快晴。
下忍としての任務を終え、手持ち無沙汰になったナルトは其の足で火影邸に向かっていた。
「畜生・・・・・・絶っっ対、聞き出してやる」
昨夜。
鬼の面の暗部は報告を終えるや否や皆の前から音も無く消え去り、声を掛ける事すら出来ず終い。
火影も其れが当然の如く飄々としていたものだから、切欠を失い明日の下忍の任務の為に執務室を後にした。
脳裏に浮かぶは、最初から最期まで根無し草の様に捕らえ所の無かった、忍。
其の気配の曖昧さに、昨日の事はもしかしたら手の込んだ幻影なのでは、とも思ったが。
確かに人の肉を絶った感触が、此の手には未だ残っていて。
艶やかに哂った、鬼の面の声も。
彼の、己を庇い傷を負った血の香りも。
月の光に美しく映えた、白い細い、指先すら。
覚えているのだ。鮮明に。明確に。起こった事全て、何もかも。
名のある忍達と行動を共にして、遅れを取らず。
忍術では無い術を駆使して異形を倒し。
『夜』である己と同じく、殆ど姿を表に現さない、暗部。
知りたい、そう思った。
不可解な術の正体を。
軽やかな身のこなしからは推し量れなかった、力量を。
彼の人が、どういった人間なのかを。
其れは正しく、猫をも殺す好奇心。
初めて見付けた、恐らくは己と同等の力を持つであろう、『月』への興味。
火影ならば全てを知っている。
そして、何だかんだ言いながらも結局は己に甘いあの老人が、渋々ながらも其の正体を己に明かすであろう事は、想像に難くない。
此れは、勘だ。
だが、今迄外れた事が無い、確実なものだ。
「洗いざらいゲロしてもらうんだからな」
そうしてナルトは、決意も固く火影邸へと向かう。
しかし、出鼻は挫かれた。
「じーさまなら、今日は朝から出掛けてるぞ?」
相も変わらず土に塗れ、ナルトの嫌いな明るい笑顔を振り撒きながら。
ナルトを出迎えたはそう言った。
(逃げたな、あんの狸爺・・・・・・)
恐らく、今日にもナルトが押し掛ける事を想定していたのだろう。素早い。余りにも素早い反応だ。
しかし所詮は其の場凌ぎ。何時までも逃げ切れるものでは無い。
「なんだ、お前もじーさまに何か聞きたい事あったのか?」
表情だけはしょぼくれ、しかし内心戻ってきたらどう追い詰めてやろう、と不穏な事を考えていたナルトであるが。
頭の上から降ってきたの声に目を瞬かせた。
「『も』?ってコトは、他にも誰か来たんだってば?」
「ああ。朝にイビキさんが酒持って来ただろ。昼頃にはアンコ姐さんが団子持って来ただろ。ちょっと前には、カカシ先生も来たぞ」
イカガワシそうな本何十冊と持って。
じーさまいないっつったら、みんなガックリって感じで帰って行ったけど。
指折り数えながらが上げた名前は、全てが昨日の晩の面子。
思う事は皆同じかと、ほんの僅かに胸の中で嘆息。しかも何だ其の手土産は。特にカカシ。
あんな者が上忍、しかも嘗て暗部だったとは。木の葉の未来も明るく無いな、と本気で思う。
思わず心から沈痛な顔をしてしまったナルトに、は何を思ったのか。
「あー・・・あっそうそう、俺さー今日ヒマだヒマだっつって菓子類色々作り過ぎたのな。じーさま甘いのダメだしさー。どーしよっかなんて
思ってたんだけど。ナルト甘いの好きだろ?食ってけよ。なっ?食いながら待ってたら、その内じーさまも帰って来ると思うし」
確かに甘いもは好物、の部類に入る。
しかし嫌っている人間相手に、演技をし続けるなどストレスが溜まるだけだ。
其れでも矢張り、誰よりも早く『月』の事を知りたい、という気持ちがあって。
甘い菓子と、『月』の情報と。そして、ストレスと。
「お菓子!?食べるってば!!」
一瞬の葛藤の後。
結局ナルトは、『表』の仮面を、有効活用する事にした。
「着替えてくるから、ちょっと待ってろ」
と、ナルトを居間へと通したが自室へ篭ってから、優に十分。
たかが着替えにどれだけ時間を費やすのだと、ナルトは苛立ち席を立った。
居間を出て、長い廊下を渡り記憶しているの部屋へと向かう。
微かに開いた扉。中を伺えど人の気配は無い。
「にーちゃん?いるのかってばよ?」
応えなど無いと、判り切った事を聞きながらするりと室内へ。
案の定、其処にの姿は無かった。
在るのは、質素なベッドと机と箪笥。
「・・・・・・ちっ、何処行きやがったんだ、アイツは」
思わず素の口調で漏れる悪態。
踵を返し出て行こうとした処で、何かが視界の端に、引っ掛かった。
「・・・・・・?」
何処かで見た事のあるものを、見た様な気がする。
振り向き、見渡す。何の変哲も無い部屋。少々、どころか可也物は少ないが。
気のせいか、と再び扉に向かおうとした処で――――――
漸く、其れが目に入った。
窓の下に置かれた机の上。転がる、紅。
石ころ程度の大きさの、陽の光に反射し煌く数個の欠片。
机に近付き。右の親指と人差し指で其の内の一つを摘み上げ。片目を眇め陽の光に当てて見る。
如何して。
如何して此れが、こんな処に在る。
其れは見間違う筈も無い。
昨夜『月』が拾っていた、紅く透明な石の欠片。
「あれ、ココにいたのかナルト」
不意に、背後から声を掛けられ反動強く振り返る。
其処には不思議そうにナルトを見やる、の姿。
迂闊だった。
幾ら驚愕に支配されていたとは云え、近付いてきていた他者・・・・・・しかも忍でも無い者の気配に気付かぬとは。
しかし其処で気付く。
の――――――彼の纏う、気配の不自然さに。
我が、無いのだ。
百の人間が居れば、百の気配があると云うのに。
其々が、微妙にしかし確実に、違ったものであると云うのに。
例えるならば其れは大気。或いは自然。或いは透明。何物にもならず、又何にでも溶けて同化する。
其処に在るのが当り前で。当り前過ぎて意識すらしない。
此れ程に、人目を惹く要素を持ちながら。彼れ程に、印象深い笑みを浮かべながら。
――――――否。だからこそ、今の今迄、気付けなかった。
「もしかして捜してた?やーわりぃわりぃ。手とか顔とか洗ったついでに洗濯機回しててさー」
朗らかに笑いながら後頭部を掻き。「行こうぜ」などと言いながら部屋を出ようとするの足を、留めさせる。
「ナルト?」
呼ばれた声すら無視して掴んだ、左腕。
細い白い指が記憶の中のものと重なる。
捲り上げた長袖の、二の腕部分には、白い、白い包帯。
昨夜、己を庇って負傷した。
「――――――お前が、『月』だったのか」
低い。低いナルトの断定じみた問い掛けに、暫くの間を措いて、漸く返された声音は。
「ご名答だよ。『夜』」
艶やかな、鬼の面の笑み。
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