険しい道が続く。
つかコレはもう道とは呼べん。崖だ崖。
そんな道をぴょんぴょんと進んでいくラビの背を、あたしは据わった目で見た。
「・・・・・・ラビ」
「んあ?何さ?」
「・・・・・・何時んなったら着くの」
「ん〜?あとちょっとさ〜」
「・・・・・・その科白は何度目?」
はう、と溜息。
そんなあたしに、ラビは今度こそ本当さ、と笑って。
ぴょんぴょんとあたしの処まで戻ってきて、あたしの手をぎゅっと握った。
「え、ちょ、ラビ?」
「疲れたんなら俺が引っ張ってやるさ〜vv」
いやいやいやいや。
確かにちょっと疲れてはいますけどね?
こっそり体内のイノセンス発動さしてなかったら、疲れるどころかとっくにくたばってただろうけどね?
「こんなトコで手ぇ繋ぐって、ふつーに歩くより危ないんじゃ・・・・・・」
狭い足場だ。どっちかが足を滑らせれば、2人揃って奈落の底間違い無し。
とか考えて、ちろん、と足元を見たのがいけなかった。
「ご、ごめんラビ。ちょっとストップ」
繋がれた手を、ぎう、と力いっぱい掴んで、あたしの歩みはぴたりと止まる。
なんか自分で、ザァッと自分の血の気の引くのが判るよ。
何故かって?・・・・・・聞かなくても判るでしょうが敢えて言いましょう。
断崖絶壁の様な階段の手摺りの向こう。地上は遥か彼方にありました。
・・・・・・あたし高所恐怖症なんだよ!!
学生時代校舎の4階の窓際に立つ事も出来なかったくらいなんだよ!!
だからずっと前だけ見てたのに!!
うっかり下見ちゃった!!
し、心臓がっ。バクバクいってるっ。
怖いこわいコワイ〜〜〜〜っ。
「どした、?具合悪い?」
ひょこ、とラビがあたしの顔を覗き込んで来る。
「へ、へーき」
「でも、顔色悪いさ」
心配してくれてありがとお。
「ホントにへーきだから」
「全然そうは見えねえって。ちょっと休憩する?」
「いやイイッ。絶対イイ!」
こんなトコで休憩なんかしても、気が休まらん!
今度はあたしがラビの手をグイグイ引っ張って、先へと急がせる。
ラビはまだなんか言いたそうだったけど、あたしの手を引っ張る強さに渋々諦めてくれた。
さっきと逆だ。
「・・・・・・あ。てゆーかさ、ラビ」
「ん〜?なに、やっぱ少し休む?」
イヤイヤその話はもうイイから。
「俺達がドコへ向かってるのかそろそろ教えてくれてもいんじゃね?」
後ろを見れば、ラビの後方に見たくもない奈落の底まで視界に入ってしまいそうだ。
だから前を、というより上を見たまま聞いてみる。
や、大体の予想は付くんだけどもね。
そんなあたしに、ラビは器用にあたしの横を通り過ぎて、にっこり笑った。
「話したっしょ?俺がどんな仕事してっか」
「ああ、うん。歩く歴史辞典してるって」
「・・・・・・イヤそっちじゃなくて、副業の方さ」
うん狙って言った。予想通り脱力したねラビ。
「人間を襲う、どう見てもバケモノにしか見えない兵器を壊してるってヤツの方か」
「うんソッチ。エクソシストの方。」
きゅ、と。
あたしの手を握るラビの手に力が入る。
ソレって、何だろうね?
離さない?それとも、逃がさない、って意思表示?
「俺ら今そのエクソシストを統括する本部に――――――もう、着いたさ」
「・・・・・・え?」
ラビの声に、思考の海に入り掛けて俯き加減だった顔がぱっと上がった。
一番最初に認識したのは、優しいのに何処か哀しそうなラビの笑顔。
それから、それから。
「・・・・・・・・・・・・ドコの悪の総本山?」
「・・・・・・あ、悪の総本山って・・・・・・」
あ。ラビ脱力した。しかも泣きそうなくらい情けない顔。
いやでもだってね?
あたしだってマンガで知ってはいたけどね?
やっぱ画で見るのと直に見るのとでは全然違うんだよ。
切り立った崖の先。
聳える山の様な(しかも黒い)建物。
周りを飛び回るコウモリ(多分無線ゴーレムなんだろうけど)。
と、ココまで完璧にくりゃコレはもう。
「ドコからどう見たってあん中に悪の親玉がいるっしょ」
「俺も最初見た時はそう思っ・・・・・・違う!!そーじゃないさ!!」
わお。ラビいきなり復活。
「アレ黒の教団本部だから!!悪の総本山じゃねぇから!!」
「ああ、アレがバケモノ退治・・・・・・エクソシストの。」
「そ、そうさ。本部さ」
「でも、黒の教団って名前も中々に悪っぽいよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ををう。ラビ沈没したよ。
「おーい、ラビー?」
ぽん、と肩を叩いて顔を覗き込んで見る。
「・・・・・・も、イイさ。行くさ」
そしたら、小さく呟いてふらふら〜と歩き出した。
それでも、繋いだあたしの手を離さない辺りはサスガと言うか何と言うか。
・・・・・・ちょっと言い過ぎたかな?
