さて、困った。
何が困ったってそりゃ奥さん(誰)。
気が付いたら知らないトコにいました。
なーんて。
今日日マンガの設定でも有り得ない様な王道パターン。
右見ても左見ても、ついでに天井から足元まで岩、いわ、イワ。
困る以外の何物でもないでしょう。
あたし確か仕事帰りの途中だったのに。
源付跨いでテロテロと車に追い越されながら走ってた筈なのに。
・・・・・・って、え?
いや、待て。なんか違う。違うぞ。
仕事が終わって、仕事場を出て。源付乗って、何時も通る道を走ってた。
うん。ソコまでは合ってる。
問題は、その後。
なんか、何時もと違う事が起こったハズだ。
何時もと、違う・・・・・・・・・・・・
――――――ああ、そうだ。
確か、あたしは――――――
思い出した途端、ザッと血の気が引いた。
あたし、は。
何時もの様に、愛車(車じゃなくて原付だけど)に跨って帰路に着いた。
何時もの帰り道。だけど今日は日曜日で、何時もより少し車の通りが多くて。
矢印信号機の付いた交差点。右折をする為に、ウインカーを出して。
信号が、赤になって、その下に、矢印が点灯したのを確認して。
源付発進させて、そして――――――
そうだ。
あたし、信号無視して突っ込んできた車に引かれたんだ。
だったらココはあの世になるのか?
・・・・・・いやいくら何でもこんなあの世はないだろ。
じゃあ夢か。
あたしの身体は今頃病院のベッドの上で、命に別状はなくて。
でも意識飛んでてこんな夢見てる?
そーだそーだよソレが一番しっくりくるよあっはっは。
・・・・・・座り込んだ地面は冷たくて痛いけど。
夢だゆめユメ。絶っっ、対に、夢。
ぎゅっ、と頬を抓ってみた。
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・い、イタイ・・・・・・・・・・・・
夢じゃないんですか!?夢じゃないんですかコレ!?!?
うがーっっ!!と頭を掻き毟ってみても、手が指が感じる髪の感触は本物で。
何コレどーゆー事よ!?
一体全体どーなってんの!?
もしかしてコレってホントに異世界トリップ黄金パターン!?
まぢで!?
そりゃその手の話は好きだけど!!
んなの妄想だけでじゅーぶんだってーの!!
「・・・・・・ああああ明日は給料日・・・・・・」
し、支払いが。仕送りが。
ソレに何より欲しいゲームもまだ買ってないのにぃいーっっ!!
「あ。イノセンスはっけー・・・・・・あれ?なんでこんなトコに人間がいんの?」
うわおうイキナリ背後から誰よ!?
思わず声どころか心臓まで口から出てくるかと思ったぢゃないか!!
咄嗟に両手で口押さえたからヲトメ(?)らしからぬ悲鳴なんて上げなかったけど!!
と、兎にも角にも。
声を掛けられた人が居る!!
天の助けだ良かったカミサマ!!
と。
後ろを振り返ったあたしは、ビキンッと音がするくらいもー見事に固まった。
ソレは少年。愛らしい顔立ちに、金の髪と青い瞳。
あと10年も育てば、かーなーりイイ感じにおいしそーにげふごふんっっ。
いやいやいや。そーぢゃなくて。
ハーフパンツから伸びる細い綺麗な足なんて、なんて萌えポイントの高い・・・・・・
イヤイヤイヤイヤだから違うって!!問題はソコじゃないって!!
なんであんな可愛い少年の後ろに、ミイラみたいな骸骨がくっついてんの!?
しかもそのまた後ろには何かでっかい丸い真ん中にお面付いたウニみたいのが浮かんでるし!!
・・・・・・・・・・・・って、ちょっと待て。
見た事あるぞ。アレ。
ミイラみたいな骸骨。でっかい丸い物体。
・・・・・・しかもこの少年、さっき『イノセンス』って単語口に出さなかったか?
「ねえおにぃちゃん。あ、もしかしておねぇちゃん?」
「うわははははいぃぃっっ、おおおおねぇちゃんですっっ!!」
あうあう。声が、声が裏返った。しかも盛大にどもってるし。
つか見て判れ。
あたしのドコが男に見えるよ。
まー腐女子の仲間友達からは男よりも漢らしいって良く言われるけどね!!
「こんなトコで何してんの?」
「・・・・・・あー。それはそのー。・・・・・・ね・・・・・・?」
「ね?」
「・・・・・・ね、寝てました・・・・・・?」
うわぁ何その変人を見る様な目付き。
あたしだって好きでこんなトコで寝てたワケじゃないやい。
「ふぅん。じゃあ、おねぇちゃんは『ソレ』を取りに来た人、じゃないんだね?」
「・・・・・・は?『ソレ』?」
ってドレ?
