「・・・・・・あー、まあ、何だ。あんま、自分責めんなよ」
「・・・・・・・・・・・・何の事かな」
「・・・・・・・・・・・・イヤ、独り言だ。気にすんな」
何を如何思ったか、心持沈痛なマースの言葉に空恍ければ。
気の利く男は其れ以上突っ込んだ事を言って来なかった。
ふしぎのせいねん
訪れた沈黙は重く、室内の雰囲気は暗い。
次の作戦までに、幾許かの時間があるとはいえ、無限では無いのだ。
シャワーを浴びたいし服も着替えたい。
作戦の打ち合わせなどやらねばならん事も沢山ある。
「話を戻そう・・・・・・さて、何処まで説明したかな」
「お前が突然空から降ってきた言葉も通じん様な得体の知れん奴に、荷物宜しく担がれて帰って来た、という処までだ」
「・・・・・・・・・・・・だから最後の其れはもう言うな。というか忘れろ」
ああ、思い出したら頭が痛くなってきた。
アレはもう、人生最大の汚点だ。
「で、本当のトコロは?」
「・・・・・・本当も何も、事実だと言っている」
自分で言うのも何だが、可笑しな事を言っている。自覚は、ある。
だが俺は、俺の目で確かに見てしまったものを、無かった事には出来無い。
其の夢の様な事実が覆されぬ以上。
何を如何、此れ以上説明すれば良いというのだ。
溜息を吐いた俺に。
ふむ、と自分の顎をひと撫でしたマースは青年の元へと歩み寄った。
近付くマースに気付いた青年は、別段慌てるでも無く。
表情の読めない顔でマースを見上げる。
「・・・・・・こんな細っこいお人形さんみたいな面してるにーちゃんのドコにロイを軽々担ぎ上げる力があんのかねぇ・・・・・・」
「だから其れは忘れろと、」
「で、お前さん一体ナニモンだ」
鋭かった。
マースの、口調も視線も雰囲気も。
言い掛けた文句も、思わず堰き止められるというもの。
けれど青年は、其の鋭さが判らぬかの様に。
否、寧ろ困った様に小さく首を傾げ。
「・・・・・・a−・・・・・・yuーaーri・・・・・・riari・・・・・・?」
マースの科白を其のまま復唱しようとしたのだろう。
言葉のたどたどしさが、見た目より幼くさせる。
「・・・・・・もっかい聞くぞ。お前さんは一体ナニモンだ?」
「『yu−、a、riari、hu−mu』?・・・・・・gomen、wakannaiwa、yappa」
発音はやや可笑しいが、今度は完璧に復唱できた。
けれどその後に続いた淀み無い言葉は、聞いた事も無い言語。
マースは其れを聞いて、悠に10秒以上固まり。
ゆっくり俺に振り返った。
「・・・・・・・・・・・・おい、ロイ」
「だから言っただろう。言葉も通じん、と」
「・・・・・・・・・・・・するってぇと何か?マジなのか?」
「最初からそう言っている」
「・・・・・・・・・・・・空から降って来たってのも?」
「俺自身とて否定したい処だがな其れは・・・・・・だが目の前で堕ちて来られては信じざるを得ん」
「・・・・・・また厄介なヤツを拾ったモンだな・・・・・・」
如何報告するよ、と。
溜息混じりに吐いた俺の言葉に、マースはがしがしと頭を掻き毟った。
勢いで引っ張って来てしまったが、俺も困っている。
この青年の、今後の身の振り方。
絹糸の様な黒髪に、黒檀の割れた断片の様な黒い瞳。
対照的に、雪の様に白い肌。
褐色の肌に赤い目の、イシュヴァールの人間で無いのは歴然。
黒いジーンズに白いシャツという出で立ちも、曲りなりにも戦場に赴く戦士の格好では無い。
・・・・・・・・・・・・しかも裸足だ。今気付いたが。
尖った石か何か踏んだのだろう。所々に眼の醒める様な赤が滲んでいる。
痛々しい。
凭れ掛けていたソファから立ち上がって、備え付けの棚へと赴き、中から救急箱を取り出す。
其れを手にして、其のまま青年の元へ。
そしてすとん、と青年の横に座り消毒液や軟膏やガーゼや包帯を取り出していると。
いぶかしむ様に俺の行動を見ていたマースは、ああ、と納得した。
「避難に遅れた一般人、という設定では少々苦しいか」
「・・・・・・ちょっと待て」
手を動かしながらぽつり、と漏らした一言に、マースの口角がヒクリと戦慄く。
何だ、と視線を上げれば。
「まさかそんな得体の知れないヤツの面倒見る気じゃないだろうな?」
「見る気ではない。見るんだ」
「おいおいおいおい・・・・・・」
犬猫とは違うんだぞ、と溜息吐く親友に。
当り前だコレの何処が犬猫に見える、と短く切り返し。
犬猫だろうが人間だろうが、拾ってしまった以上、責任は発生するだろうが。
例え得体が知れなくとも。
己が今何処に居るのかも判らないだろう、言葉も通じん人間を独り戦禍の真っ只中に放り出すなど。
其処まで俺は人非人にはなれんからな。
せめて安全な処へ連れて行くなり何なりする程度の、面倒は見ねばなるまい。
――――――既に多くの人の命を奪ってきた手前。
見る者が見れば偽善、にしか映らんだろうが。
「言葉が通じんからな・・・・・・シン国から来た旅人というのはどうだろう?黒髪黒目だし」
「あの砂漠を超えてか?」
「・・・・・・・・・・・・だがソレ以外、良い言い訳が思い浮かばん。シン国の人間なら内乱の事にも疎いだろうし」
「・・・・・・う〜ん。確かにそうだが」
ぐるぐると右足に包帯を巻き、次に左足の手当てに取り掛かる。
青年はずっと成されるがまま。大人しい事この上無い。
「決定だ。君はシン国から来た旅人で、銃撃戦に巻き込まれた処を俺に保護された」
「おいロイお前」
「決・定・だ・・・・・・良し、終わったぞ」
マースの文句を遮って、パタン、と救急箱の蓋を締めれば。
何を言われたのか判らない青年は、きょとん、と目を丸くしながら首を傾げ。
ふあり、と。
「・・・・・・・・・・・・ヤベ・・・・・・・・・・・・」
至近距離で其れを見てしまい、顔に熱が集中した俺の耳に、ぼそり、とマースの呟き。
見れば口元を片手で覆い、明後日の方向を向いている。
其の後に零した「可愛いじゃねぇかコノヤロウ」という科白は、恐らく無意識だったのだろう。
思わず笑いそうになる。
しかし。
「・・・・・・a−・・・・・・アー・・・・・・アリ・・・・・・アリガ、トウ・・・・・・?」
「「っ!!?」」
たどたどしく、しかし確かに述べられた謝礼の言葉に。
俺もマースも、勢い良く青年へと視線を向けた。