ふわり、と宙に浮く様な感覚。

 実際に浮かんだ訳では無い。強いて云うなら、意識、が。



 重い瞼を上げた先には、白い天井。

 暫く、呆、と眺める。



 此処は、何処だろう。

 彼の暗い、知覚すら出来なかった肌寒い処では無い。

 拾われた先、一番最初に見た場所でも。



 ――――――そういえば、と。ふと湧き上がった感触。



 押し殺した、けれど突き刺さる様な殺気と。

 濃厚な血の香り。

 生暖かい、柔らかい肉の感触。

 そして何より・・・・・・気分が悪くなる程に甘い、鉄の味。



 思わず寝台の上から上体を跳ね上げた。

 途端、ぐらりと回る視界に額を手で覆って。



「――――――おや、気が付いたんですか」



 涼しげな声音に、首を巡らせる。

 意識下では早くと急かすのに、実際は緩慢な動きにしかならなかったが。

 見上げた、傍ら。其処に居たのは、長い黒髪の目の細い中年男性。



「・・・・・・・・・・・・ココ、は・・・・・・・・・・・・どちら、さま・・・・・・・・・・・・?」



 辛うじて出した声は掠れて、乾いた口内が罅割れる様な感じがした。

 暫く使っていなかった声帯が痛い。

 オマケにガンガンと、まるで脳内で象か何かが足踏みしている様な不快な感覚。



 其れでも片手で額を覆ったまま、据えた目で相手を見上げれば。

 目前の男は、僅かばかり目を見開き。其れから小さく破顔した。



「今回はちゃんと意識があるみたいですねぇ」

「・・・・・・・・・・・・」

「ああ安心して下さい。私は只の医者です・・・・・・ハイちょっと口開けて」



 有無を言わさず固定された首が、ゴキッと嫌な音を立てた。

 痛みに思わず顔を顰めたが、其の手を振り解くだけの体力も気力も無い。



 舌を見て、瞳孔を調べ、手首を取って脈を計る。

 男の動きは医者だ。確かに医者のものだ。

 些か乱暴過ぎるきらいはあるが。



「――――――アナタ拾われたんですよ。一ヶ月位前、遠征先で。ウチの総大将に」



 不意に告げられた科白に、反応が少し遅れる。

 確かに拾われた時に該当されるだろう記憶は残っている。曖昧だが。

 真っ赤な服に、黒漆の長い髪と黒檀の断片の様な眼の美丈夫だった。



「ご自分の身に起きた事を、少しは理解しています?」

「・・・・・・・・・・・・一応・・・・・・・・・・・・」

「ハイ良いですよ。もう暫く横になっときなさい・・・・・・そんなに頭痛ヒドイですか?」

「・・・・・・・・・・・・多分・・・・・・・・・・・・」

「アナタは今、過剰な量の薬物に拠って神経も肉体も著しく疲弊しています。恐らく其の所為でしょうね」



 鎮静剤などを使いたくても、体内で如何反応するか判らないから、無闇に使えないんですよ、と。

 言いながら、ゆっくりと上体を横たわらせる男の腕に、素直に甘える事にする。

 深く深く息を吐けば、頭痛に響かない様に、けれど確かに髪を梳く手を感じ。



 懐かしい感じだ。

 煌々しい木漏れ日の中、まどろむ己に与えられた手に似ている。

 其れは時に、金糸であったり赤く変わる黒い目であったり。



「意識がハッキリしてきたんならもう大丈夫――――――今まで、良く頑張りましたねぇ」



 遠のいていく男の声も、穏やかで。

 知らず引寄せられた睡魔に、一切抗う事をせず。

 は素直に、目を閉じた。




 




 




 




 




 










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