宵の刻もとっくに過ぎた頃。
聳え立つ様に大層な建造物というものは、端から見て気持ちの良いものではない。
昼間には太陽光を浴びて白く輝く外壁も、夜の色をほんの少し与えられたかの様に薄青く。
街灯に照らされ、建物の更に濃い影が、近寄りがたさを深く彩る。
生暖かい風が、ざわりと所々に植えられた木の枝を揺らし。
余りにも、緑が少ない。そう思う。
緑だけでは無く。山も。谷も。川も。平野も。星すらも。
自然というもの、其のものが少ない。足りない。
忍にとっては、格好の隠れ蓑が。
しかし、代わりになるものは幾つも点在する。
周囲を眺め回して、映る全ては人工物。
黒い地面に生らされた平地に無数に置かれている鉄の乗り物――――――彼れは確か車といったか。
此方の世界にも大分慣れた。
自然を食い潰した上に築かれた、高度で精密な機械文明。滅多に見られぬ、銃器なる物を用いて戦う人間。
忍という存在は認知されてはいるが、己の知っているものとは、全く違う世界。
意識を取り戻した当初は多大な困惑を極めたが、其れでも現実として甘受したのは、己が彼の森の名を知っていたからだ。
竜脈。方位。気の流れ。色々な偶然が折重なって、空間に歪みを生じている土地。神有の森。人を隠す不思議の森、と。
――――――まさか、彼の者まで此方に飛ばされているとは、思ってもみなかったが。
しかも間抜けな事に、薬漬けにされ洗脳された挙句に敵に捕らえられるという体たらく。
見詰める先は、大きな建造物。
幾つも並ぶ、似た様な扉。似た様な窓。
こんな、箱の様な建物の中で。幾人もの人間が働き、生活しているなど、俄かには信じ難いが。
紛れるには却って好都合と、暗闇に潜む影は小さく笑った。
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