周りの視線が痛かった。

 ラビは盛大にケンカしました、みたいにもう色んなトコ怪我してるし。

 あたしも、怪我はないものの似たり寄ったりな恰好だし。

 お前等何処で一体何をしてたんだ、という様な、行き交う人達の視線。





 宿屋に入ってからも、視線が痛かった。

 救急箱貸して、と言ったあたしに向けられた宿主さんの面倒事は持ち込まないで下さいよ、という視線。

 そりゃもうすんごく痛かった。





「あ。ココさ、

 ちゃり、と鍵を取り出しながらラビが言う。

 202号室。

 どうぞ、と開けられたドアの中に入る様に促され、お邪魔しますと踏み込む。





 ・・・・・・はあ。やっと一息。





 一応、危険もなくなり人の視線からも離れて、気を抜きながらテーブルの上に借りた救急箱を置いた。

 そして、ふ、ともう片方の手に持っていた扇を見てみると。

「うわ、何コレ」

 思わずビックリして落としましたともさ。

 だって気を抜いた途端、何故か白銀から黒に色を変えて、しかも縮むんだもんよ。





「・・・・・・俺ってこんな得体の知れんモン振り回してたのか」

「イヤそれ今更さ。」

 ベッドの上にどっかり腰を降ろしたラビからツッコミ。

「光った時点でふつーは得体が知れんて気付くさ。つかソレ得体の知れんモンじゃないし」





 ・・・・・・ああ、まあね。

「ソレ、イノセンスっていうんさ」

 だよね。コレはもー確定でイノセンスだよね。

「さっきが未確認飛行物体と生物って言ったヤツ。アレ壊す為の武器なんさ」

 うんうん。しかも装備型だ。





 だがしかし。

「ふーん。コレが武器ねぇ」

 ちろん、と胡乱な眼差しを向けた先には。

 さっきまでの馬鹿でかさは一体、という様な、何処からどう見ても普通の黒い扇子。





 まあ、確かに?

 扇には護身用とかあって、そういうヤツは大抵骨に鉄が使われてて殴打用の武器にもなるし。

 紙の弧の部分に刃を仕込んだものや、天の部分が尖っているものもあるけどさ。

「随分と雅な武器だね」

 小さくなったソレを1本拾い上げ、パッと開く。

 ぱたぱた・・・・・・うん。こうしてたらホンット普通の扇子だ。





「うん俺もその形は初めて見たさ」

 ふぅんそっかラビも見た事ないのか。

 ちなみに俺のイノセンスはコレね、とラビは笑って小さくなった槌を取り出しくるりと1回転。

「イノセンスは人を選ぶ。んで、その人に一番合った形と特性に変化するんさ」

「・・・・・・で、俺はこの形ってワケ?」





 なにゆえ扇子?

 武器っていうならソレらしい形しとけよ剣とか槍とか。

 なのに何でコレなんだ。





に似合っててイイと思うさ〜」

 ・・・・・・・・・・・・似合ってるってあのね。

「――――――ま、いっか。」

 形が如何あれ、武器に変わりはないんだ。





 ・・・・・・ソレよりも問題は。

 視線を向けた窓の向こう。

 どんよりと重い灰色の空は、藍色に染まり掛けている。

 あたしはぼんやりソレを見上げ、次いでくるりとラビに向き直った。





「――――――そういえば、良かったのかね、あのままで?」

「んあ?何がさ?」

 ・・・・・・あんねラビ。

 そりゃアンタ原作では何時でも何処でもどかどかダイナミックに壊しまくってたけど。

「あの建物」

 廃墟、と呼ぶに相応しかった筈のモノは、最終的には見事な瓦礫の山になってしまったでしょーが。





「・・・・・・あっはっはー職場で弁償してくれっから大丈夫さ!」

 いやいやソコでサムズアップは違うっしょ。

 ・・・・・・つかあんな廃墟も弁償すんのか。

 ・・・・・・・・・・・・以外に苦労してるのかもねコムイさんも。





「・・・・・・ま、アソコが街のど真ん中じゃなかっただけ良しとするか」

 寧ろ人気の無い街外れ。不幸中の幸いだよな、うん。





 落としたもう1本の扇も拾って、ソレをズボンのポケットに捻じ込む。

 今はそんな心配より、目の前の心配をしよう。





 テーブルの上に置いた救急箱の蓋を開ける。

「ほら、ラビ。こっち座って」

「・・・・・・え〜」

 消毒液やらガーゼやら包帯やらを出しながら言ったら、ラビはイヤそうに顔を顰めた。

「別にイイさこんなん舐めときゃ・・・・・・」

 未だにベッドの上から離れず、左頬を指でぽりぽり掻く。

 そんなんあたしが許すワケなかろう?





