ナニ、アレ。

一体、何なの、アレは。





目に見えて蠢く靄。

俺様が操る影に、似てなくもない。

魔王のお姫様が操る闇にも、近い。

だけど、そんな生易しいモンじゃない。

夜よりも闇よりもなお深い、アレはこの世にあってはならないモノだ――――!!





「わん!!がうがう、わう!!」!!お館様ん中に戻る、アイツ!!)

「んなっ!?祝詞であぶり出せないってどんだけ!?!?」

「わうっ、わおーん!!」(ちぃっ、幽神!!)





がぶんっと首を振る。

ソレと同時に、大将の口の中に再び入ろうとしていたソレの蠢きが、目に見えて遅くなって。





!!お前小槌持ってないの!?」

「がうわう!!わうわうわん!!」(俺がもらったんはこの身体だけだ!!アイテムはもらってねぇ!!)

「うーわーもーつっかえないなぁ!!」





がしがしがし、とちゃんが大勢低くしてぐるるる唸ってるの横で頭を掻き毟った。

そうこうしてる間に、小助も才蔵も、騒ぎを聞き付けた他の忍達も、集まってきて。





「長!!ご無事で・・・って、何なんですかアレは!?」

俺様が知りたいよそんな事。

「毒の霧・・・・・・!?いや、違う・・・・・・!!」

そんなカワイイもんじゃないね。少なくともアレには、意志がある。

「お館様・・・・・・!!」

霧状のもんが、自分から、大将の口の中に納まりに行くなんて、意志がなければありえないでしょう。





背中にイヤな汗をかきながら、心を落ち着けようと息をひとつ。

「・・・・・・ちゃん。アレ、ナニ」

そして、ちろん、と横を見た。

「アレが、大将の病の原因なの」

館に着くまで、異形を薙ぎ倒してきた相模の『鬼の子』を。

「アレも、もしかして妖怪なの」

アレの正体を知ってるだろう、白い狼を。





やがて、ギリギリと黒い霧を再び身体に納めた大将を睨みつけながら。

ちゃんは、絞り出す様に言葉を吐き出す。





「――――――エキビョウ、だ」





えきびょう。

ソレが、あの黒い霧の名前?

「人の身体の中に巣くって、空気を汚して、草木を枯らして、土を痩せさせる。そんな毒を、瘴気を撒き散らす。」

人の、身体の、中に?

「っっ、じゃあっ、大将は!?」

大将はどーなんの!?

「・・・・・・毒に侵されて死ぬ。」

「んなっっ・・・・・・っっ!?!?」





思わずガバッ!!と顔を向けた。

――――その、ちゃんの、金の眼は。

あの時、夜の森の中で見た時と同じ、『鬼』の顔。





「普通の人間ならとっくに死んでる。甲斐の虎だからこそ、今まで保っていられたんだろうよ」





ドコまでも何処までも。

澄んで尖って刺さりそうなくらいに痛い気配。

――――――ぞくり、と。

悪寒が奔ったのは、決して俺様だけじゃ、ない。





。引き摺り出すぞ」

「わふ?わうわうわうん・・・・・・」(え?でも祝詞でもあぶり出せねぇって・・・・・・)

「謳ってやる」





一歩。

ちゃんが部屋の中に脚を踏み入れた。

ソレだけで、警戒するかの如く濃くなる大将を包む靄。

「謳ってやるから――――――うまく引き離せよ、?」

「わん!!」(がってん!!)

二歩目。

ちゃんは、持ってた鉄扇をトスッと畳に刺した。

そして、すう、と大きく息を、吸い。





次の瞬間。

耳にしたのは、天上の楽。




















おったまげた。

何が、って。そりゃ奥さん。





ちゃんがイキナリ言葉も解んない歌を歌い出したのもそうだけど。

その歌に合わせて、緑色の蛍みたいな光がふよふよちゃんの周りに発生したのもそうだけど。

その光に、苦しむみたいに黒い靄が大将から離れたのもそうだけど。

その霧が、瞬く間に錆びた鎧と刀になってイキナリちゃん襲おうとしたのもそうだけど。





「出てきさえすりゃあテメェなんざ敵じゃねぇんだ、よっっ!!」





その黒い靄を纏う錆びた鎧に、嬉々として剣を振り降ろす、1人の男。

・・・・・・ダレ、アレ。





「・・・・・・お、長・・・・・・アレって、あの、さっきまでいた白いイヌ」

「言うな」

「・・・・・・いやでもさっきのしろ」

「言わないでって言ってるでしょ小助!!」





しんっっっっ、じらんない!!

