アッシュの質問に、はひとつ、頷く。
其の仕草に、室内の重い空気が、弥増した。
「・・・・・・内容は?」
其の、重い雰囲気のまま、ラルゴが口を開く。
出来れば聞きたくないのだろう。声には嘆息が混じり、視線はとは合わせずに、あらぬ方向を向いている。
けれど聞かない訳にはいかない。
アッシュの元へ赴く途中のを捕まえて、任を言い渡したのは、大詠師モース。
総長であるヴァン以外に、自分達を動かせる数少ない人物なのだ。
例え、六神将の誰もが嫌っている人物だとしても。上司は、上司。
けれど、そんな苦々しい空気をものともしていないらしいは。
相変わらず感情の見えない視線をラルゴに向け、矢張り簡潔に、一言。言った。
「戦艦ジャック」
「「「「「「・・・・・・・・・・・・はい?」」」」」」
シンク達の声がハモるのは、当然と云えば当然、だろう。
「・・・・・・アリエッタ、意味、判らない・・・・・・です。」
ぬいぐるみを抱き締めながら上目遣いでを見上げるアリエッタ。
「・・・・・・もう少し、判り易く、言ってもらえないかしら」
リグレットはこめかみ付近を指で揉む。
判ってはいた事だが、この時の彼の言葉の足りなさは、如何にか成らないのだろうか。
シンクが思わず視線でディストに意見を求めれば、彼は諦めた様に首を振った。
「・・・・・・・・・・・・」
そんな中。深く、溜息を吐いたアッシュが、疲れた様にを見る。
上司の声に反応して、緩慢な動作で首を巡らせたは。其のまま、ひた、と。アッシュに視線を止め。
アッシュは、の其の視線を受け止めながら、言葉を続けた。
「てめぇがモースのヤツを途轍も無く嫌ってんのは知ってる」
・・・・・・・・・・・・ああ、やっぱり。
其れが、シンクと、彼の素を知る他2名の同僚の心の声。
しかもアッシュの言い様だと、とことん毛嫌いしている様だ。
「だからって、話をした事実すら思い出したくねぇ、って理由で任務内容を端折るんじゃねぇ」
ぴしゃり、と言い切ったアッシュに、しかしの表情は変わらない。
けれど、否定もしない。
魔弾と黒獅子の2名は、知らなかった事に驚きを露わにしている。
その表情に、シンクは少し、否可也、機嫌を下げた。
感情を表さないだから、好きも嫌いも無いものだと思っていたとでも言うつもりなのか。
『殺戮人形』だから、感情など持ち合わせてはいないとでも?――――――彼だって、生きているのに。
シンクが2人を睨み付ける傍で。アッシュの言葉が脳内にやっと浸透した、と云うかの様に、がこくり、とひとつ首を動かす。
「マルクトの戦艦タルタロス。乗艦している導師イオンの保護」
矢張り簡潔な言葉は、けれど先程の一言とは、段違いに明解で。
ひくり、と。仮面の下、シンクのこめかみが引き攣った。
(・・・・・・どぉしてアイツがマクルトの戦艦なんかに乗ってるのさ)
思わず出かけた声を飲み込んで。
「行方不明、だというのは、総長から連絡があったが」
「モースからの、という処は気に喰わないが、任務なら仕方あるまい。各自、師団兵に伝令を。行くぞ」
ラルゴの言葉を、遮る様に言い放ったのはリグレットで。
2人がさっさと退室していくのを、残る六神将と副官の5人は、同意を返しながら見送る。
そして、ぱたん、と扉が閉められた直後。
「・・・・・・・・・・・・頭痛い。」
一言呟き、指をこめかみに置くシンクに、が先程までとは打って変わった、一目見て苦笑、と解る笑みを浮かべる。
「まあまあシンクそう言わないの・・・・・・つか、俺だって『襲撃』は頭痛いけどね」
「そう言えば、何故アイツはタルタロスなんかに乗ってやがるんだ?」
「また突拍子も無い事考え付いて、後先考えずに乗り込んだんでしょ」
こっちの迷惑も顧みず。疲れた様に締め括ったシンクに、ああ成る程、とアッシュ含める他の面々は頷いた。
現状では、マルクトが神託の盾の導師を攫う理由は、無い。
神託の盾は、中立。『導師イオン』は、この世界にとって、平和の証であり、象徴だ。
其の彼をかどわかすなど。
神託の盾を敵に回す処か、硬直状態であったキムラスカ・ランバルディアとの戦争のきっかけになる事態にも成り兼ねない。