「い・い・か・ら・す・わ・れ?」

 にぃっこり。

 ついでに、一句一句丁寧(?)に。





 あ。ラビの顔が引き攣った。

「・・・・・・・・・・・・ハイ・・・・・・・・・・・・」

 そうそう。最初から素直に言う事聞いとけばイイんだよ。





 腕を組んで仁王立ちしたあたしの前。

 さあどうぞ、という様に引いた椅子に、そろそろと近付いたラビがちょこんと座る。

 ちろん、と見上げてきた灰緑色は、何だか不安そうで。





 ――――――うん。まあ、なんつーか。

 もしかしてあたしって試されてる?





「・・・・・・取り合えず、上脱いで」

 出来るだけ自然に、視線を消毒液に逸らしつつ、溜息混じりに言う。

「きゃー、ってばだいたーん」

 何がだ。何が。

「馬鹿言ってないでさっさと脱ぎくされ?」

 再び、にぃぃっこり。

「・・・・・・・・・・・・ご、ごめんなさい。」

 イヤそんな萎縮せんでも。

 しかもわたわた慌てて。傷に響かないか?





 ソレでもよーやく手当てを受ける姿勢を見せたラビに、あたしも椅子を引き寄せて腰を降ろす。

 そしてかちゃかちゃと、消毒液の瓶から蓋を外して手にしたガーゼに沁み込ませていると。

 ぱさり、とラビの脱いだ団服が床に落ちる音がした。





 顔を上げれば、あたしの持つ消毒液を見て「うへぇ」とイヤな顔をするラビ。

「・・・・・・一体幾つのオコサマですか」

「オコサマでもオトナでも、沁みて痛いのは誰だってキライさ〜」

「我慢しなさい」





 あたしだって好きじゃないけどね。

 だけど放っておくワケにもいかないでしょーが。

 破傷風になったらどーすんの。

 なのにコノヤロウ病院イヤだっつって駄々捏きやがって。

 お陰であたしが宿屋で手当てするハメになったんじゃないか。





 ・・・・・・それにしても、でかい傷がなくて何よりだ。

 やっぱアレか。毎日鍛錬とかしてるのか。





 取り合えず団服を脱いだラビの天辺から爪先まで眺めてホッと一息。

 黒い7分袖のシャツの、腕とか脇腹とかが小さく破れてて、ソコから見える肌はまだ血が滲んでるけど。

 けどソレは擦り傷や切り傷程度だ。

 今日のドンパチでラビがマトモに受けた攻撃って、あたし庇って背中から壁に叩き着けられたアレだけだし。





「つか俺は上を脱げって言ったんだ上着だけ脱げとは言ってない」

「・・・・・・うぅ〜」

「唸ってもダメ。ほら、さっさと脱いで傷見せる」

「ホントにこんくらいほっといたって大丈夫なのに・・・・・・って、あ。」





 ・・・・・・今度は何。何を思い付いた。

も手ぇ切ってるさ」

 ぴ、と指差された右手を見れば。





 あらら確かに。人差し指の第2と第3間接の間に1本の赤い筋が。

 何処でつけたんだろう。





「こんなん舐めときゃ治るよ」

「うっわー人には手当てしなさいって言うクセにー」

「・・・・・・俺のコレとお前のソレじゃ度合いが違うでしょーが度合いが」

 ああもうこの子ってば。

 そんなに嫌いか消毒液。





 横暴さ横暴さーと椅子をガタガタさせるラビに、溜息混じり返しながら自分の指をぺろり、とひと舐め。

 ぴた、と椅子の音が止まった。





 ――――――ん?