「おねぇちゃんの横に転がってるじゃん」
あたしの横に・・・・・・?
言われてチラ、と視線を動かせば。
「・・・・・・うをう。何よコレ。」
つかどーして今まで気付かなかったよあたし。
あたしは『ソレ』を、右の手の親指と人差し指で摘まむ。
目の前まで持ってくる。
『ソレ』はちっちゃいキュービックみたいな石だった。
きっちし正方形。それ以外は何の変哲もない・・・・・・石。
なのにどーしてこんな目映いくらいに発光してるワケ?
「ねぇ、おねぇちゃん」
眉間に皺寄せてしげしげと石を眺めていたら、少年がやわらか〜い声を掛けてきた。
見上げれば、花の様に可愛らしい笑顔。
「ソレ、僕にちょーだい?」
ちょこんと小首を傾げて、手を出してくる。
あたしは摘まみ上げた石を、もう1回見て――――――
「くれたら、苦しまない様に逝かせてあげるよ?」
――――――思い、出した。
ミイラみたいな骸骨。ウニみたいなでっかい丸い物体。少年の言った『イノセンス』。
畜生。何で忘れてたんだ。昨日寝る前にもしっかり読み耽ってたじゃないか。
最初は全然興味なんてなかったけど、アニメ化になって、たまたま見た第1話が面白そうだって思って。
けどシフト制の仕事のお陰で毎週は見れなくて。
ウチにはビデオデッキもVDVレコーダーもないから。
速攻本屋へ行って、出てる分しっかり買い揃えたじゃないか。
「ね。ちょーだい?」
・・・・・・・・・・・・怨むよ、カミサマ。
どーして拠りに拠って、給料日前に『D・Gray−Man』の世界に放り出す。
しかもイノセンスの横で、目の前に悪性兵器。
「ねぇ、くれないの?」
・・・・・・ああああ中身アクマと判ってても見た目可愛い少年が悲しそうなのはげふごふんっ(2回目)。
あたしは摘まみ上げていた石をぎゅっと掌の中にくるんで。
そろそろと、少年の方に差し出す。
途端、ぱぁっと笑顔になった少年は、やっぱり可愛くて。
でも。
・・・・・・駄目だ。渡せない。
素早く、右手を引いた。その中の硬い感触を、躊躇いなく口の中に含む。
「なっ・・・・・・!!」
目を見開いた少年。その前で、ごくり、とあたしの喉がなる。
「渡せない」
震える身体を叱咤して。小さいけれどしっかりと。
見据えた先には、醜悪に歪んで行く少年の顔。
こんなの、単なる足掻きでしかないけど。
渡さなかったら、殺される。
渡しても、どうせ殺される。
だったら、咎落ちでも何でもしてやる。
呑み込んだだけで咎落ちの対象になるかどうかは判らんけど。
咎落ちになったら、目の前のアクマは壊れるかもしれない。
次のアクマが、咎落ちしたあたしの元に来る前に、エクソシストが来てくれるかもしれない。
『アレン』や『神田』や『ラビ』や『リナリー』を、一瞬でも見れるかもしれない。
ならなかったら・・・・・・腹掻っ捌かれて抜き取られるだけ。
――――――もしかしたら。コレで夢から覚めるってオチかもしれないし。
「渡せないんだ。アクマには。絶対」
タダでなんて、死んでやるもんか。
せいぜい面倒臭がれ。
「ふぅん・・・・・・そう。知ってるんだ、アクマの事。もしかしてサポーター?」
ぞっとする様な声だった。
「ま、だったら、仕方ないね」
哂う顔は、禍々しい。
「うんと苦しませて、それから殺してあげる」
「――――――――――――っっ!!」
悲鳴は、出なかった。
突然起こった爆発に、吹き飛ばされて岩壁に背中から叩き付けられて。
何か熱いモノが胸からせり上がってきて、吐き出したのは赤い体液だった。
それでも、悲鳴は噛み殺した。
痛い。いたいイタイ痛いイタイ・・・・・・!!
こんなに痛いんじゃ、もうホントに夢だなんて言っていられない。
2発目の爆発。身体の右側に衝撃を感じて、地面に吹き飛ばされる。
「・・・・・・っ、ぐ・・・・・・!」
痛い。痛くて死にそう。
どーやって、何を、爆発なんてさせてんのか判らないけど、兎に角痛い。
痛過ぎて身体も動かない。
「なぁに、おねぇちゃん。さっきの威勢はどうしたの?」
腹を蹴られて、目の前に火花が散る。
咳き込んだ口から新しい赤が流れてくる。
「ごめんなさいって言ったら。今直ぐ楽にしてあげてもいーんだよ?」
「・・・、・・・・・・っ」
「ん?なに?」
「・・・・・・だれ、が・・・、言、うか・・・・・・っ」
がっ!!
