り込んで、室内をきょろきょろと見回していた。





――――――全く。

この緊張感の無さ。

一体全体、何者だというのだろう。本当に。彼は。

頭を抱えたくなる。





「・・・・・・ロイ、冗談だったらもっと上手いのを俺が教えてや」

「冗談ならもっとセンスの良いものを選ぶ」





呆れた様な物言いを皆まで言わせず、俺は即座に切り返してやった。

科白を中断させられた、胡散臭げなマースの眼差しも、理解出来ないでは無い。

だが、事実だ。





単身、偵察に出た、無人の村。

運悪く見つけ、そして気付かれてしまった、敵の陣営。

1人で相手にするには、少々骨が折れる人数の。





しかしあの程度なら、少々骨は折れるが、決して捌けない程では無く。

指先から生み出す焔で、半数近くを消し炭にしていた、





其の、最中。

確かに、この俺の目の前で。





事実、彼は優雅に降り立った。

まるで翼を畳むかの様に空から大地へと。

風を纏い。障害を蹴散らし。

教会に描かれた神の子の如く。





其れはあたかも、戦渦を忘却し得る程の。

至高にして最上の、光景。





敵が撃った弾丸の音。其れで漸く我を取り戻した。

其処が戦場である事を、思い出した。

でなければ。

一枚の美しい絵画の様な其の光景に、ずっと心奪われたままだったに違いない。





・・・・・・・・・・・・まあ、其の後の動き出した彼の表情や行動に。

さっきのアレは幻影だったのかと、思わず眩暈を起こしそうになったが。





何が悲しくて、行き成り空から落ちてきた見も知らぬ男に。

理由など判らず、何故か庇われた挙句。

屈辱的にも荷物の様に担ぎ上げられ。

尚且つ勝てる筈の戦線を離脱せねばならなかったのだろう。





しかもこの目の前の青年は。

俺よりも上背があるくせに、俺よりも細い――――――細過ぎる華奢な体躯で。

其の細腕の何処にこんな力が、と思う程。この俺を、成人体の男性1人を軽々と抱え。

変成反応皆無の、錬金術では無い術を使い。

抱えられた俺の息が苦しくなる程の俊足で。





「・・・・・・まあ戦闘が今回の本来の目的では無かったからな・・・・・・」





誰に聞かせるでも無い呟きが、ほろりと零れる。

横でマースが微かに目を細めた。

恐らく、俺の其の言葉の中の安堵を、感じ取って。





そう、俺は確かに、心の何処かで密かに安堵していた。

安堵したんだ。

殲滅出来る敵を、絶やさなかった事に。

争い半ばで、俺を止める人間が現れた事に。





吐き気を催す程の肉が焦げる匂い。

不快な生温い赤い体液の感触。

幾ら経過しようが、慣れるものでは無い。

――――――否、慣れてはならない。あんなもの。





元来大衆の為に在るべき錬金術を、人殺しの道具にするなど。





例え其れが、国家の『狗』にあるまじき心構えだったとしても。

何時か、彼等が『国家の為に』、滅せねばならぬ相手だったとしても。

軍上層部の命令は絶対。





仕方が無い。

他の何物でも無い、己自身の意思で、俺は俺の行く道を決めた。

だが、其れでも。

今更、と罵られようとも。

・・・・・・意思と感情は、頑なな程に、全く違うもの。





他者の命を、何の躊躇いも無く、摘み取って良い筈が無い。

錬金術師は、神では無い。

神では、無いのだ。

錬金術師も、生身の人間。

楽しみ嬉しさを感じれば笑い、怪我をすれば痛いと泣く。

大切な人を失えば、悲しみの淵に立たされるだろう。

彼等も、俺も。そんな1人の、人間、で。





――――――其の、人が。

人の命を、決めるなど。




 




 




 




 






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