「ラビ?」

 顔が赤い。怪我の所為で熱でも出てきたんじゃないだろうな。

「・・・・・・それヤバイさ・・・・・・」

 ・・・・・・・・・・・・前言撤回。

 口元手で覆い隠して、一体何を考えた何を。

 あたしは愛でるのは趣味だけど、愛でられるのは趣味じゃないぞ。





 ちょっと渇を入れとこう。うんそうしよう。

 と、ラビの頭を叩こうとして。

「?・・・・・・どうしたんさ、?」

 ぴた、と止まったあたしにラビが首を傾げる。

「・・・・・・ん?いや・・・・・・」





 あたしの体内にあるイノセンスは、あたしの身体を硬質化する。

 硬質化する事によって、治癒力が増す。

 というより、細胞が驚異的な修復能力を持って、破損部分を直す。

 だから怪我をしてても、発動すれば直ぐに傷は塞がるし発動中は傷なんて負わない、けど。





 ――――――何て、言ったらいいんかな。

「・・・・・・何でもない」

 て言うしかないか。





 思わずじっくり見詰めた右手。

 人差し指にあった筈の、赤い線が、今はない。

 発動させてもないのに、傷が、なくなるなんて。





 笑ったあたしに、ラビは腑に落ちない顔をしてたけど。

 ふ、と。赤い線が入っていた筈のあたしの指を見て、絶句した。





「・・・・・・なあ、

「なに」

「・・・・・・傷って、舐めたら治るもん?」

「イヤふつーは治らないけどね、・・・・・・っ」




 




 




 




 
 つきん、と頭の奥で、痛み。





『中途半端だな。別に喰脱の真似事をしていた訳じゃないけど。なのに此れしか、薬にならないなんて』





 霞みの中で、苦く笑う、人影。




 




 




 




 
 ・・・・・・・・・・・・またか。

 一番最初にアクマに襲われた時といい、今といい。

 何なんだこのマボロシは。

 しかも喰脱って何。





 ――――――いや、待て。聞いた事あるぞ、てか読んだ事ある。

 某マンガの主人公のご先祖様。

 ・・・・・・喰脱って、確か・・・・・・しかもソレで今の幻聴って・・・・・・

 まさかあたしにもソレが適用する筈は・・・・・・まさか、だよねぇ・・・・・・?





 はう、と思わず溜息吐いてこめかみを指でモミモミする。

 そんなあたしの裾を引き、あたしの手を取ってしげしげと見詰めるラビ。

「傷、確かにあったさ。ココ」

 傷のあった指を摘んで。くいくい動かして。





「・・・・・・うん。あったね」

「なんで治ってるんさ?」

 さすがはブックマンJr.とでも言っておきましょうか。

「・・・・・・特異体質だからね、俺」

「特異体質ってなにさ」

 好奇心は猫をも殺す、ってコトワザ知らないのか。 





「・・・・・・聞きたいの?」

「うん。聞きたいさvv」

「・・・・・・・・・・・・どうしても?」

「お願いシマースvv」





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ。

 諦めるか。

 別に、隠す様なモンでもないしね。





「百聞は一見に如かず。てなワケでラビ、ちょっと腕貸して」

 自分でも半信半疑だけど、あたしはぐいとラビの腕を取る。

 そして、捲り上げた袖の下から出てきた5センチくらいの切り傷を――――――





 ぺろり。

「っ、っ?」





 イキナリ舐められて、裏返ったラビの声。

 そして舐めたあたしはといえば。

「・・・・・・・・・・・・」

 もう声にも出せずぐったりと脱力しました。





 ・・・・・・いーぃやーぁだーぁ。

 何でこーなってんのかは知らんけど、コレはイヤすぎるぅー。

 だって喰脱って、喰脱ってっっ。

 悪く言えばカルバニストじゃないかっっ。





「・・・・・・え?ええ?何でっ!?」

 あたしが不貞寝したくなっているのとは逆に、ラビの目はびっくりキラキラと。

 キレイになくなった傷に、自分の腕見てあたし見てと大忙し。

「なあなあ。何で?何で舐めただけで傷が治せんのさ??」

 ・・・・・・やっぱコイツはブックマンだ。好奇心の塊だ。





「・・・・・・うん。まあ、見ての通りだけど」

「ソレじゃ判んねぇさ」

 だよね。判らないよね。

「唾液にね、傷直す成分?みたいのがあるんだよ俺」

「ふ〜ん。何で?」

 やっぱ突っ込むか。





 うーん。どうしよう。何て返そうか。

 ・・・・・・とか思ってたら。





「多分猛毒とか麻薬とか腐った肉とか今まで色々食べてきた所為かと」





 ――――――あ、れ?

