突如、黒から変わり現れた虹彩の輝きは、妖しく。

 サスケですら、見るのは初めてであったその色彩に、他の敵も下忍も息を呑み。

 しかしナルトだけは、一筋の冷や汗を流した。



「・・・・・・・・・・・・やべぇ」



 ひしひしと、から感じられる気配。其れは以前、満月の夜に見せていたモノと同じ――――――否、其れよりも昏く激しく。

 目覚めた、彼の中の狂気。妖の、気配。



「ナルト?」

「何がヤバイんだよ?」



「――――――が、狂う」



 ナルトの蒼い瞳は、に注がれたまま。押し殺した様な呟きに、下忍達が瞠目する。

 その、少年少女達の、目の前で。金銀妖眼が、敵を見据え。

 無造作に片腕が持ち上げられたと思った瞬間。ゆらり、との身体が霞んだ。



「っ、お前等、見んなっっ!!」



 結界の中で、身動きの取れないナルトが背後の同期達に向かって叫ぶ。

 有無を言わさぬ厳しい響き。しかし、その言葉が彼らの脳に浸透するよりも早く。



「なっ!?」

「は、早――――――!!」



 呟かれようとした敵の二つの声音は、最後まで紡がれる事無く。突如、背後に出現したの掌に、其々後頭部を掴まれ。

 大地に減り込む、頭。

 ぐしゃり、と肉と骨の潰れる音が木霊し、舞った脳漿と血飛沫が、ぴちゃり、との頬に撥ねた。



「――――――ひっ」



 引き攣った、サクラの声。其れを引き金とする様に、出遅れた他の敵忍達が動き出す。



 間合いを詰められ、僅かに体勢を低くしたの頭上に振り下ろされようとする忍刀。

 は其れを手甲で受け流し、開いた相手の脇腹に手刀を打ち込んだ。

「ぐわぁああ――――――っっ!!」

 体内の臓物を掴まれ、引きずり出された忍が転げ周り悲鳴を上げる処へ、其の喉を無造作に踏み潰し耳障りな声と息の根を止め。



 飛び掛るクナイや手裏剣を全て紙一重で交わしながら、忍術を発動させようと印を結んでいた忍の懐内に、瞬く間も無く潜り込み。

 ――――――其の男が最期に見たものは。

 愉悦に彩られ、持ち上げられた口角と。そして、美しく輝いているのに何処か虚ろを思わせる、色違いの双眸だった。

 身を引くよりも早く、喉を刺し貫き、掻き裂いたのはの左の指5本。



 其の、身体が僅かに静止した瞬間。この機を逃さず、残り4体の敵忍達は、持てる限りの刃を火遁や土遁の術をに浴びせ掛けた。

 誰もが、盗った、と。土煙や焔の中に斃れる木の葉の忍の姿を確信し。

 ――――――しかし。



「・・・・・・・・・・・・あ?」

 どん、と。

 背後から衝撃を受け、1人の忍が呆然と口を開き、己の胸から生えた血みどろの、しかし白い手を眺め。

 其のまま、声も無く倒れ屍と化した。



 金銀妖眼は、最早其れを写す事無く。否、何も写さぬ。只虚ろ。

 けれど其の口元に履く笑みの妖艶さ。



「・・・・・・・・・・・・ば、化け物か・・・・・・・・・・・・!!?」

 誰かが呟いた。引き摺られる様に、敵忍達の足が一歩、又一歩と後ずさる。



 此れは化け物だ。そうに違いない。

 荒削りに見えるが、無駄な動きは一切無く。術も忍具も行使せず、只身体のみで敵を屠り全身を暗い赤に染める其の姿。

 何より、下忍を庇い負った傷は何れも軽い物では無いと云うのに。痛みや鈍さなど微塵も感じられぬ。

 人に在らざる酷薄さ。残忍さ。恐ろしさ――――――化け物だ。コレは。敵う訳が無い。こんなモノに。



 恐慌状態に陥った彼らが咄嗟に判断したのは、、逃げの一手。

 しかし、其れは叶う事無く。

 何時の間にやら、彼らの身体は、地に縫い止められ指一本すら動かせぬ状況に貶められていた。



「逃がすと思ったか?」