蹴られた拍子に身体が浮いた。
そのまま何度も何度も蹴り上げられて。踏み付けられて。
――――――ねぇ、何であたし、こんな目に合ってんの?
何で、こんな目に合わなきゃなんないの?
殴り合いの喧嘩なんてした事ない。人の死ぬ処を見た事もなければ、死に掛けた事もない。
戦争体験なんて持っての他だ。
昨日まで普通の生活だった。
朝起きて、仕事行って、帰ってご飯食べてお風呂入って寝る。
代わり映えのない、微温湯みたいな、だけど平和と呼べる生活。
なのに。
なのに何で。
「ねえ、おねぇちゃん」
前髪を捕まれて、無理矢理顔を上げさせられた。
「ごめんなさい、は?」
楽しそうな声が脳裏に届く。
あたしよりも小さい手が細い指が、血塗れになってるだろうあたしの頬を撫でて。
もうイヤだ。
泣きたい。逃げたい。
でも、こんなヤツに負けたく、ない。
ナケナシの対抗心で、唾吐き掛けてやろうと思った。
だから、覗き込んで来る少年の顔を睨み付けて・・・・・・
「――――――あ?」
ぽつり、と零れた少年の声に、眉を顰めた。
「あ、ぎ、が、ぁぁぁああああああっっ!?!?」
・・・・・・何、コレ。
一体全体、どーゆーコト。
思わず、その光景に呆然。
だって少年が、とても苦しそうにしているんだ。
「ああああっっ、ぐ、ぎぃぃいいいいっっ!?!?」
あたしの頬を撫でた手を振り回し、喉元を掻き毟り、とうとう地面の上で転げ回る始末。
「ぎ、ぎザっ、まっっ!!ギザマッ、何をジ・・・ッっうぐわあぁぁぁあああっっ!!」
何もしてねぇよ。
だけど、何で?
息を切らしながらどうにかこうにか上半身を持ち上げて、岩壁に背中預けながら、思う。
ずきずきと身体中が痛む中、ズキンッ!!と頭に痛みが奔った。
思わず額を押さえた瞬間。
脳裏に。
『触れてはいけない。俺の、血は――――――猛毒だから』
声。
な、に。
今のは・・・・・・何。
瞼の裏に一瞬だけ浮かんだ、男の人の後姿は、何。
「ぎ、ぐ、ごろせ!!そノ人間ヲゴゴごろぜぇぇえエエッッ!!」
少年の怒号に顔を上げた。
その声に、後ろで動きもしなかった丸い物体の、ウニの足みたいな大砲があたしに向けられる。
――――――血の弾丸!!
ヤバイあんなん喰らったら一溜まりもない!!
何かっ、アレ防げる盾みたいなのないか!?
ってないの当たり前!?当たり前だよなうん!!
んじゃあ蜂の巣その後砂の様に崩れる方式間違い無し!?
そりゃどうせ死ぬなら、とか思ってはいたけど。
本音ぶちまけちゃえばあたしはまだ
「・・・・・・死、にたくねぇってのーっっ!!」
痛いの無視して叫ぶのと、ガガガガッッ!!と砲弾が連射されるのはほぼ同時だった。
ぎうっと目を瞑って、頭を庇うのは性かもしれない。
庇ったって意味もないのに。
がががががっっ!!
がきがきがきんっっ!!
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・ん?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・んんん??
がががが、は判るけど、何でがきがきがきん?
つか、痛いいたいイタイ。身体中に小石が飛んできてる飛んできてる。
しかもどーしてまだあたしに意識がある?
そろ〜り、目を薄く開けてみた。
目の前でクロスさせた腕の向こう。呻き声を上げて転げ回ってる少年と、砲弾し続ける丸いアクマ。
ちろん、と今度は視線を下へ。
そして絶句。
・・・・・・・・・・・・どーしてあたしの身体は、降り注ぐ様な弾丸を弾き返しているんでせうか?
つか、小石だと思ってたのはぢつは弾丸でした、ってどーよ。
「ぎ、な゛っっ!!ナゼだっっ!?なゼ、死なナイ!?」
イヤそれはあたしが聞きたい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハッ、まさか。
・・・・・・・・・・・・いやいやいや、サスガにソレはないだろ。
・・・・・・異世界トリップ黄金パターンの上に。
あたしがさっき呑み込んだイノセンスの適合者、だなんてオイシイ話・・・・・・
「だあぁあっっ!!鬱陶しいっっ!!」
考え中にドコドコ際限なく撃ってくんな!!ウザイ!!