 なに。何言ってんのあたし。

 そんなワケないじゃん。そんなの食べた事ない。そんな。

 そん、な。の。





 ほら、ラビだって、呆けた様な顔をしてる。

「・・・・・・な、に。どおゆう、意味、さ。ソレ」

 その、ラビの呆けていた顔が、徐々に徐々に、歪んで。

「ん?人間生きようと思えば何でも食えるんだぞ、とゆー意味」

 なに、言ってんの、あたし。





「逆に言えば、人間食わなきゃ死ぬって事。で、他に食うモンなかったら、仕方ないっしょ」

「・・・・・・食っても死んじまうさ、んなモン」

「一気に摂取しちゃえばね。だから死なない程度に加減はするよ」

「死ななくてもっ!!廃人確定さ!!」

「でも死んでないし廃人にもなってないじゃん」





 だから、何で。

 何であたし、そんな事さらりと言ってんの。





 ラビなんて、今度は絶句しちゃったよ。

 歪んだ顔が泣きそうになって、深く、深く俯いて。

 ・・・・・・そんな顔、させたいんじゃないのに。

 何で。あたしの、口は。





「・・・・・・は、いつもそんなんばっか食ってたんさ?」

 俯いたラビが、ポツリと呟いた。

「そんな、モンしかないトコで、生きてたんさ?」

 そろり、と顔を上げながら。

 その目は縋る様で不安そうで。





 ――――――違うよ、という声は、出なかった。





 ついこの間まで普通に暮らしていて。

 コッチに飛ばされてからも、普通の食事で。

 ・・・・・・なのに、何でだろう。

 今まで普通に食べてきたいろんな料理のどの味も、思い出せないのは。





 あのマボロシは、この身に流れる血は猛毒だという。

 あたしの血に触れて苦しんだあのアクマは、あのまま放っておいたらどうなったんだろう。





 あのマボロシは、喰脱の真似事をしたワケではないのにという。

 どうしてあたしの唾液は、傷を治すんだろう。





「そう、だね。俺は毒ばかり喰らって生きてきた。そんなモノしかない処で、生きていたんだ」





 するり、と出た無意識の言葉に、あたし自身びっくりした。

 だけど逆に、ああ、と嘆息する思いもある。





 この世界に飛ばされてきてから、ずっと気になってた。

 イノセンスの特性じゃないだろうに、どうしてあたし、性転換したんだろう、とか。

 こんな境遇に陥って、もっとパニックになっても可笑しくないのに、どうしてあたし、冷静なんだろう、とか。





 今、判った。

 あたしの中には、何か判らないモノがある――――――イノセンスじゃない。ソレ以外にも何か。

 ソレが、あたしの身体を作り変えている。

 ――――――ソレが、あたしの口を声を使って、こんな事を言わせてる。

 今、はっきり自覚した。





 ・・・・・・何かヤな感じだ。知らない間に自分を変えられてる様な感覚。

 今後、言動には気を付けよう。





「さて。説明終わり。ほら、さっさと服脱いで」

 ぽむ、とラビの頭を叩いてにっこり笑う。

 だけどラビは何とも言えない暗い表情であたしを見上げるだけだ。





 感情を捨て切れないブックマンJr。

 そんな、あたし自身身にも覚えのないモノに、悲しまなくたって良いのに。





「ソレとも、俺に身体中の傷舐められたい?」

 ずずい、と顔を近付けて、にぃ、と笑いながら。

 自分の指をぺろりと舐めつつ囁く様に言ってやった。





 がたたんっっ。





 ・・・・・・いやいや。

 何も取って食おうってワケじゃないんだから。

 そんな、椅子から落ちるくらいビビらなくてもイイじゃん?





 こけた椅子を元通りに立たせて、ラビの手を取って起き上がらせる。

「で。手当て?舐める?どっちがイイ?」

 んで、トドメとばかりに聞いたら。

「・・・・・・ふ、ふつーの手当てでオネガイシマス。」

 心なしか顔色を赤くしたラビが、ちっちゃく答えた。





 うん。やっぱりラビって可愛いよね。

 蛇の生殺しって、こーゆー事を言うんだろうな。

 ・・・・・・あたしの理性は何時まで保つんだろう。




 




 




 




 






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