細く高い廊下。かつん、と靴音が響く。
鳴らさぬ様に歩く事も可能ではあったが、は其れをしなかった。
気配を殺す、必要が無いからだ。
かつん、かつん、と乾いた音を立てて。目的の部屋へと向かう。
其処には、の上司が居る筈だ。
かつん、音が止まる。
目の前に聳えるのは重厚な赴きの扉。
何処も彼処も、同じ形をしている扉のひとつだ。
慣れない内は、何度迷いそうに・・・・・・否、実際に迷った事か。
ふ、と、ひとつ、溜息。
其れから、手を上げる。
控えめに、人差し指と中指の第二関節で、叩く。二回。
入れ、と。聞き慣れた声に倣って扉を開ければ。
一番に、目に付いたのは、深い黒。
「何処に行っていた」
此方の顔を認識した途端、不機嫌を隠さぬ顔で物言う彼――――――アッシュに、は微苦笑を落とす。
「ドコに、って。総長の動向探れっつったの、お前でしょ?」
其のお陰で、何度もバチカルとダアトを往復する填めになっているのに。
けれど、このの小さな苦情に、漆黒の髪の上司はソファの上で腕を組みながら、ぼそり、と呟く。
「・・・・・・予定より一日遅い」
其の、不機嫌の中にある、不貞腐れた子供の様な色。
は気付いて、今度こそ本当に、口元に苦笑を浮かべた。
「予定は未定であって決定じゃないの」
言いながら、近付き。ぽむ、と触れた旋毛付近。
子供扱いするな、と毒吐きながらも、アッシュが其の手を振り払う気配は無い。
だから其のまま、何度か繰り返し漆黒の髪を梳いていると。
アッシュは、ちろり、と視線だけをに向けた。
「・・・・・・ヤツは、どうだった?」
伺う様な、視線だ。
突き詰めれば、迷子の親兄弟を探してさ迷う猫、か。
矢張りばれていたのかと、は吐息だけで笑って、アッシュの髪を梳き続ける。
「元気だったよ」
「・・・・・・本当に?」
今度は、疑惑。
或いは、不安か。
話でしか知る事の出来ない事情は、己が目で確かめられないだけ心配要素が高くなる。
「ほんとほんと。」
「・・・・・・なら、良い」
漸く、安堵らしき息を吐き出したアッシュに、は笑い掛けた。
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