ゆらり、と蠢くは躯。
ある者は皮一枚で繋がったままの首をだらり、と下げ。
ある者は裂けた肉の間から臓物を食み出させ。
開き切った瞳孔。鬱血を認める顔。既に息など無いと、其の出で立ちで判るというのに。
クナイを手裏剣を陰剣を構え、攻撃を仕掛ける、死人達。
しかも其々、生前よりも切れを見せる技。
「おいおい、マジかよ」
イビキが避けた手裏剣は、背後から陰剣を振り翳していた躯の胴に深々と突き刺さり。
「ちょっと、何よコイツラ本当に死人!?ってゆーか、死人が動くなんて事事態、アタシ今まで聞いた事無いんだけど!?」
見事な回し蹴りを披露したアンコは、振り向き様に傍にいた躯の頭を落とす。
「火影様もまあ、少々、どころかかーなーり、厄介なモン押し付けてくれちゃって・・・・・・」
俺達で無ければ速攻殺られてたね、と。軽口めいた言葉を吐きながらも真剣に躯の腕を切断し脚を貫くのはカカシ。
しかし、元より相手は当の昔に只の無機物と化してしまった肉の塊。其処には、意思も躊躇も痛覚も存在せず。
「・・・・・・ちっ」
己がチャクラを練り込んだ細い細い鋼糸。
其れに拠って一体の躯を真っ二つに断ち割ってみせたナルトは、其れでも蠢く其のおぞましき姿に、忌々しげに舌を打つ。
斃れる事を知らぬ敵。如何に技量は己達の方が上といえ、此れでは此方が消耗するばかり。
そんな中。何処までも飄々とした雰囲気を崩さぬ鬼の面の暗部は。
「だーから先に帰れっつったのになー」
場にそぐわぬ、何処までも明るい口調で、そうのたまう。
「あーもうっ!!いい加減にしてよ鬱陶しいっっ!!」
持久力切れか、はたまた嫌気が差したのか。等々アンコが膝を付いた。
好機、とばかりに彼女に群がる、躯達。
他者にまで気が回らなかった木の葉の忍達は、一瞬出遅れた。
一瞬の、気の緩みが直ぐ様死に繋がる。誰もが視た、此の後の最悪のヴィジョン。
――――――しかし。
「言霊とは 云うに即ち 神の霊まして 助くる由也」
凛、と。囁きにも似た声音が、彼女と躯の間に響く。
崩れたアンコの前に立ち、死人を見据えるは、鬼の面。
すい、と白い指が宙を舞った。
「ひと」
びくん、と。躯が痙攣する。
「ふた」
がしゃり、かしゃん、と。手にしていた刃が地に落ち。
「み よ いつ むゆ なな や ここ のたり ふるへ ゆらゆらと ふるへ」
どさり。ずるり、と。
訳も判らず動いていた、人形が只の肉の塊へと戻り逝く様は、いっそ見事な程に滑稽だ。
「草も木も 我が大王の国成れば 何処も鬼の 住む処無し」
『月』の指は、何時の間にやら躯の影の上。
其の姿に先程までの雰囲気の掴み難さは無く。
只。只静謐なまでに冷めた闇の気配。
「何処も鬼の 住む処無し」
オオォ――――――ン
何処かで、獣の遠吠えの様な声が、した。
ざあ、と木々が揺れる。雲が動く。枝葉の影が動き、降り注いだのは微弱な細い月の光。
其の、光の中で。
「――――――――――――っっっ!!?」
息を呑む。目を、瞠る。
白い指の下。肉の山が作った影。
其れが、質量を持った物の様に、競り上がっていた。
質量を増し蠢く影の塊は、ずるりずるりと白い指から遠ざかり。
次第に輪郭すら持ち始め、顔の様な部分に、濁った血の様な二つの光りが灯る。
其れは、人と形容するには余りにも。
余りにも、醜悪な容。
「うげ」
背後でカカシが息を呑む。
大きさは優に人の大人の二倍程。影色の、恐らく膿み腐った時の様な肌の表面をして。
型はヤモリに似ているが、八本の脚と二股に分かれた太い尾の、其れは正に異形、であった。
死臭。腐臭。醜悪な匂いが経ち込める。
ギィギィと奇声を発していた其れは、ぬらり、と黄色く光る牙を見せ付け。
瞬間後。再び、木々の影に溶け込む様に姿を消した。
辺りに充満する妖気。忍達は気配を探る。
刃の様に細い月の光は再び、雲に隠れ。
ざわり、と影が蠢いた。
動く大気にイビキがはっ、と振り返る。
目前には、目を合わせるのもおぞましい、異形の姿が――――――
刹那。
「縛」
凛、と。転がる鈴の様に。清涼に響いた其の音に。
縫い止められた異形の動きが、宙で留まった。
「てめー如き三下が、俺から逃げられるワケねーだろ」
くつくつと。嘲りさえ含めた楽の様な声音が、場を支配する。
其の、音源である『月』の手には何時の間にか、細く長い帯状の呪符。
はらり、と。風も無いのに其れが白い手の中から流れ。
「てめーがコイツ等に憑いてなきゃ、俺は今頃惰眠貪ってられたんだ」
だから、其れなりのオトシマエは、付けてもらうぜ?
異形に撒き付いた呪符は、じゅう、と肉を焼き。
徐々に食い込み、奇怪な悲鳴を、上げさせる。
忌ワシヤ 呪イノ血ヲ引ク 人ノ 出来損ナイノ 分際デ――――――
口惜し気に、人の言葉で発音で、発した異形の不協和音に。
『月』の気配が、愉しげな艶やかさを纏い。
「其のデキソコナイに、ヤラれるてめーはやっぱ、三下だよ」
呪符が流れ、空となった掌をぐ、と握り込む。
ギィィイイアアアア――――――!!
咆哮を上げる、異形を包んだ青白い焔は一瞬にして消滅し。
燃え尽きた呪符の中、ぼとりと地に堕ちたのは、紅い、しかし透明度の高い水晶の様な石の欠片。
ゆたりと歩み寄った『月』は、其れを拾い上げ。
「任務完遂、っと。――――――んじゃ、帰りましょっか?」
只。
只、呆然と。
事の成り行きを見守るしか出来なかった、四人の忍に。
軽い、言葉を投げ掛けた。