闇に、満月。
明る過ぎる其の蒼は周りの星の存在を消し。
微かに、ほんの微かに鉄錆の香りを其の身に纏わり付かせた少年は、ふと足を止めた。
木々が密集する、深い森。禁忌とされる以前より人を寄せ付けなかった、森。
其の中に、己以外の人の気配を感じたが故に。
息を殺し、先を伺う。静、と静まり返った大気。時折風が葉を揺らし、虫の音が囁く。
「・・・・・・気の所為か・・・・・・?」
夜に溶け込む様な出で立ちの、しかし目映いばかりの金の髪を揺らす少年は、小さく小さく呟き。
しかし、其の直後。
細く細く伸ばされた、切れる寸前の蜘蛛の糸の様な。
最期を悟った小さな蟲の鳴き声の様な。
頼り無い、しかし其れは確かに人の気配。
――――――其の、気配が。
霞にも幽玄にも似た其れが何故か気になり、足を向ける。
音も無く、木の枝を蹴って。呼吸をするよりも簡単に、気配を殺したまま。
開ける、視界。
ざあ。
と、風が啼いた。
そして見た光景に、思わず瞠目。
森の中、ぽかりと開いた。揺れる、草の海原。
月の光が全てを暴く。
其の地を満たすは血臭。猛毒の様に甘い死臭。
転がる腕、転がる脚、転がる胴・・・・・・転がる、首。幾つもの、幾重にも。
ならば其処彼処に散らばる彼れは脳漿か臓物か。
其の只中に、唯一五体満足に佇む、人独り。
顔や腕や脚に、深い深い赤を浴びて。
血を吸った黒髪は妙に重々しく。
死人の様に白い両の手を、どす黒く染め。
其の片方に持つは、中指と親指が落ちた腕。
其の人物の貌を、少年は知っていた。
知っていたが為に、驚愕は大きく。
知っていたが為に、声すら掛けられず。
次の瞬間、思わず左の掌で口元を覆い、上げそうになった声を抑えた。
凝視する視線の先。手にしていた人の欠片を持ち上げた彼の人は。
紅い肉に歯を立て――――――喰い千切った。
ゆっくりと。何処か機械的に。咀嚼し、飲み込み。そして又喰い千切る。
血に染まった口元は、艶かしく濡れ。
限り無く透明な、果てし無く虚ろな目で。
人であった、残骸を。
只。只静かに喰らい続け。
其れは正に。
阿鼻驚嘆の。
地獄絵図。