只   そ う 想 っ た




















 時は、動き。進み。巡り。

 人は、生まれ。育ち。成長し。

 生きる。

 ――――――生きる。




















 毛足の短い草の海原に、影一つ。

 大気が揺れる度に枝葉は歌い。空には緩やかに、白い雲を運んで風が渡る。

 何処か遠くで、銀色めいた鳥の声。注ぐ、太陽光の虹色。

 目を眇めて見詰める遠く。映るのは、森。山。建造物。地平に水平。そして蒼。

 今まで、見ていなかったものが眼前に在る。今まで、見ようと、しなかったものが。

 長い長い眠りから、漸く眼が覚めたかの様な感覚だ。

 忘れていたものを、朧気ながらに思い出したかの様にも、感じる。

 ・・・・・・・・・・・・そうだ。『忘れて』いたのだ。

 世界はこんなにも、色彩(いろ)に溢れて。こんなにも、多彩な音に彩られて。様々な想いに、包まれていた。

 『思い出して』しまえば、想う事は、只、一つ。



 嗚 呼 。

 い と お し い 。



 知らず、感嘆めいた吐息が漏れ。

 胸の中一杯に清浄な空気を取り込む様に、眼を閉じた。




















っっ!!」

 場を裂く様な声音に、ゆたり、と青年は顔を上げる。

 其の視界に留まったのは、必死の形相で駆けてくる、黒髪。

 少年は青年の元へやってくると、両手で彼の腕をきつく捉えた。

「――――――っの、バカ!!あれ程一人で出歩くなって言ってるだろうが!!」

 乱れる息も整えず、其れでも声を荒げて、幾分高い位置に在る青年の顔を睨み上げる。

 虚ろにも似た色違いの双眸は、辛うじて焦点が合い、少年の顔を見下ろして。

 ことり、と。首を傾げた仕草に、少年は溜息。

 果たして此の青年は、己の言葉を理解しているのか否か。

 取り敢えず、青年の身に変わった処は無いかを確認し、屋敷に居た時と変わらぬ出で立ちに安堵して。

「・・・・・・・・・・・・ナルトも火影様も、他の皆も心配している。帰るぞ」

 手を繋いで腕を引く。

 ふた周りも小さな身体に、青年は抵抗も見せず付き従った。





 一体今回で何度目だ、と。呆れた様に怒った様にぼやく金の子に、末裔はさあな、と答える。

 彼等がこうやって青年を探すのは、何も今日が初めてでは無い。

 気が付けば、まるで夢遊病者の様に。表情も言葉も忘れた青年は、時折、姿を消すのだ。

 青年の身を案じる者達は、彼に気を配り、神経を張って。

 しかし、其れがふと緩んだ瞬間。まるで狙い済ましたかの様にいなくなる。今日の、様に。

 とは云え、そう頻繁に蒸発を繰り返されている訳では無い。

 しかし確実に、両手の指で足りなくなってきているのも確か。

 本腰を入れて、何らかの対策を考えねばなるまい。

「・・・・・・・・・・・・で?今日は何処に居たんだ?」

「草原だ。慰霊碑の近くの」

 訊ねる金糸に、答える末裔。

 そして、どちらからとも無く、深い溜息。

 以前の事を考えると、此れは良い兆候なのだろう。

 人形の様に全く動きもしなかった頃よりも、無意識か如何かは判らないが、自分で四肢を動かす様になった事は。

 しかし忽然と姿を消されてしまう此方としては、可也心臓に悪い。

 青年は未だに、目を離せない状態にあるので。

 全てを失くし、全てを手放してしまった彼は、未だ危うい、均衡の中。

 ちらり、と視線を走らせた先には、壁に凭れて虚ろな眼を空に向ける、青年。

 何を見ているのか。何を考えているのか。失ってしまった表情からは、読み取れない。

「・・・・・・・・・・・・全く、まるで歩く事を覚え始めた子供だな・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・ソコ等のガキの方が、もう少し扱い易いって・・・・・・・・・・・・」

 溜息混じりに、ぼやき合い、顔を見合わせ、苦笑して。



「――――――扱い難くて悪かったな」



 直後、聞こえた音に。

 硬直、した。




















 聞きたい、と思いつつも。何処かで諦めていた声だった。

 最後に聞いたのは何時だったか、と忘れてしまった程。久方ぶりに聞く声だった。

 そろり、そろりと視線を動かす。

 開けた窓から、風。ふわりと白い布を膨らませ。

 ――――――其の、傍に。壁に背を預け、腕を組み、確かな意思を以って子供達の姿を捉えた、金銀妖眼。

 瞠目する、金の子が。悲劇の末裔が。

 其の様に、青年が、ふ、と目元を和らげ。

「何だ、そのまるで幽霊でも見てるかの様な間抜け面は」

 口元に穿かれた淡い笑み。嘗て見た事が在る。其れはまるで、春の雪解け。

 、と金の子が呟いた。かたん、と末裔が椅子から腰を浮かした。

 けれど、其れだけ。

 まるで、動けば夢が覚めてしまうと、そう云う様に頑なに動きを止めてしまった身体。

 そんな子供達の様子に、青年は更に笑みを深くして。

「ナルト、サスケ」

 呼び声は、確かに過去、何度も呼ばれた事の在る。

「――――――おいで」

 其の一言に、堰を切った様に二人の子供は、広げられた青年の腕に、飛び込んだ。













































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