ひやり、とした感覚に、意識が浮上する。
否、此れは本当に覚醒なのか。
もう、随分と長い間、夢の中を漂っている様だ。
動かない手足。纏まらない思考。
投げ出された感覚と、落ちた衝撃は覚えている。
けれど、其れだけだ。覚えているのは。
――――――其の、後は?
現実と幻の区別が付かない。
今は何時で、此処は何処なのか、考えるのも億劫だ。
思考力の低下。
身体の端々にまで倦怠感。其れでも微かに頭を揺らせば。
其れに釣られて動いた手に、がしゃんと重い感触。
――――――何か、手枷の様なものを填められている様だ。
ぼんやりと開けた薄目の向こうには、暗い照明と幾人かの影。
「被験体A-Z、意識を取り戻しました」
「ほう、早いな」
掛けられた声はとても低く、また木霊の様に頭の中で霧散して。
ちくり、と。掴まれた腕に小さな感覚。
血管から直に打ち込まれた異物が、瞬く間に身体中を駆け巡っていくのが判る。
何だ此れは。何を打たれた。
己の身体は、大抵の毒物に対して免疫がある。
しかし此れは、今まで摂取してきた薬物のどれにも当て嵌まらない。
慣れているといっても、其れ等を遥かに上回る薬物を投与されたのならば、一溜りも無いのだ。
幾ら妖と融合したとはいえ、此の肉の器は良くも悪くも人の域を脱していないのだから。
(・・・・・・こんな事ならイビキの作る薬物にも為らしておくんだった)
そんな詮無い事を考えてみた処で後の祭り。
脳裏に浮かぶのは、尋問で受けた傷だらけの忍の顔。
毒にしろ自白剤にしろ、彼の人が作ったもの以上に強くて性質の悪いものを他に知らなかったが。
恐らく此れは、彼が手掛けた薬物よりも強いだろう。そう、思う。
抵抗しようにも身体は持ち主の意思を離れ、輪郭しか捉える事の出来ない者達に成されるがまま。
音が、遠い。
視界は、暗く。
感じる大気は、冷たいまま。
鉛の様に重い己の四肢への歯痒さと、体内を駆け巡る異物への不快感を遣り過ごし。
は再び、意識を手放した。
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