綺麗な綺麗な『お人形』。
確か彼は、裏でそう呼ばれていたか。
そんな事を思いながら、シンクは目の前、同僚の隣に立つ青年に目を向けた。
六神将の中で、唯一。特務師団団長、鮮血のアッシュだけが持つ、副官を。
確かに、人形の様に綺麗な造作をしている。
眼帯で、顔の半分近く隠れているのが非常に残念に思う程だ。
鋭い光沢を放つ黒髪は、其の見た目に似合わず絹の様に涼やかな手触りだし。
白い象牙色の肌は、女が羨むくらいに肌理が細やかだ。
そして何より、其の隻眼。
空色で無く、海色でも無く。夜の深い紺色の空に浮かぶ月の様な、銀色がかった蒼。
滅多に見ない色だ。と云うより、彼以外にこの色彩を持つ者を見た事が無い。
色素が薄くて、些か冷たささえ感じられる。
。古代イスパニア語で、意味は『神秘』。
拾われる以前の記憶を持たず、己の名しか判らないといった彼に、ヴァンは何とも似合いの名前を与えたものだ。
しかも、この見た目で、無表情。
笑った処など見た事無い。涙なんて持っての外、だ。感情と云うものが、欠落しているのではなかろうか、と思う程。
言葉だって、足りない。必要最低限の事すら、話さない。
そんな、何処も彼処も作り物めいた人物だから。
何時も作り物の様に無表情で、綺麗だけれど何処か温か味を感じられないから。
だから。何時も。
(――――――本当に、同一人物なの?)
あの時の方が演技で、今目にしているこの姿こそが、真実なのかもしれない。
そう、疑いを抱かせる程度には。今の彼には、人間味、というものが、欠如していた。
此れは本当に生きているのかと、この自分が思わず心臓の鼓動を確かめようと胸に手を当てたくなるくらいだ。
『鮮血』の操る『殺戮人形』。何故そんな二つ名が付いたのかは知らない。シンク自身、彼が戦う様を見た事が無い。
けれどきっと、この外見が。雰囲気が。彼を『殺戮人形』、と言わしめるひとつの要因。
自分よりも長く彼を知る、彼の直属の上司は、どう、思っているんだろう。
「・・・・・・、其れは本当なのか」
同僚の声に、ハッと現実に返った。
見れば、アッシュの眉間の皺が常より深い。渋面を通り越して苦痛、の表情だった。
他の、死神や幻獣と呼ばれる同僚達も、似たり寄ったりな顔をしている。
如何したんだ、と聞こうとして・・・・・・思い出した。
思い出した瞬間、自分もアリエッタやディストと同じ様な顔になっているのだろうと、自覚出来た。
ああ、きっと。きっと自分は、思い出したくなくて、彼の美貌に逃避したのだろう。そうシンクは考えた。
久しぶりに聞いた、通り過ぎる柔い風の様な、彼の声。
例に漏れず、簡潔な一言だったが、其れでも深く浅く響く、心地良い声。何時までも聞きたいと思わせる声だ。
――――――しかし、紡がれた其の内容は、聞きたくなかったものであったから。
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