ってゆーか信じたくない!!





見た目俺様よりも尺ありそうだし体躯良いしオトコマエな相貌だしっ!!

見た事無い衣に白い肌に銀の髪に紅い隈取りはすっごい神秘的だしっっ!!

神代の時代に出てきそうな剣使ってるし火を操ったかと思ったら今度は風起こすしっっ!!





なのにそんな戦神みたいなのがっ、あのバカ犬!?!?

いくら何でもあり得ないっしょそんなん!?!?

「バカ犬違ぇ俺は狼だっっ!!」

「しかもココロ読まれた!?!?」

「・・・・・・いや、長・・・・・・全部口に出てたから」

えっまじで!?

「まじだ!!・・・・・・ええいっ、ウゼぇ!!撃神、雷光!!」

どがっぴっしゃーーーーんっっ!!

うっわデカっっ!!刀に落ちた雷でかっっ!!竜の旦那の雷も目じゃない威力だよ!?

ちょっともーちょっと押さえてよ庭めちゃくちゃになるでしょ誰が元に戻すと思ってんの!?お金だってかかるんだよ!?!?

「・・・・・・・・・・・・いえ、もう既に滅茶苦茶なんですが、長・・・・・・・・・・・・」

「修繕費はコイツ退治すんので差し引きナシにしとけ!!――――ヲイこらてめぇは逃げんな!!断神一閃!!」

さ、差し引きナシって、ナシって!!

こんだけボロボロなのに差し引きナシ!?

無理に決まってるでしょそんなのあーもー絶対北条に請求してやる!!





「オカン心せっま!!」

「誰がオカンだ誰がっっ!?」

「うをっとぉ!?あっぶねーなオカン!!今あわよくば俺諸共って思ったろ!?って危ねぇ!?」

「えっ!?ちゃん!?」





一瞬の隙。

錆びた鎧が何本も錆びた刀を生み出して。

未だに歌って緑の光の玉を作り出してるちゃんに、襲い掛かる。

――――――やばっ間に合わない――――――!!





「てっんめぇドサクサ紛れに俺のヨメ襲ってんじゃねー!!幽神霧隠!!爆神輝玉三式ィイ!!」





ダレがダレのヨメ!?!?

しかも花火!?どかどかちゅっどん!!って、今の花火だよね!?

思わずツッコミそうになった俺様悪くないよね!?

「さっさとくたばれや!!断神一閃三式!!」

・・・・・・・・・・・・うーわーオマケに靄が固まったトコロで一刀両断。

しかもソレでホントに黒い靄が消滅、て。

アレ、もしかしてホントに神代の剣なの?ねえそなの?





「あーいむうぃなー!!」

「うっさいバカ

げぃんっっ!!

「きゃいんっっ!?!?」





・・・・・・・・・・・・あー。うんアレは痛い。すっごい痛い。

ってゆーか人の頭くらいの大きさの岩なんて剛速でぶつけられたら普通死ぬよね?よね?

ぶつけたちゃんもちゃんだけど何で大丈夫なの・・・・・・やっぱバカ犬だから?





「だっかっら!!俺は狼だっつっ(ぽんっ)がうわうわうわん!!」(てんだろ一回言ったら覚えろよオカン!!)

あ。戻った。犬に戻ったバカ犬が。

「がうがうわううーん!!」(だから狼だー!!)

「だからうっさいバカ

どげしっっ。

「きゃうぅんっっ!?!?」





・・・・・・うーわーちゃん容赦なーい・・・・・・

さっきまで目の前で起こったあり得ない色々な事がぶっ飛んじゃうくらい容赦なーい。

しかも何だかずもももも、って。そんな黒い気配を背負いながら。

にぃっこり笑って仁王立ちしてるもんだから、俺様だけじゃなくて俺様の部下達も腰が引く腰が引く。





、おぼえてる?」

「わう?・・・・・・わうわうん?」(何を?・・・・・・でございましょーか?)