足元に落ちてた弾を拾って丸い物体に投げ付けた。
したらお面部分に見事クリーンヒットで、しかもめきゃって食い込んだ。
・・・・・・なんちゅー剛速球投げたんだあたし・・・・・・
だけど丸い物体はめげもせず、再びドガガガッッ!!と砲弾連射してくる。
しかも面(目)の部分潰したから乱射状態だ。
あーもーウザイ!!コイツまじでウザイ!!
叩き落としてくれるわ!!
向かってくる弾丸を気にもせず、あたしはダッシュで丸い物体の元へ。
そしてだんっ!!と地面を蹴って、高々とジャンプした。
んで。
「丸いんだから大人しく地面に転がってろボールみたく!!」
バレーボールにするにはデカ過ぎるけどなアターック!!
どがぁっっ!!
「・・・・・・・・・・・・へ?」
ほ、ホントに地面落ちて・・・・・・いや、減り込んで大人しくなった。
つか何コレ。
何であたしの爪こんな伸びてしかも鉤爪みたくなってんの!?
しかも指の付け根辺りまで微妙に続いててココまでくるとなんか鉤爪っつーより刃物っぽいし!!
アレンの左腕みたく人の形から外れてはないけどっっ!!
「ア、が、ぐギぃぃいい・・・・・・っっ!!」
と、呻き声が聞こえて慌てて自分の手から音源へと目を向けた。
ソコには、さっきと変わらずに、悶絶してる少年の・・・・・・
・・・・・・うーわー変形してるよグロいよアレ。
・・・・・・・・・・・・どーする。
この手が本当にイノセンスなんだとしたら、この爪は少年を壊せる。
けど、今アレでも元がアレだったからなんか躊躇うよな。
「ご、ロジデや、ごろじ、てや、うぐうぅぅぅぅうっっ!!」
――――――訂正。やっぱモノは試しだやってみよう、うん。
こんな危険なモン放っておけるか。
「さて少年」
近付いて、しゃがみ込んで、覗き込む様に少年だったモノの顔を見る。
「あたしはあんたと違って誰かをいたぶって喜ぶ趣味はない」
苦しそうな呻き声を上げながら、憎しみいっぱいの目で睨んでくる目が凄く痛い。
「潔く壊れて成仏しな」
振り上げた、手。
煌く、刃の様な爪。
そして、どんっ、と。手の先からイヤな感触。
「ぐぎゃああぁぁぁあああっっ!?!?」
次いで、劈く様な少年の悲鳴と。
どどんっっ!!
「っ!」
うわお爆発!?
慌てて地面を蹴って少年のいたトコから離れた。
ぱらぱらと、振動で頭上から小石が落ちてくる。
ああそうだアクマって壊れたら爆発すんだっけ?
良かったココそれなりに広い空間で。
狭かったら絶対さっきので生き埋め確定だ。
それにしても。
「・・・・・・あー・・・・・・ホントにイノセンス・・・・・・」
じとー、と手を見る。
暫くしてると、スルスルと皮膚の中に仕舞い込まれる様に爪が短くなって、手も元通りに戻った。
・・・・・・うーわーぁ。実際目にすると何とも言えない・・・・・・
溜息も出るってモンだよ。
がら・・・・・・っ。
・・・・・・『がら』?
何今の岩か何かが崩れた様な音は。
・・・・・・・・・・・・なんかヤな予感。
そーっと。そーっと振り返ってみる。
「・・・・・・あらら。」
ヤな予感的中。
何復活してんのかな丸い物体。
でも、まんまるだったフォームは半分くらい拉げてて、面も潰れて満身創痍、って感じ。
血の弾丸を降らせる余力は、ないみたいだ。
と、くればヤル事はひとつ。
「えーと・・・・・・発動?」
ナゼ疑問系、と突っ込むなかれ。こんなんで発動出切る自信なんかない。
・・・・・・それでも立派にもっかい育ちましたあたしの爪。
・・・・・・やー、もうコレイノセンス以外のナニモンでもないな。
今度はさっきみたいに慌てない様に、爆発からの逃げ場を目測。
んでもって再び。
「大人しく転がっとけ、てか壊れとけ!!」
どごぉんっっ!!
ぐさっ!!と刺した瞬間に、歪な丸い物体の表面をダムッ!!と蹴って一気に離れる。
一瞬後には丸い物体も爆発して。
「・・・・・・と、取り合えずはひと安心・・・・・・」
あたしはとうとう、へなへなとその場に座り込み、ばたん、と地面の上に大の字に転がった。
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