そして今のマルクトに、神託の盾、そしてキムラスカ・ランバルディアの両方を敵に回すだけの、力は無い。
「・・・・・・しかし、あの子が自ら、何らかの考えがあってタルタロスに乗ったんでしたら・・・・・・」
ディストが、ふと。思い付いたかの様に視線を宙へ上げた。
其処へ、シンクが溜息混じりに返す。
「大詠師にとって不都合な事を、あのお馬鹿が起こそうとしてるって事だろうね」
「イオン様、オバカじゃないもん!」
「そうですよシンク!彼がお馬鹿だったら彼を作った私もお馬鹿っていう事になってしまうじゃないですか!」
「ついでに、片割れであるお前もな」
途端に眼を釣り上げて非難され。再びシンクは、溜息を吐いた。
元々アリエッタは導師守護役で、オリジナルを好いていた事から、其の意思を継ぐ彼の事も好いていて。
オリジナルと同じ病、或いは乖離で4人目までが悉く消えてしまうという、難産であったイオンレプリカ作成の、集大成である為か。
ディストの彼への親の様な愛情も物凄いものがある。
アッシュも何気に彼の事を可愛がっているし。
「・・・・・・あーはいはい。折角姿晦ましたのにモースに見つかるなんて詰めが甘いの間違いだったよ」
其れは感情の篭らない声であったが、言葉の内容としては、片割れの肩を持つ意味合いが含まれていて。
結局はシンクも、数ヶ月違いで生まれた自分の『弟』が、可愛いのだ。只、其れを表に出さないだけで。
「素直じゃないなぁ」
「うっさいよ」
笑いながら頭を撫でるの手を、シンクははたき落とし、年長者は苦笑を漏らす。
「――――――まあ、イオンがモースの預言遵守を妨害しようとしてるのは確かだ」
悪戯っ子の様な笑みから不敵な笑みへ。
がらりと変えたの表情に、一同の視線が集まった。
「トリトハイム詠師に確認取った。イオンは和平の仲介人として、マクルトの名代と一緒にキムラスカに向かってるってさ」
「・・・・・・その話、前にアニスとイオン様から、聞いたです・・・・・・でも、モース様、なかなか許してくれない、て」
「うん。あの樽が申請悉く握り潰してくれやがっから、いい加減イラってきてモースんトコに置手紙放り込んで実力行使、なんだってさ」
「ああ、ソレで・・・・・・で、置手紙まであるのに如何して保護、なんですか」
「あの樽がね。『コレは絶対マクルト陣に脅迫されて書かされたんだ!!』の一点張りで」
「・・・・・・いい加減失脚してくれないかな、あの豚・・・・・・」
「・・・・・・右に同じく」
最後のシンクとアッシュの呟きに、全員、揃って同意の大きな溜息を吐く。
しかし、幾ら嫌でもアレはまだ自分達の上司だ。正式な任務だというのなら、従わなければならない。
「・・・・・・行くか。何時までも時間を潰していたら、モースに何を言われるか判らんしな」
アッシュの、苦笑を含めたままの言葉に、が重そうに頷く。
「アリエッタ、イオン様の邪魔、したくない・・・・・・です」
「仕方ありませんよ。上司の命令ですから」
ぬいぐるみを抱き抱えながら呟くアリエッタの、桃色の頭を撫でてやるのはディストだ。
一人、一人、と。室内から外へ消える、人影。
扉を潜ろうとして、シンクはふ、と背後を振り返った。
行くか、と言いながら。未だ、立ち尽くした儘、動かないと、アッシュを。
「何してんのさ。さっさと行くよ」
「――――――判っている」
シンクの促しに組んでいた腕を解き、重苦しそうに溜息を零すアッシュ。
気が乗らないのはアンタだけじゃないんだよ、と言い残し、シンクは今度こそ先に出て行った彼等の後を追って。
部屋の中を覆った、束の間の沈黙。
アッシュはぐ、と。横にあったの腕を、縋る様に掴む。
「・・・・・・・・・・・・厭な、予感がする」
得体の知れない、胸騒ぎが。さっきからずっと止まらないのだと。
呟いたアッシュの、自分の腕を掴む手を、はそっと離し握り込み。
「大丈夫。離れない、から」
耳元でが囁けば。
アッシュは当然だ、と小さな声で返答した。
<<バック バック トゥ トップ>>