見 放 さ れ 取 り 残 さ れ 其 れ で も 尚
幾つもの貌を持っていた。
春に綻ぶ花の蕾の如く。
在る時は夏の日差しの様に。
又、時には鮮やかな紅葉揺らす穏やかな風に似て。
そして時折、掌に落ちた雪が溶ける様な。
思い出すのは、只、笑顔。微笑み。微笑。
印象深い、四季の雰囲気を纏う人。
光量少ない廊下は薄暗く、まるで雲に覆われた冬の低い日。
其の中を黙々と、前を見据え進む金の子と悲劇の末裔の後を、子供達は追う。
掛ける声も無く。掛けられる言葉も在り得ず。響くのは、只、足音。
其処へ、折重なる様に響いた音があった。
ふ、と視線を上げれば眼と鼻の先。目的地の扉を開けて中から出てきた人、二人。
「・・・・・・・・・・・・イルカ先生」
「・・・・・・・・・・・・ソレに、カカシ先生も」
呆然とした紫服の少女の呟きに、春色の少女の言葉が続く。
子供達に気付いた大人二人はと云えば、ほんの僅かに驚いた様な顔を見せ。
「お前等、どうしたんだ雁首揃えて」
直ぐ様笑顔を浮かべ掛けて来た言葉。其れは何時もの傷の忍の声音で貌だ。
しかし金の子は、最早『表』の顔を取り繕う事も無く。ひたり、と静かな眼を二人に向ける。
「イルカ先生、は?」
末裔の問いに、子供達の目的が判った大人達は、視線を泳がせ。
「あー・・・・・・彼は、今、ちょっと・・・・・・・・・・・・」
「すっごい高熱出しててね。今よーやっと寝たトコなんだよ」
言い淀む傷の忍の横から、銀糸の科白。傷の忍は思わず彼の顔を見、其れから慌てて会話を繋げた。
「そ、そう!今寝てるんだ。くんに会いに来たんだろうけど、今日のトコは諦めて、また日を改めて来なさい」
「そうそう。病人は療養が一番なんだから。お前達がいちゃ、ゆっくり休めるモンも休めない」
片や苦笑し。片や飄々と。扉の前で、行く手を阻む様に。
しかし其の言葉の端々に見え隠れするぎこちなさ。自分達を追い返そうとする、画策。
金の子の、末裔の、纏う空気の温度が更に低くなる。
「仮にも教師のクセに、見え透いた嘘を吐くな」
「御託は良いからさっさと其処をどけ」
言い捨てながら、二人の子供は銀糸と傷の忍を脇に押しのけ間に割り込もうとし。
「お、おい、ナルト、サスケ」
「だーから、今はダメなんだって」
金の子と末裔の口調に鬼気迫る気配に困惑しながらも、大人二人は通すまいと押し問答を繰り返す。
其の拍子に、ぱさり、と落ちた、白い布。
しまった、と。大人達が思った時には既に遅く。
自然、其処に集まる視線。白い布に包まれていたのも又、長い白。しかし其処彼処を染める、斑の紅。
「何、コレ・・・・・・・・・・・・包帯?」
春色の少女が其の正体を見極めた。後に他の子供達もが騒ぎ出す。
「ええっ、もしかしてさん、怪我してるの!?」
「ソレじゃ高熱ってのも、その所為か?」
「・・・・・・・・・・・・ああ、実は、そうなんだ」
「ちょーっと、任務でミスったらしくてね」
飛び交う幾つもの質問に、銀糸と傷の忍は困った様に笑いながら答える。
しかし、と。其の答えを聞きながら眉を顰めたのは悲劇の末裔。
彼の傷の治りは目まぐるしい。特異体質だと以前に聞いた。
ならば何故、此の血の紅は未だ生々しく、乾き切っておらぬのか。
「――――――まさか、」
「・・・・・・・・・・・・自分で、やったのか」
ハッ、と。大人を見上げる末裔の横で、金の子がそう、呟いた。
其の顔は未だ俯いたまま。足元に落ちた布の斑を、凝視して。
其の言葉に、末裔は泣きそうな表情を浮かべ、銀糸は眼を眇めて、傷の忍は息を呑んだ。
背後の子供達が小さな背を見詰める。微かに震える、小さな金の子の。
「・・・・・・・・・・・・ナルト」
「アイツは、また、自分で・・・・・・・・・・・・っっ!!」
末裔の呼び掛けに、金の子は勢い良く顔を上げた。
障害となっていた筈の大人達が止める間も無く、見据えた、扉を壊す程の勢いで、開ける。
途端、鼻に付くのは血の香。
「・・・・・・・・・・・・無駄では無いと・・・・・・・・・・・・言ったのに」
一歩、踏み込みながら。独り言の様に、呟く。
生活感の無い部屋。白い壁。白い天井。木目の綺麗な箪笥と、机。
「オレやサスケでは、駄目だったのか・・・・・・・・・・・・?」
閉め切られた大きな窓の、其の直ぐ傍に在る、ベッド。
其処に座る、痩身の青年。
ことり、と微かに傾いたままの首。壁に背を預け。投げ出された様な左腕。其の手首に絡まる、紅く染められた包帯と、肉が見える傷。
「オレ達じゃ、お前をこっち側に繋ぎ止める事は出来なかったって云うのか・・・・・・・・・・・・?」
人の気配にも、声にも。何ら反応を返す事無く。
生気など微塵も感じられない。けれど微弱な、陽炎の様な妖気。
虚ろな双眸は、太陽の朱金と月の青銀。
――――――まるで置物の様だ。
好奇心に負けて部屋の内部を覗いた犬使いは眼を見開いた。
春色の少女は口元を両手で覆い、旧家の少年は持っていた御菓子の袋をぽとりと落として。
策士や蟲使いは眉を顰め、紫服や百眼の少女は見ていられぬとばかりに眼を逸らす。
四季纏う人の、予期せぬ姿。表情も感情も何も無い、只、精巧に作られた人形の様な。
嗚呼、と悲劇の末裔が嘆息する。其の頬を伝い落ちたのは、一滴の、涙。
「――――――答えろよ、・・・・・・・・・・・・!!」
金の子の悲痛な叫びに、けれど眼前の青年は、瞬き一つしなかった。
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