はひきはなせ、て言った。うん言った。」

「・・・・・・わふ、きゅーん」(・・・・・・ハイ、聞きました)

「ココでしとめろ、とは言ってない。うん言ってない」

「・・・・・・・・・・・・きゅー、くぅーん」(ハイ、その通りでございます)

「ん。じゃあがなに言いたいか、わかる?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わふー」(・・・・・・・・・・・・・・・・・・イエ全然)

「うんあんね。―――よそ様のおうちで結界も張らずに暴れてモノ壊してメーワクかけるってどんだけバカ犬だこのバカーーーーっっ!!」

「きゃいんきゃいんきゃいんっっ!!」(ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいっっ!!)

「しかもこんな器量良しで高給取りで家柄も良いがよりによってなんでお前のヨメなんだーーーーっっ!!」

「きゃうんきゅいんあうんきゅいんきゅいんわふんきゅいんっっ!!」(ちょっとした出来心なんですごめんごめんゴメンなさいっっ!!)





・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「・・・・・・・・・・・・なあ、猿飛・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・あー。言いたい事は何となく解るけど、ナニ才蔵?」

「・・・・・・・・・・・・先の事を鑑みるに、アレは、危険人物と物の怪の類に分類されると思うんだが・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・バカ犬はともかく、ちゃんは相模からの和睦の使者で大将の病を診に来た医者、だよ」

「・・・・・・・・・・・・え。あの鬼子、医者なんすか長?アレで?」

「・・・・・・・・・・・・六郎の疑問も最もだと思うけどね。腕は確かに本物なんだよ。アレでも」

「・・・・・・・・・・・・まぢですか・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・よ、世の中って・・・・・・・・・・・・」





うん皆が絶句する気持ち俺様良く解る。

コレでちゃんが実はあの伝説の忍なんです、なんて言ったら・・・・・・タマシイ口からへろって出てもおかしくないよなぁ。





「さすけー。」

「ぅえ?はいはい何かなちゃん?」

「おねがーい。やしきのしょーじとふすまぜんぶはずしてー。」

「・・・・・・そーいや最初の方もそー言ってたよね・・・・・・って、そうだちゃん!」

「うにゅ?」





ぐっ・・・・・・ナニそんなカワイく首傾げてっ。

それっくらいじゃ俺様の鉄の精神は揺らぎも・・・・・・ちょこっとだけぐらって・・・・・・いやいやっ、しないからねっっ!?





「よそ様のお家に勝手に上がり込んでバタバタ走っちゃダメでしょ!しかも大将が病で寝込んでる寝所に!
まさかちゃんに限って大将に危害加えるなんてって、そりゃまるっと全面的に疑う事は無かったけどでも少しは思っちゃったしっ。
もう俺様すっごいビックリしたんだから!!」

「ぇう・・・・・・っ、ご、ごめん、なさ・・・・・・」





あっ、ああああっっ。目がっ、目がうるうるってっっ。

な、泣いちゃダメ泣いちゃダメだからねちゃんっっ。

し、しかも痛いっ。何だか周りの視線が痛いっっ。





「こ、今度からはしちゃダメだよ?どーしても急がなきゃいけないって時は、先に理由を言うんだよ?」

「・・・・・・・・・・・・んっ。」

「よし、イイ子イイ子。」





ナデナデ。

こっくん大きく頷いたちゃんの頭を撫でたら。

ほにゃ、てちゃんが笑った。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。

解りたくはなかったけど相模のあの国主とか忍達とかがあんだけ過保護な理由が解った。

アノ人達は元々ああだったんじゃなくて、過保護ににならざるを得なかったんだ。

原因なんて言わずもがな。

現に、俺様の背後の甚八が「ぐはぁ!!」って呻いたり。・・・・・・ちろんと流し見たら鼻血吹いてやがる。

鎌之介が「イイわーあの子」なんて・・・・・・その含み笑いが何か怖いんですケド。

――――コレは、俺様がしっかり見張って、ちゃんの貞操守んないとっっ!!