 硬質な響きの声音。くつり、と歪むの指に絡むのは、髪より細い鋼糸。

 其の足が、殊更ゆったりと絡め取られた憐れな忍達の元へ近付く。



「ひっ・・・・・・・・・・・・く、来るな・・・・・・・・・・・・!!」

 恐怖に顔を引き攣らせる男達。は更に、笑みを深く刻み。

「お約束だとは思うがな。一応聞かせて貰う――――――何処の、忍だ?」

「っっ・・・・・・・・・・・・」

 すい、と顔を近付けたに、忍達は口を噤む。其の様に、はくつくつと喉を鳴らす。

「・・・・・・・・・・・・言う気が無いのなら構わない。死ね」



 くん、との指が動いた。

 其の瞬間、捉えられた忍の1人の身体が、絡められていた鋼糸によって切断される。

 見るも無残に。人の原型を留めない程に、細かく。



 最早声すら上げられず瞠目する残り2人の忍に、酷薄な笑みを浮かべたままは振り返った。

「さて、お前達には言う気があるか?――――――無いだろうな」

 くつり、くつくつ。

 笑いながら、見せ付ける様に鋼糸が絡まった指を、持ち上げ。先程と同じ様に動かそうとした・・・・・・・・・・・・其の、時。



 ふわり、と。後ろから暖かいモノに抱き締められた。

「止めろ、宝玉」

 耳元で、制止の声。

 ちらり、と肩越しに振り返れば、恐らく変化の術を用いて身長を高くしたのであろうナルトが、の顔を見下ろしていた。



 何故、彼が己の元まで遣って来ているのか。どうして彼にこんな事が出来るのか。あの結界は、幾らナルトでも壊すのは無理なのに。

 そして更に背後に眼をやって、ああ、と納得する。身じろぎさえ忘れた下忍達の足元。地面に書かれた血の陣形が崩れていた。

 恐らく戦闘の時、うっかり踏むか何かしてしまったんだろう。矢張り付け焼刃の陣は使えない。



「そいつらはとっくに戦意を喪失してる。だからコレ以上、の身体で人を殺すな」

 再び、耳元で声。鋼糸を絡ませた指を包み込み、柔らかく其れを取り上げる両手。諭す様に、金銀妖眼を覗き込む哀しげな蒼い瞳。



 は小さく首を傾げた。

 ぱちり、と瞬き1つ落として、双眸の金と銀は黒に変わり。血に濡れて重くなった黒髪が、僅かに動く。



「何言ってんだ、ナルト?俺はだ。ソレにこの器は元々、宝玉の為に用意されたモンだぞ?」

「違う!!・・・・・・・・・・・・何でアンタは何時も何時もっっ!そうやって自分をいらないモノみたいに言うんだよっっ!?」



 否定の言葉は痛々しく。其の響きは、表しか知らぬサクラ達はおろか、裏を知るサスケですら聞き慣れぬもので。

 しかし其れに、は至極自然に答えるのだ。まるで当り前の様に。



「え、だって実際いらねぇじゃん『俺』なんか」



 自我など必要無い。己が在るべき意味は無い。生きていく理由も持たない。無価値の存在。

 其れこそが己の真実だと、信じ切って疑いもしない、人。



 言葉を失ったナルトの眼が更に哀しく歪む。

 其の蒼の色彩に、は片手を持ち上げ、金の髪を梳こうと指を伸ばし――――――しかし其処にこびり付く赤い色に、触れる寸前で留めた。



「・・・・・・・・・・・・あのさあ、ナルト。お前の目にどう映ろうと、今の俺は正真正銘の『』だ。人を殺しても笑っていられんのは、俺の方だぞ」

彼女≠ヘ絶対、泣くからな。



 ほう、と。苦笑交じりの吐息を零しながら振り向き言うに、ナルトはもう、何も言わない。

 言えなかった。




 




 




 




 

普通であろうと思ってもやっぱりドコか壊れているのです。





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