「・・・・・・・・・・・・ナルト、お前は何か知ってるのか?」
静かに訊ねた傷の忍の言に。のたり、と俯いていた顔を上げれば、其処で何時に無く真剣な眼差しとぶつかり。
「知ってるんだな、ナルト。くんがこうなってしまった理由を」
「・・・・・・・・・・・・こうなってしまった、理由?」
続いて、静かに告げられた銀糸の言葉に、鸚鵡返し。
金の子は自虐気味にくつり、と口の端を歪めた。
「――――――んなもん、何処にも在る訳ねーだろ」
せせら笑う様な物言いに、思わず頭に血が昇り。
しかし其れは、続けられた金の子の声に、一気に冷める。
「だって此れが、本来のなんだから」
空気すら引き裂く、其の言葉。
瞠目する、眼。息を呑む、気配。
常の雰囲気を綺麗に払拭して、吐き捨てられた其れ。
意味を脳が理解するのに、時間が掛かった。
「・・・・・・・・・・・・はは、は・・・・・・な、何だよナルト。お前、ソレ。こんな時に、んな、笑えねぇ冗談・・・・・・・・・・・・」
引き攣った笑みを零すのは、犬使い。
だって信じられる筈が無い。彼は何時も笑っていた。誰と居ても。何処に居ても。
時に悪戯が成功した幼子の様に。時に子を宥める大人の様に。楽しげに可笑しげに。何時も、何時の時でも笑って――――――
「――――――冗談だったら、どれだけ良かっただろうな」
犬使いの言葉に反応したのは末裔。足音も無く、金の子に続いて室内へと進み。
「だが此れが現実だ。今まで俺達が見てきたのは全て、の作られた仮面・・・・・・・・・・・・周りの人間の思考や表情なんかを模写していたに過ぎない」
「・・・・・・・・・・・・『模写』、だと?『演技』じゃなくてか?」
掛けられた疑問に鷹揚に頷き。ちら、と流し見た視界に映るのは、策士の顰め面。
そう。彼れは模写だった。演技などと云う裏のある物では無い。
何も知らず何も見ず何も教えられず、只闇に閉じ込められていただけの子供は、周りの人間を見て、思考を、言動を、表情を覚えた。
情緒などと云う物が育ち切る前に。
己を妖の器だなどと言い切る、確固たる自我――――――否、この場合は揺ぎ無い現実と云うべきか――――――を持って。
只、覚え。見様見真似で、表面に張り付かせただけなのだ。其れ等の意味を、真に理解せぬまま。
黄昏の色が窓から見える。
夕日の朱に部屋の白は薄く染まって、動かぬ青年の姿はまるで一枚の絵の様に。
「・・・・・・・・・・・・じゃから、言うたじゃろう」
耳が痛くなる程の、静寂の中。音の無い刻。時が止まった空間。
横たわっていた沈黙を破ったのは、背後からの、声。
振り向けば、音も立てず気配も幽かに。佇む此の屋敷の主。
「ほ、火影様・・・・・・・・・・・・」
突然の出現に、取り残された下忍や大人二人は急ぎ姿勢を改めようとし。
しかし老人は、良い、と小さく手で制して。
見詰めるのは、金の子の背と末裔の涙一滴。
「覚悟は、出来ておるのかと」
其の声音に、ひくり、と肩を震わせたのは末裔。
胸が痛む程の哀しみを、黒い虹彩に詰め込み老人を見て。其れから、ゆるり、と首を振る。
「・・・・・・・・・・・・覚悟、など。元より必要など在りはしなかった」
否が応も無く、訪れる事だったのだから、と。
妖が取り残されたのなら、青年の存在は此の世から消滅したと同じ。
例え青年が取り残されても、失ったものの大きさ故に、彼は今度こそ、本当に壊れるだろう。
何故なら、宝玉こそが、彼の宝。至高――――――生きる、意味。
人。妖。どちらが取り残されても、同じ時を過ごした彼は、二度と、戻らない。
だからこそ、自分達は受け入れるしか無いのだ。此の現実を。
彼は、此れ以外の道を残してはくれなかったのだから、と。
そして、金は。
「・・・・・・・・・・・・必要、なのは。此れから先の、覚悟だろう」
ぽつぽつと、呟く。固めた拳から血を滲ませ。肩を小さく震わせて。
彼が、何の為に生きているのか、なんて。そんな事は知っていた。判っていたのだ。
けれどどうしても、其れを変えたかった。
只の自己満足なのかも知れない。彼にとっては迷惑だったのかも知れない。其れでも。
器として隔離されていた子供に、人として生まれた事を知って欲しかった。
自分達から愛されている事を理解して欲しかった。自分達に想いを向けて欲しかった――――――幸せに、なって欲しかったから。
深い決意を秘めた声音に、諦観を見せていた末裔が金の子を振り返る。
時折紅くなる黒い瞳を見返した蒼は、強い煌き。
「取り残されたのが宝玉なら、こんな風にはなってない・・・・・・・・・・・・コイツは、だ」
だから、まだ。大丈夫だ、と。全ての望みが絶たれた訳では無い、と。
しかし末裔は、其の言葉に唇を噛み。
「・・・・・・・・・・・・ああ、そうだろうな。だがは変わらない。変えられなかった、俺達は・・・・・・・・・・・・!!」
だから、もう。無理だろう、と。自ら変わろうとしない者に幾ら期待を寄せても、無駄だろう、と。
其れが、金の子の慟哭の理由。其れが、末裔の涙の理由。
其れでも、と。金の子は言うのだ。強い決意を湛えた瞳で。
「其れでも、はまだ、生きてる」
不幸中の幸い。一縷の、望み。未だ、絶たれていない命。
四季は巡る。花は再び蕾を付ける。汚れは洗い流せる。傷は、癒える。
ならば。壊れたものは?――――――決まっている。直せば良い。
壊れた先から、もう一度。最初から、積み上げれば。
死なれてしまえば、其れすらも出来なくなる。
「何度、壊れても。其の度にオレは、最初から遣り直す・・・・・・・・・・・・諦めて、堪るか」
諦めない。
己の望み。ほんの一握り、己の大切な者達の幸福を。
其の大切な者達の枠の中、最も中心に近い場所に位置する、彼の、本当の笑みを。
其の言葉に、末裔が返す言葉を失くす。老人が、片眉を跳ね上げる。
其の気配に、金の子は肩越しに振り返り。
「お前も今更挫けてんじゃねーよ、サスケ」
彼が孕む闇は相当深いと、そう言ったのはお前だろう?
其れでも、何時か日の下に引き摺り出してやると、決めただろう?
に、と不敵な笑みを浮かべ。挑戦的な強さを瞳に湛えて。
金の子が真に強いと思うのは、こういう時だ。挫折を知り、壁にぶち当たって。其れでも己の信念を曲げず、前へ前へと直走る。
其の強さを目の当たりにし、漸く末裔もそうだな、と小さく、しかしはっきりとした声音で応えを返した。
だからと云って、自分達が願う望みは、叶うかどうかも判らないとてもとても希薄なものだったけれど。
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