ちっちゃい両手に薬草いっぱい乗ったでっかいザル抱えて。 えっちらおっちら歩いてた私に、お隣の助五郎おじさんが顔を上げる。 「すけおいちゃーん。おとどけものー。」 「お、ありがとうよ坊。父様のお手伝いかい?」 「あい。おてつだいー。」 「そうかいそうかい。偉いねぇ」 にへー、と笑いながら、助五郎おじさんの隣にザルを置く。 そしたら、偉い子にはご褒美だ、って飴玉をいっこくれた。 「あいやとー。」 「どういたしまして。っと、坊。今度はコレ、父様にお届けしてくれるかい?」 「あいっ。ちちさまにおとどけー。」 「頼んだよ、坊」 ザルの代わりに、ザルの半分くらいの麻袋を持たされて。 今度はウチへとUターン。 ばいばーい、て手を振ったら、助五郎おじさんも笑って手を振り返してくれた。 ・・・・・・・・・・・・うん。ほのぼのってゆーか何てゆーか。 ココは森と山に囲まれた、老若男女合わせて50人くらいしかいないちっちゃなちっちゃな集落だ。 みんな、森や山から薬草を採取して、薬を作って生計を立ててる。 だからこの集落の人達、薬草の知識に関しては町の医者よりも忍者よりも詳しくて。 薬自体もソコ等で売ってるモノより断然良いモノばかり。 だから巷では『薬師の村』なんて呼ばれてる、らしいけど。 「お、帰ったかーー」 「あい。おかえりーです。」 「いやいやいや。違うだろただいまーだろ」 「あう?ただいまー、です?」 「はい。おかえりー」 てけてけと、ごりごり薬草すり潰してる『父様』に近付いたら、でっかい手で頭わしわし撫でられる。 そしたら奥から『母様』が出てきた。 「お帰りなさいちゃん」 「あい、ただいまーです。こえ、すけおいちゃんからー。」 「うん。ありがとうねーちゃんはえらいねーちゃんとお使いできたねー」 「あいっ。えらーい。」 「・・・・・・ああああっっ。我が子ながらなんて可愛いのちゃんっっ!?」 「きゃーっっ」 麻袋を渡したら、ソレと一緒にきゅうって抱き締められました。 ・・・・・・・・・・・・どんだけ親バカなの『母様』。 まだ年も若い薬師の夫婦の間に、私が『生まれた』のは3年前だ。 まあ、『生まれる』前はちゃんと人として大往生させて頂きましたがね。 んでもって今回も。 『生まれて』みたら『母様』は親バカで、『父様』は子煩悩で集落の人達はほのぼののほほんとしてて。 たまにくる行商人の人が、やれドコソコとドコソコで戦が起きただの何だの教えてくれるけど、集落は概ね平平凡凡そのもの。 だから私も、のんびりまったり、年相応に過ごさせて頂いてます。 ――――――頂いて、たんです。その日まで、は。 やっぱアレか。アレなのか。 やっぱり、病んだ世界に引っ張られるのが宝玉の性なのか。 薬草摘みに夢中になって、気付くのが遅れた。 夢中になりすぎて、森の奥に入り過ぎてしまったのも悪かった。 夕暮れ時、枝葉の向こうに見える空は、何時もと違う血の色の様な赤だった。 すんごい、イヤな予感がした。 胸騒ぎが、収まらなかった。 摘んでた薬草、ザルごと放り投げて、私は走った。 集落に向かって、走った。 短い脚をせかせか動かして、細い腕をぶんぶん振って。 早く、速く、はやく――――――急かされるまま、走り続けて。 一番最初に気付いたのは、匂い。 だんだんと濃厚になっていく、血の、匂いだった。 いよいよ焦りがピークに達した。 もう、全力全開で森を駆け抜けた。 ――――――そして、目にしたのは。 「・・・・・・すけ、おい、ちゃん?」 お隣の、何時もお使いをしてる私の為に、飴玉を買い込んで。何時も、1日いっこずつ、くれる助五郎おじさんの、首。 何時もにかーって。笑ってたのに。今は、どうして、て。目を見開いてる、首だけの。 視線を、上げる。 何時も。何時もは。お幸ちゃんも田吾作も啓次郎もお苗ちゃんも走り回って。 お妙おばさんも。そんなみんなに、たまには坊を見習いなっっ!!って怒鳴って。 ・・・・・・・・・・・・なのに、みんな。血を流して、倒れ、て、て。 「っっ、ちちさまっっ!!」 走り出す。弾かれた様に。 まさか。 まさか、まさか――――――!! 「ちちさまっ、ははさま――――――っっ!?」 開けっ広げにされてた、ウチの戸。 体当たりするみたいに駆け込んで。 ――――――息を、呑んだ。 「・・・・・・・・・・・・ちち、さま・・・・・・・・・・・・?」 『父様』は。うつ伏せになって、倒れてた。 袈裟掛けに。大きく大きく、背中を切られて。 