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躊 躇 い も 無 く 生 き て 行 こ う と す る の だ と




















『優しい、子』

 消えない、声。

 其れは、今はもう何処にも居ない大切なヒトの。

『間違えないでおくれ。同化とは、二の存在が総じて個と成る事』

 消したい、言葉。

 確かにそうなのだろう。けれど、己が望んでいたのはこんな事では無かった。

『其れは決して消滅と同意では、無い。死ぬ事では、無いのだよ』

 消せない、音。

 だからと云って、納得など出来よう筈が無い。己は。彼女の為だけに産まれ、生きて来たのに。

『お前の中に、私は生きるのだから。お前と共に在る事に、変わりは無いのだから』

 溶け合うだけなのだと。人と妖の境界が、無くなるだけの事だと。

 妖は人の自我を持ち、人は妖の心を手に入れる。人の言葉は妖の想い。妖の気持ちは人の声。

 只、其れだけの、事。

夜刀。私の、愛しい、子』

 己の内側。久方ぶりに木霊した、けれど遠く高くから響くかの様な優しき音色。

『今も、昔も、此れからも――――――何よりも、誰よりも――――――お前の幸せだけを、』





 い の っ て い る よ





 其れは、妖が人の子に向けた、最期の言の葉。




















 全開にした窓から、緩やかな、風。

 白いカァテンが其れを僅かに孕み、膨れる。

 差し込むのは穏やかな光。ベッドの上に座る此の部屋の主は微動だにせず、其の姿は本物の人形の様。

 まるで綺麗過ぎる絵の様だ、と。呟いたのは確か、芸術には疎そうな犬使いだったか。

 思い出して、春色の少女は小さく苦笑を漏らし、窓から見える空を見上げた。

 最近、暇が出来ればこうして此処に顔を覗かせる。其れは何も、自分だけに限った事では無くて。

 同期の下忍や、アカデミー時代の恩師や、果てはあの何処か常識を持ち合わせておらぬ上司までも、此処で顔を合わせる事は、多い。

 金の子や悲劇の末裔などに至っては、毎夜此処で寝泊りしているとか。

夜刀さん。今日ね、庭の竜胆が咲いたのよ」

 すい、と向けていた顔を空から青年に移し。にこりと笑って声を掛ける。

「森の紅葉が少しずつ橙に染まっていってるの」

 話し方が、何処か小さな子供みたいに無邪気だった人だった。

 容赦無い戦い方に、恐ろしい、と思った人だった。

 けれど笑顔が。微笑が。移ろう四季の様に鮮やかだった人だった。

 ――――――そして、今。彼は魂の欠けた人形の様に、目の前に居る。

「道を歩いてると、何処からか金木犀の香りがしたりもしたわ」

 他愛の無い話だ。気にしなければ良く其処等で耳にする。普通の。日常の。

 けれど、声掛ける青年からの応えは、無くて。

「土手の薄が凄いのよ。今度の十五夜、お月見しませんか?」

 動かぬ姿勢が哀しい。

 返らぬ反応が空しい。

 物言わぬ唇が侘しい。

「私、夜刀さんの作ったお月見団子・・・・・・食べたい、な」

 虚空を見詰める、硝子の様に綺麗なだけの双眸に・・・・・・・・・・・・泣きそうに、なった。

 けれど。泣いては駄目だ、と唇を噛み。深く深く、俯いて。

 如何してなのだろう、と思う。

 如何して、こんな風に成ってしまったんだろう。

 そして如何して、己は彼に何もしてやれないのだろう。

 大好きな、人なのに。

 其れは恋愛感情では無いけれど。愛している、と云う訳では無いけれど。

 金の子と悲劇の末裔が大切にする、人。

 だから己にとっても、大切な者と成り得た、人なのに。

 真意を知る子供や老人は、其の事には口を噤んだまま。

 助けたいと思うのに、救いたいと思うのに。

 只傍に居てやってくれと言うだけで、肝心な処には触れさせてもくれない。





 ふ、と。変わらぬ景色が変わった様な気がして、顔を上げた。

 変わらぬ景色。光差す部屋。開いた窓。揺れるカァテン。

 そして、動かない、人の――――――

「・・・・・・・・・・・・夜刀、さん?」

 見間違いか、と思う。

 口にした声は、掠れていた。

 静寂を壊さぬ様に。そろり、そろり、と歩み寄る。

 何も見ず、何も語らず、只々糸の切れた操り人形の様に、座る、人の。

「――――――っっ!!」

 頬を流れる、一滴。

 思わず、投げ出された彼の手を、両手で包んで握り締め。

 目にした其れに、瞠目した。





「・・・・・・・・・・・・何だ、サクラも来てたのか」

 キィ、と扉の開く音と共に、掛けられた声。其れに、少女は弾かれた様に振り返る。

 其処に居たのは、物静かな黒服の少年。誰よりも彼の青年を想う、片割れの。

「・・・・・・・・・・・・サ、スケ、く――――――」

 相も変わらぬ、喜怒哀楽の薄い表情。少年の其の顔を見て、少女は堰を切った様にぼろぼろと泣き出した。

「おい、サクラ!?」

 驚愕したのは少年。零れる涙を拭いもせず、しゃくりあげる少女に慌てて近付く。

「どうしたんだ、何が・・・・・・何か、あったのか?」

 出来るだけ優しい声音で。あやす様に背を軽く叩きながら訊ねる少年に、少女はたどたどしく言葉を紡ぎ。

「サス、ケ、くんっ、夜刀、さっ、夜刀さん、が――――――」

夜刀――――――?夜刀が、如何した?又手首でも切ったのか?」

 案の定かとでも云う様に、少年は表情を曇らせる。

 けれど少女は首を横に振って。力の限りに横に振って。

 そうじゃない。そんな事じゃない。言葉に出来ずに態度で示す。

 伝えたい、伝えなければ、と思うのに。

 胸が熱く苦しくなって、言葉は喉に引っ掛かって出て来ない。





 少女が、見た、もの。

 浮かべられた、月の光の如き儚く美しい微笑。

 青年が云わんとした口の動き、只一つ。

 ――――――『宝玉』――――――と。








































 






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