だ か ら こ そ 此 の 肉 も 血 も 心 の 臓 す ら 止 ま る 事 無 く
時が許せば、会いに出向いた。
嘗て過ごした満月の夜の様に、細い背中を己の胸板に凭れ掛けさせる。
白い手指を、そっと掌に包み込んで。
すると。ふわり、と其の手に温もりが触れた。
見れば愛しき黒髪の子の、何かを堪える様な瞳とぶつかり。
青年へと変化した金の子は、くしゃりと顔を歪めて、青年の肩口に顔を埋める。
抵抗を見せぬ青年は、為されるがまま。
抱き締める腕に、力を込めれば。
憐れな御子よと、獣が嘆いた。
風に乗り。風を切り。鉄の扇が、闇に踊る。
拍を刻みながら舞う様に敵を屠り、終いとばかりに、ぱちん、と音を鳴らして扇を閉じれば。
「何時見ても見事だな、『閃』」
タイミングを計った様に掛けられた、声。
ゆたり、と振り向いた枝の上。しゃがみ込んで、此方を見下ろす狐の面。
久方ぶりに暗部の任務で組まされた相手。狐を嫌う里の中、唯一其れを使う者。
「ナルト」
「今は『夜』だって」
思わず呼び慣れた名を口にすれば、苦笑と共に訂正が入り。其れにそうだったな、と此方も笑みを返して。
「そっちは?」
「終わった。からコッチがまだだったら手を出そうかと思ったんだけど」
其の必要は無い様だったから高みの見物と洒落込んでいた、と。全く悪びれた様子も無く笑う。
其の応えに、『閃』と呼ばれた暗部は苦笑じみた溜息を一つ、落とし。
戻るか、と促せば、そうだな、と短く返事が返って来た。
其の、帰り道。疾風の様に森の中を走り抜けながら。其れでも息を乱さず。
「それにしても、イルカ先生の扇踊、本当に久しぶりに見た気がする」
任務完遂に、ほんの少し気を緩めたのだろう。
相手を常の呼び方で呼び、思い出したかの様に、青年の姿を模した子供が呟く。
「そうか?」
「そうだって。前に先生と仕事してからドレくらい経ってると思ってんだよ」
何気無く聞けば、間髪置かずに返って来る切り返し。
「あー・・・・・・そうだな、何だかんだ言って、四ヶ月くらいは経つか」
指折り数え、記憶を手繰る様に数字を導き出した大人に、だろう?と子供は笑い。
「が知ったら喚くだろうな。『ナルトだけ見てズルイ!』って」
どきり、と大人の胸が鳴った。思わず横にいる狐の面を凝視する。
まるで何も無かったかの様に、極普通に紡ぎ出された、一人の名前。
「あー、アイツ知ったら五月蝿ぇだろうなぁ・・・・・・でもやっぱ帰ったら話してやろうっと」
くつくつ、と。其の時の彼を思い浮かべたのか、子供は可笑しげに肩を揺らしたまま。
如何して。如何してそんなに普通に彼の名を口にして。笑っていられるんだろう?
「・・・・・・・・・・・・ナルト」
そろり、と呼び掛ける。何?と顔を向けた相手に、こくり、と喉が鳴る。
思い出すのは、嘗ては四季の笑みを纏っていたと云う、今は動かぬ、人形の様な、青年。
「話して、くれないか」
己でもこんな声が出せるのか、と思う程、真摯な声音。
何を、とは言わなかった。何が、とも聞かれなかった。
けれど通じた。子供がふと、笑みを消し、前を見据えたから。
其のまま、再び口を噤んでしまった子供に、大人は再度、呼び掛ける。
「ナルト。オレじゃ役不足か」
聞きたかった事、知りたかった、事。
壊れてしまった青年。覚悟を持った金と黒の子供。
其の、意味。根本となった、土台。有耶無耶の内に流されてしまった、最も重要な。
「オレじゃ、力に成れないか」
続けた科白に、漸く子供はそうじゃない、と反応を示す。そうじゃないけど、と。
「・・・・・・・・・・・・じっちゃんは、の全部を知ったオレには、を見捨てられないだろうっていうのを見越して、オレにの事を話した」
そして其の読みは見事に当たったと、子供は呟き。
「サスケは、オレと同じで孤独と云うものを判っていた。其処から生まれる狂気を知っていた」
だから自分は彼等を引き合わせたのだと小さく漏らす。
「オレもサスケもじっちゃんも、の孕む闇を真っ向から見据える事が出来る。其の上で、心から笑って欲しいと思っている。けど・・・・・・でも」
イルカ先生に、其れが出来る?其の闇に侵されるかも知れないのを、覚悟の上で。
アイツを救いたいと、思ってくれる?もしかしたら一生、救えない者を。
「の闇は深い。気を抜けば此方が呑まれる――――――同情や好奇心なんかで首を突っ込める程、事態は軽く無いんだ」
だから、其れなりの覚悟も持たずに近付かないで。
不用意に触れれば、此方までが狂ってしまう。
「良く、考えてくれ。イルカ先生」
淡々と語る子供の声は、嫌に硬質な響きを持ち。
面の下に隠された蒼い瞳は、きっと、波紋すら生まぬ水面の様に静謐に違いない。
此の子供が、尋常ならざる闇を背負っている事を、影を纏わせている事を、大人は知っている。
其の闇を影を、正確に理解し、受諾した上で、其れでも前を見据え己の足で立っている事を、知っている。
だが其の子供にすら、此処まで言わせる何かが、彼の青年には在ると云うのか。
其れ程に、彼の青年の闇は深いのか。其れはどれだけ重いのだろうと、大人は考え戦慄する。
浮かんだのは、広い深淵。深い空洞。枯れた絶望。底無しの虚無。其れでも自ら命を絶てられぬ、苦痛。
しかしだからこそ、壊れてしまった青年が哀し過ぎると、思った。
彼を救いたいと云う、子供の助けになりたいと、心から思った。
「オレを、余り見縊らないで欲しいもんだな」
笑いを含ませて告げた言葉に、視線。其れを感じつつ、大人は続ける。
「仮にも、お前やサスケの担任やってたんだぞ?」
だから、ちょっとやそっとの事で、神経を磨り減らす様な繊細さなど持ち合わせていない。
「くんを助けたいと思うのは、何もお前達だけじゃない」
だから大丈夫。教えてくれ、と。
長い間教師として培われて来た思考回路の所為か、其れとも元来持ち合わせた性格故か。
断片でも知ってしまった、彼を放っておける筈が無い。見て見ぬ振りをする事は出来ない。
己が深く深く傷付いている事にも気付かぬ、彼の小さな幼子の様な、青年の事を。
笑って言った大人に、子供が見せたのは、泣き笑いの様な気配だった。
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