見た目あんなんでも、アソコに住む人達とかにとったら、ホームだもんね。
多分、ソレはラビにとっても。
今だけの仮初であったとしても、アソコはラビの帰る家なんだろう。
でも、ねぇ?
「・・・・・・俺も行くの?」
「当たり前さ」
「でも俺一般ピープーよ?」
「一般人だけどイノセンス使えるさ。つかPeopleの発音オカシイさ」
いやワザとだって。
・・・・・・つかあたし今更になって気付いたんだけど。
どーして日本語しかしゃべれない筈なのに言葉通じているんでしょうか?
確か『Dグレ』って、英国舞台だったよね?英語だったよね?
・・・・・・・・・・・・気にしないでおこう、気にしたら終わりだ、うん。
とか何とか思ってる間に、目の前にはでっかい門。
そーいや、ココって確か・・・・・・
「お帰り、ブックマンJr」
「うわおうっっ!?」
やっぱり普通にあったよ石像んでもって喋ったよ!!
大声上げて飛び退いたあたしに、ラビは笑う。
「大丈夫さ。こいつココの門番だから」
その言葉に、せきぞ・・・・・・もとい、門番の視線もあたしに向いた。
「ソイツか?報告にあった奴は」
「おうさ。っての」
「またえらい別嬪さんだなオイ」
「だろだろー?」
・・・・・・ほ、報告って、何時の間に・・・・・・
しかも人間の美醜が判るのかこの石像。
つかあたしのドコが別嬪さん?
「Jrが連れて来たから問題は無いと思うけどよ、一応検査はさせてもらうぞ」
「・・・・・・へ?」
あっやばい反応遅れた。
咄嗟に身構えた時には、石像の目がピコンと光って照射されていた。
しかも視線はそのまま凝視。
な、なんかコワイでーす・・・・・・
だけど実際、時間はそんなに掛からなくて。
「・・・・・・こいつぁまた珍しい寄生型だな」
光が消えたと同時に掛けられた言葉に、ラビが首を傾げた。
「ま、待て待て待つさ門番。のイノセンスは装備型さ」
「いやだって心臓まるまるイノセンスだぞソイツ」
今度はあたしが首を傾げた。
「し、心臓まるまる?ソレ正気で言ってる?」
確かにあたしイノセンス呑み込んでしかも今もちゃんと発動させてる、け、ど・・・・・・
・・・・・・そーいや、普通食ったモンって胃を通過して下から出てくもんだよね?(ま、お下品)
・・・・・・・・・・・・ソレがどうして心臓に・・・・・・・・・・・・?
しかも何時の間にまるまるイノセンス化?
「・・・・・・。心当たり、ねぇ?」
ラビがあたしの顔を覗き込んできた。
「心当たり、と言われても・・・・・・」
ぶっちゃけおおアリですが。
扇のイノセンスを発動させて、ココまで引っ張って来られた以上、今更隠してても意味ない事が。
「傷を治せる以外には、身体が石より硬くなったりその時は舐めなくても傷が直ぐに治ったりするくらいで」
「・・・・・・・・・・・・ソレだ」
がっくし、とラビの肩が落ちた。
「だってソレがイノセンスの所為かどうかなんて俺知らないし」
いや知ってましたけど。
「いやもー100%イノセ・・・・・・って事はナニ!?ってイノセンスふたつも発動できるんさ!?」
「だから知らないって」
だから落ち着け、どうどう。
掴み掛からんくらいの勢いであたしに迫ってきたラビから身を引く。
ラビはあー、とかうー、とか唸りながら、ひとり百面相。
ブックマンがこんなに悩むなんて。
やっぱり複数のイノセンス適合者って、今までにはいなかった、って事か。
「・・・・・・いいさ。ココで考えてても仕方ない」
ふ、と。ラビが溜息と一緒にぽつりと吐き出した。
うんうんそうそう。あたしなんか自分の事なのにとっくに考える事なんて放棄してますから。
「調べてもらえばイイんさ」
「・・・・・・え?」
ぱっと顔を上げたラビがあたしをぐいぐい引っ張り出した。
や、なんかすっごいイヤな予感がするのは気の所為デスカー?
「コムイがいるし、ヘブもいる。じじいだって昨日戻ってきたって言ってたかんな」
うっわあ見事にそーゆー意味ではお目に掛かりたくない人の名前ばっかし。
しかもラビってば、「そーゆー訳で開門希望さー」とか言って。
石像も「おー」なんて気軽にずごごご門を開けたりしてる。
「・・・・・・えーと、ラビ?」
「んー?」
「・・・・・・俺、なーんかイヤな予感すんだけど」
「大丈夫さー。取って喰われたり、なんて事はないから・・・・・・多分」
「多分ってナニ!?多分って!?」
「気にしちゃ駄目さーあっはっは」
「イヤ気にするって普通!!」
ぎゃいぎゃい言うあたしに、ラビの笑顔はドコまでも爽やかだ。
なのに握られた手がイタイ。
・・・・・・コレ、逃がさない、って意味だったんだ。
・・・・・・明日朝日を拝めるんだろうか、あたし。
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