傾国、という言葉がある。

時の王が政治を省みなくなる程。全てを、投げ捨ててしまう程に。此の世在らざる美を纏う者の、其れは所謂代名詞。

そんな者に、出会った事など更々無いが。

成る程確かに、国を傾けるだけの美しさというものが此の世に存在し得るのだと、理解する。

そう言っても遜色無い程に、彼の容姿は何処か魔的だ。

暮れる太陽の艶やかさも、飛び散る鮮血の美しさも、巨万の富名声すらが色褪せる。

手に入れたいと、心からの衝動。

初めて間近に見た顔に、暫く見惚れふるり、と首を振った。



「・・・・・・何を、血迷った事を」



此れは、敵。幾つもの同胞の命を屠ってきた忍だ。

闇に浮かぶ無慈悲な月の如く、全てを暴き追い立てる暗部。裏の世界に、其の名を轟かせた、強者。

例え、此処が元居た己の世界とは違っていても。

万が一、元の世界に戻れる時が来た暁には、此れを斃したと名が上がるのだ。



手にしたクナイを、振り上げる。狙うは胸。心臓だ。

喉はいけない。苦しみが長引く。やるのならば一思いに。迅速に。

翳した凶器を振り下ろした――――――其の、瞬間。



「っっ!!?」



轟、と。

舐める様に炎が少年との間に出現し、男は思わず其れを両腕で振り払った。

そして勢い良く後ろを振り返る――――――其処には。



「ソコまでにしとくんなはれ」



歌う様に柔らかな声音。

開け放たれた扉。しかし退路を塞ぐ様に。

ちらり、と男を流し見る目付きの、婀娜っぽさ。



「・・・・・・・・・・・・アラシヤマ」

「そういうたら、てさっき思い出しましたんや」

「・・・・・・・・・・・・」

「トットリはんやったらミヤギはんにくっついて、今朝から任務で本部開けてるハズやて」

「・・・・・・・・・・・・別に、僕とミヤギくんは年中一緒ってワケじゃないっちゃよ?」

「そうも考えたんどすけどなぁ、ソレは天地が引っ繰り返ってもない事でっしゃろ?」



言葉の全てが鼓膜に届く前に、衝撃。

咄嗟に身体を捻って横へ跳ぶ。

気が付けば、男と少年との間は大きく開き、庇う様に炎使いが立ちはだかり。



「それにしたかて、上手い事化けはりましたなぁ、本人や思うて疑いもせんかったわ」



くすくすと。口元に指をやり小さく笑う。

しかし瞳は暗い光を湛え、僅かに細まり。

ぞっとする程冷たく、男を見据えた。



「あんさん、誰や?」




 




 




 




 




 










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