一目で、こと切れてる事が、解った。 「はは、さま」 その、『父様』の下に。『母様』もいた。 咽喉を、大きく裂かれていた。 息を、していなかった。 ――――――すとん、と。 力が抜けた。 へたり、とその場に座り込んで、目の前の2人を呆然、と見やる。 ――――――どうして。 どうして、こんな。 「おい、生き残りがいるぞ」 声が、した。 のろのろと顔を上げたら。ソコに、男が5人いた。 鎧を、着けてた。揃いの、鎧。 盗賊が、そんなの着けてるハズがない。 着けてたとしても、どっかで強奪してきた、不揃いな鎧のハズだ。 ――――――何処ぞの、軍か。 何処だ。何処の軍だ。何処のドコのどこの。 「生き残り?この村の餓鬼か?」 「珍しい毛色をしているぞ。本当にこの村の生き残りか?」 「鬼の子じゃねぇのか」 ――――――鬼の、子? ああ確かにあんた等の目には鬼の様に映るんだろうよ。 だけどこの集落の人達は、そんな私に優しくしてくれた。 お幸ちゃん達は一緒に遊んでくれたし、村長様だって他の大人達だってこの色を綺麗の一言で終わらせてくれた。 紅は命の色なんだよ、と。 お前は命に溢れた子なんだよ、と『父様』は私の紅い髪を撫でながら言ってくれた。 金色は恵みの色なのよ、と。 あなたは恵まれた子なのよ、と『母様』は私の金色の目を真っ直ぐ見ながら言ってくれた。 やさしい、ひとたちだった。 穏やかで、温かくて。身体だけでなく心にも効く、癒しの術を知る人達だった。 ――――――そんな、人達を。 戦う術を持たない人達を、愉悦を浮かべながら殺していった貴様等の方こそ鬼だろうよ!! 「だれ。」 ゆらり、立ち上がる。 「ちちさまとははさま。ころしたの、だれ。」 据えた目で5人の兵士達を、見る。 「すけおいちゃん、けいじろう、ころしたの、だれ。みんな、ころしたの、だれ。」 ひい、と。男の一人が小さく声を上げた。 私の殺気に当てられて、やっぱり鬼だ、と誰かが呟いた。 鬼でも子供だ殺っちまえ、ともう1人が怒鳴った。 刀を抜いて襲い掛かってくる大の大人5人。 見た目4歳児に、余裕も何もあったもんじゃない。 そんな奴等を私は睥睨して。 ただ、一言。 「――――――切り刻め、風。」 びょおう!!と私を中心に。 凶器となった風が奴等を切り裂いた。 耳に絶えない悲鳴を上げて、ズタズタに裂かれて男達は倒れる。 「――――――ひぃっっ!!お、鬼だ!!やっぱり鬼・・・・・・!!」 「うるさい。」 ざしゅ!! 最後まで喚いてた男の首を風で落として、漸く辺りが、静かになる。 私は物言わぬ屍と化した男共を一度見降ろして。 もう一度、死んでしまった『両親』に、目を向ける。 「――――――ちちさま、ははさま・・・・・・・・・・・・」 如何して私は何時も何時も。 大切な人達を守り通す事が出来ないんだろう。 どうして。なんで。 目頭が熱くなって、ぎゅっと目を閉じる。 だけどソレで込み上げたモノが収まるワケでも無く、ぼろぼろ涙が零れ出す。 「・・・・・・っぅ、え・・・・・・っっ」 唇を噛み締めても、洩れる嗚咽は殺せなくて。 「・・・・・・ちぃ、っっひっ、さ、まっっ、ははっっ、さまぁ・・・・・・っっ」 ぼろぼろ、ぼろぼろ。 泣いて啼いて泣き続けて。 風が動くのにも人の気配が背後に立っているのにも頓着せずに泣き続けて。 「――――――鬼の子」 ぐずぐずと、鼻を啜る様になった頃、後ろの気配が私をそう呼んだ。 「・・・・・・ちっ、がう・・・・・・っっ」 けど私は直ぐに首を振った。 「おに、のこっ、ちがう・・・・・・っっはっ、ちちさ、まと、ははさまのっ、こぉ・・・・・・っっ」 私は。誰が何と言おうと。この2人の、子だ。 「――――――ならば、」 後ろの気配が、動いた。 私の直ぐ後ろまでやってきて。ぽん、と。私の頭に手を乗せる。 「俺と共に来い」 その手は、『父様』に似た、おっきくてでも優しい手で。 「2度と大切な者を失わない様に。こんな思いをせずに済む様に。俺がお前を鍛えてやる」 その、言葉に。 思わず振り返って仰ぎ見れば。 ソコにいたのは、目元が隠れる兜に紅い化粧を頬に施した。 白と黒の色した装束の、忍だった。 |
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・・・しょっぱなからしょっぱいね・・・ | ||
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