「・・・・・・はぁ。で、襖と障子全部外すのは良いけど、何でなのかなちゃん?」

「・・・・・・ん。おおもと、が退治した・・・・・・でもしょーき、まだこゆいから・・・・・・くーき、入れ替え」

「空気の入れ替え、ねぇ・・・・・・瘴気って、そんなすぐ入れ替えられるモンなの?」

「・・・・・・んーん。でも、、風・・・・・・」





あれ?

あれれ?

ちゃん、何かふらふらしてない?

って思ったら。




がくっ。





「っっ、ちゃん!?!?」

「わふ!?!?」!?!?)





イキナリ。すこん、と膝が抜けて崩れたちゃんを、慌てて支える。

バカ犬も、さっきまでずずーんと暗い空気背負って沈んでたのに、速攻で復活してちゃんの足元に駆け付けて。





「・・・・・・ぬー・・・・・・うた、がんばり、すぎた・・・・・・」

「歌って、あの歌っ?ちょ、そんな危ない術だったのアレ!?」

「・・・・・・うー・・・・・・、詩姫、違うから・・・・・・れーりょく、いっぱいつかう、から・・・・・・」

「わうわうん!?」(ホント大丈夫なんか!?)

「・・・・・・・・・・・・ねーむーいーぃ・・・・・・・・・・・・」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」」





ね、ねむい、って。

ねむいって、アレ?あの、睡魔なんかが襲ってきた時の、眠いって意味?





「・・・・・・ー。かぜ、おこしてー。しょーき、ちらしてー・・・・・・」

「わ、わふっ?わんわん!」(お、おうっ?わかった!)

「・・・・・・あとー。こわしたの、ちゃんとがりゅーでなおすよーにー・・・・・・」

「・・・・・・・わうん。」(・・・・・・リョーカイです。)

「・・・・・・んでさすけー・・・・・・」

「っへ?」

「・・・・・・ごめんおやかたさまあとでみるー・・・・・・おやすみなさーい・・・・・・」

「え、あ、うん?おやすみ?」





くー。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん。

寝た。ホントに寝たよちゃん。





「・・・・・・長?」

「・・・・・・うん?」

「・・・・・・どーすんですか?」

どーするって、言われたって、ねぇ?

「・・・・・・取り敢えず客間用意して布団敷いてくれる?俺様、ちゃん運ぶから。
ソレから、さっきちゃんが言った通り、屋敷中の襖や障子外して。あと、ココの片付けも分担してお願いね」

「りょ、了解です」





よっこいせ、とちゃんを横抱きしつつ。

溜息吐きながら言ったら、ワタワタと慌てて数人が屋敷の中へと駆け込み、他も動き出す。

俺様はそんな皆にまた溜息吐いて、くーくー寝てるちゃんにちろんと目を落とした。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カワイイ。

何時ものおバカ全開も、さっきの得体の知れなさも、全部見えない今のちゃんは、ただただ、可愛い。





何だろう。何なんだろうねこの子。

おバカかと思えば医術の腕は確かで。薬や毒の知識は俺様達忍よりも深い。

伝説と謳われる戦忍の名を継ぎ、妖怪相手に物怖じせず、祝詞も紡ぐし不思議な歌も歌う。

オマケに連れてるバカ犬が・・・・・・

「わふ?わうわうん?」(ん?何だオカン?)

・・・・・・いや、コレに関しては突っ込まないでおこう。

なんせバカだし。ちゃんにすっごい弱いし。おバカだし。害は無い・・・・・・ハズ。うん。

ソレに一応、こんなんでも大将の恩人?だし。こんなんでも。





はふ、ともひとつ溜息吐いて。

俺様は、ゆっくり静かにちゃんを客間へと運ぶ為に、動き出した。





・・・・・・だから何でソコできゅって着物の裾握るのそんなのされたら揺らいじゃうでしょカワイ過ぎて襲われても文句言えないよちゃん!?




















 





 













寝る子は育つ!!(<違う。)
 





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